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泡沫戦争メモワール  作者: ハル
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第九話 夜の蠢動、朝の薄倖

第八話。アールネは中々な強キャラという設定。


 先程アールネと目を合わせた私は、奴らの館と、反対方向に逃げた。家の明かりも消え、等間隔に立っている街灯の光が足元を照らしていた。


 館から走って少し経ったとき、眼の前に行く手を阻む存在が見えた。私は急停止し、正面に立っている人物を見る。赤く長い髪に、赤銀の軽装な鎧。また、背中には彼女の身長並みの長さの槍が見える。年は10代終盤ぐらいだろうか。そいつの名前は確か、「オーディン」。以前の宝石戦争でも敵として戦った覚えがあるが、そこまで強敵だった記憶はない。


「何の用だ?」


私は聞いた。


「この時間帯に、ここへ来れば貴女に会えると、主から伝えられていました。」


「それで、宝石協会のあんたが何で私の道を塞ぐ。」


「いいえ、特に用はありません。ただ、貴女が何者であるかを知るために来ました。」


「それなら、今すぐそこを退け。」


「嫌と言ったらどうします?」


オーディンは言った。フェンリルは氷の双剣を生成し、


「そしたら力ずくでもここを通り抜けるつもりだ。」


「主が近くに居ないのに、強気ですね。」


「別に、あんた程度なら多少魔力がヘコタレていようが、勝てる。」


フェンリルはつららのような槍を、空中で生成し、オーディンへと向けた。


「貴女も主と同じ事を言うのですね。でも、貴女に負けることはないと、私の主は言ってくれました。」


オーディンは背中の槍を持って構える。


「ほーう。協会の従者があんたなら、あんたを倒せば今保管してある宝石が手に入る。こっちにとっても好都合だ。」


と言い、私は背後に生成した槍をオーディンへと連射する。




 斜方に走りながらこちらへと、オーディンは槍を回避、或いは彼女の槍で、氷の槍を砕きながら、突進してくる。オーディンはその勢いのままフェンリルを一閃する。しかし、フェンリルは小さく躱し、オーディンの槍を弾き、氷の棘をオーディンの足元から出す。オーディンは後方へジャンプし、回避する。フェンリルは空中へと氷の槍をオーディンへ向け、連射する。オーディンは大きな盾を生成し、氷の槍から身を守る。着地したときにはオーディンには冷や汗が流れており、彼女は険しい顔をしていた。フェンリルは距離を一気に詰める。オーディンは盾を消滅させ、フェンリルの剣を、槍で捌く。僅かな隙間を縫って、オーディンは反撃を試みるものの、矛先の軌道をすべて見破られているせいか、フェンリルが地面から生やす氷の棘で、妨げられた。また、オーディンの反撃の失敗から生じた隙きを伺い、フェンリルはオーディン本体へと攻撃を仕掛ける。どれも致命傷にはならないものの、一つ一つと確実にオーディンの手傷は増えていった。


 オーディンは一歩退き、顔のかすり傷から滲み出た血を、手首で拭う。彼女は撤退の隙きを伺っていたが、そんな都合の良い状況は起こらなかった。彼女は正面からやりあって、フェンリルを撃破するのは難しいと、薄々感じ取っていた。しかし、そんなオーディンに幸運が訪れる。


 フェンリルの背後からとある一点が一瞬だけ光った。フェンリルははっと後ろを振り向き、狙撃されたのを感じた。そして、背後に撃ち抜かれたら致命傷になる部分だけにシールドを集約して、その光の点の感覚的な延長線上から回避する。


 フェンリルは致命傷には至らなかったものの。右上腕が、朱で滲んでいた。フェンリルは舌打ちをして、その場を飛び去った。オーディンも自分が狙撃されるのを避けるべく、その場から離れた。



 優希は朝の5時頃に目を覚ました。虫の声と鳥の声が、草木の軋む音の隙間に流れ込んでくる。縁側へ出ると、朝日が優しく彼を迎えた。日の出は随分と早くなったけれども、空の青は少し薄い。優希は、左人差し指にある手応えから、ふと考えた。


(おれがもし仮に、宝石戦争に勝てたとして、何を願うのだろうか。)


