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泡沫戦争メモワール  作者: ハル
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第十八話 泡沫戦争(終)

最終回


 優希は、月女の指輪を使い、フェンリルに魔力を供給する。

 水を注ぐように、光の軌跡が流れる。魔力が供給されるうちに、フェンリルの傷も癒えていった。


「便利ね。どの指輪も」


 遠