 宝石戦争は、戦闘の応酬から実感は湧いているけれども、願い事が叶うことは、いまいち実感が、彼には湧かなかった。


(そんな中途半端な奴が、こんな戦争の土俵に出て良いのだろうか)


と。勿論彼は、世界平和だとか、一攫千金とかも考えた。けれども、描いていたのと何かが違う。彼の心は満たされなかったのだった。だからといって、諦めるのは、自分の命を救ってくれたフェンリルの意志をないがしろにする気がして、それも気が進まなかった。


 進むにも、退くにも彼の思考は後手であった。優希は思考の歯車が噛み合わず、むしゃくしゃしていた。彼は気を休めるため、朝食を取ることにした。彼は朝食を作るついでに、昼食の弁当も作っておいた。そして、彼は朝食と、コーヒーを飲み、テレビの電源を入れた。電源ボタンを押すと、不相応なぐらいの音量が流てきたため、優希は咄嗟にリモコンを持ち、音量を小さくする。


 『H市多発殺人事件。犯人の意図は。』という左上のテロップと共に、知っている街並みの映像が映し出される。ついこの間まで、他人事のようなニュースばかりが流ていたのに、最近はずっと優希の街の宝石戦争による死傷者について内容に変わっていた。昨日の起きた事件の中でメディアが最重要視したのは、バス内斬りつけテロだった。


 内容は、夕方の何気ない帰宅時間帯のバスに、一人の男が、狂ったかのように刃物で斬りつけ、結果として乗務員・乗客のすべてが重軽傷、或いは死に至った。


 逆に、従者の存在を仄めかすニュースも有った。どうやら、公の目前で戦闘を行ったらしい。その辺りは混乱に陥っただとか。


 結局、この街は、物騒な地帯になってしまった。けれども、不思議なことに、世の中は回る。今日も学校はあるし、バスも一部を除き運行するらしい。それに、ライフラインだって、途絶えていない。優希にはそれが、狂気の沙汰にしか見えなかった。優希は、呆れて別のチャンネルに変えた。しかし、メディアは宝石戦争の二次被害とも言える事故のみしか、報道していなかった。


 こんななら、普通、皆がこの街への信頼が無くなって、移住者が増える。或いは、そうでなくとも、スーパーでの買い占めとか、災害時のようなことが起きるだろうと、優希は思っていた。だから、この街は宝石戦争を他人事のように、思考を検閲されている気が、しなくもなかった。


 優希はテレビを消し、再び縁側で空を、乾ききった顔で見た。


「おや、こんな時間に起きてらっしゃるとは。」


オリヴィエの声だった。


「悪いか?」


「いえ、主殿からは朝には弱いと仰られていたので。」


「別に、朝に弱いわけじゃないよ。寝るのが普段は遅いだけ。」


「と、言う割には昨日は随分と早寝でしたけどね。」


「そりゃまぁ、疲れてたからな。けど、早く寝たらそれだけ早く起きちまうんだ。体が勝手に。」


「左様ですか。」とオリヴィエは言った。優希はオリヴィエに、


「そういや、オリヴィエはいつ寝てるんだ?」


と聞いた。オリヴィエは少しはにかんで、


「従者は魔力が足りない。もしくは、手傷を負ってない限り、寝る必要はございませんよ。」


「そしたら、今フェンリルも起きているんじゃないのか?」


「普通に考えればそうですね。」


「普通って、どういうことだ?」


「少し考えれば、わかることです。」


優希は少し黙った後に、フェンリルが今なぜ起きていないのかの見当がついた。そして、優希は「あいつ……」と呟いた。


「つまり、そういうことです。正直私にはフェンリルの行動の意図が取れません。」


「どういう所が」と優希は聞いた。


「普通、従者というものは、今起きている宝石戦争以前の記憶を継承していないのです。私が聞いた限りでは、近い過去に宝石戦争が有ったとお聞きしています。ですが、私にはその戦争も、その以前の戦争の記憶も、微塵に残っていません。ですが、フェンリルは、どこか違う気がしてなりません。なぜなら、行動がセオリーから逸脱しすぎているからです。」


「それは、前もって知識を得ていた。とかとは、やっぱり違うのか?」


「その線も考えましたが、どうもその線は、腑に落ちないのです。それはあの時……、」


と、オリヴィエが話しだした時、後ろの襖が開き、


「何だ、2人で話し出したかと思えば。」


と言い、フェンリルが現れた。


「おやおや、盗み聞きされていたとは」


「盗み聞きもするも何も、私の部屋の直ぐ側で話しているのだから、私に意識さえあれば耳に届くのは、自明であろう。」


「それもそうですね」


オリヴィエは作った笑みを崩さずに、肯定した。フェンリルはため息をこぼしてから、


「全く、私の主に変な知識を入れられては困る。ユーキ、ちょっと来い。」


と言った。優希は何だ?と訝しげな顔をして、フェンリルの部屋の襖を潜った。


 フェンリルの部屋は和室、布団の枕元付近に、少し物が散乱していたが、それ以外に私物は何もなく、薄暗さも相まって、どこか寂しさと謎めきを帯びていた。


「まずだ優希、」


フェンリルは優希の方向を振り向いて、


オリヴィエ(あいつ)に余計なことを言うな。それと、あいつの言うことはあまり真に受けるな。」


と言った。優希はその言葉が、論理的な意味でなく、感情的な意味を持っていると感じた。フェンリルの口調から、どこからか、フェンリルがオリヴィエを嫌っている。そう優希は受け取った。優希は、「それなら……」と呟き、そして、


「それなら、フェンリルがどうして一人で何かを抱え込むのか、その訳を、教えて欲しい。」


と続けた。フェンリルは、


「ああ、邪魔が入らないところで教えるさ……」


と言った。優希は「そうか、わかった」と言った。フェンリルが縁側と反対側の襖へ出ようとしたので、優希もそれに続くように後ろを歩いた。しかし、途中で、何かが足元に突っかかった。フェンリルが枕元に散乱させていたものだった。優希は、しゃがんで、それが何かを興味本位半分で見ようとする。薄暗い中、写真らしきものに、目のピントが合おうとした瞬間だった。


「_!?」


優希は何者かに突き飛ばされる。壁に背中をぶつけ、正面を向くと、その散乱したものを片腕で抱えているフェンリルの姿があった。顔色は、よく見えなかった。


「見ないでくれ……」


と、フェンリルは小さく、籠もったような口調で言った。優希は我に返り、

「ごめん……」と、咄嗟に言った。


 ダイニングで、フェンリル、オリヴィエ、琴音が、静かに朝食を取っていた。優希は食器の片付けをしていたが、声一つ誰も発さない重圧に耐えきれず、昨日干した服を回収しに行った。

 

 物干し竿には、服やズボン、下着が掛かっていた。物干し場は、縁側から近くにあり、物干し竿から衣服を外しては、縁側へと一旦投げる。そして、女子用下着を手に取り、目のやり場に困るような顔を一瞬して、それも縁側へと投げる。すべての服を縁側へと投げた後、縁側に散らかった服を一つ一つ畳み、人物別に畳んだ。畳み終わった後、優希は制服に着替え、バックに教科書を入れ、フェンリルを呼び、玄関を出た。オリヴィエは今日も、琴音が学校へ行くのを反対していた。


 少し急な下り坂を、優希と透過魔術を使ったフェンリルは下り始めた。優希はフェンリルの頭に青い髪飾りが増えているのを見て、


「どうしたんだ?それ。」


と聞いた。フェンリルは、


「貰い物だ。遠い昔の。」


「そうか。」と優希は言った。「変か?」とフェンリルは優希に聞いた。「いや、似合ってるよ」と答えた。そして、「きっと選んだ人はフェンリルのことをよく考えていたんだろうな」と付け加えるように呟いた。フェンリルはその言葉を聞くと、手でそっとその髪飾りを押さえ、視線を優希と反対方向にそらした。



 2人が坂を下ると、次第に木製の階段となり、幾分か歩きやすくなる。優希が階段を降りきった時、1人の少女が待ち構えていた。


「藍原先輩。やっと会えましたわ♡」


不気味な声と、不気味な笑みが優希を襲った。その少女の名前は辻 結奈。優希の1つ下で、優希がテニス部に居た時、僅かな期間だけ、結奈も居た。背中までまっすぐ降りた黒い髪に、大人びた顔。寝不足に依る目の隈と、目付きの悪さが、整った容姿を台無しにしていた。それに、彼女の家は、こっちとは反対側の、活気あふれる住宅街の教会に住んでおり、ここまで来た理由は、ストーカー以外に思いつかなかった。結奈は優希に1歩近づき、


「どうして急に、引っ越しちゃったんですかぁ?」


「何をしようが、おれの勝手だろ。」


「だからといってわたし、勝手に女の子の家に移り住むなんて、藍原先輩の貞操が心配で心配で仕方がありませぇん。」


「貞操も何も、要因が無いだろ」


「あらあら、そこまで藍原先輩が清潔な心なら、わたしが今夜にでも教えて差し上げますわ♡ さぁ、まずは一緒に学校へ行きましょ♡」


と、結奈は言って、優希の右腕を、彼女の両腕で抱いた。優希は呆れた顔をして、渋々その体制のまま、学校の方へと足を進める。


『随分とオープンに、愛情を注がれているじゃないか』


と、フェンリルは優希をからかった。


『やれやれ、週に1回はこれだ。』


優希は結奈が鬱陶しいと思っていることを顔に現れないようにしながら、彼女が掴む、腕と手を見た。すると、結奈の左薬指に、宝石指輪が填められているのが見えた。


「どうしたんですかぁ? 見るならわたしを見てくださいよ。そんなに、照れくさいんですかぁ?」


と、指輪をまじまじと見ていた優希に、結奈は言った。


「いや、ちょっとその指輪が気になったんだ。」


「この指輪ですかぁ? これはですね~。藍原先輩との愛の指輪ですの!」


優希はその言葉を無視した。


「じょ、冗談ですよ。婚約指輪は藍原先輩から貰わなきゃ意味がありませんから♡」


「冗談なら良いんだ。おれはあんたに指輪なんてあげてないし、あげる気もないからな。」


「またまた~強がっちゃって~。もっと素直になっても良いんですよ?」


「おれはいつでも素直だよ。」


「そんなの嘘だといくらでも証明させてあげますよ。」


不気味な声には、いつまでも不気味な笑みが混ざっていた。


『なぁフェンリル』


『ああ。分かってる。』


『こいつの従者はこの辺には居ないのか?』


『いや、どこかに居る。どこかはわからないが、足音と目線を感じる。』


『わかった。いつ来ても相手できるように準備しておいてくれ。』


『任せろ』


「ねぇ藍原先輩!聞いてますか?」


結奈は優希の右腕を揺さぶる。「はいはいごめんごめん」と優希は結奈を宥める。


「藍原先輩にこの前わたしの手作りお菓子をお渡ししたじゃないですかぁ。」


「それがどうしたの?」と優希は聞いた。


「ちゃんと食べてくださいましたか?」


うふふと不気味な笑みが不気味な声を付け足していた。


「ああ、美味しかったよ。」食べたのは三角コーナーだけど。と、優希は心の中で呟いた。結奈は瞳孔をパッと大きくして


「良かった! やっぱりわたしの愛が藍原先輩に届いているのですわ!」


と言った。結奈はとてもご機嫌そうだった。優希はもう勘弁してくれと言わんばかりの顔をしていた。優希はバレンタインで結奈から貰ったものは、誰よりも印象に残っている。髪の毛が体感半分以上チョコレートとに混じっていたからだ。かじった味も少し酸っぱかった。後々何を入れたか優希が訊ねた時、「わたしの髪の毛と血と、あとは秘密のエキタイを入れました!」と結奈が答えているのは、彼の記憶に深く刻まれている。それ以来、優希は結奈の作ったお菓子を、全く信頼していない。


 学校が見えた時。優希は、手を離してくれと言った。結奈は「どうしてですか?」と聞いた。優希は少し困った顔を作って、「この学校って異性交友に厳しいし、それにさ、この関係は秘密にしておいた方が良いだろ?」と演技した。結奈は「惜しいですが、藍原先輩がそう言うのでしたら、仕方ないですね。」と言い。あっさりと手を離してくれた。校門をくぐり、下駄箱で、優希は教室の方向を理由に結奈と別れた。優希は安堵し、ふぅ、と息を吐いた。その時フェンリルが、


『災難だったな』


と言い、優希は、


『全くだ。』


と、答えた。


結奈ちゃん......。もとはこんな狂ったキャラにする気は無かったんじゃ......。

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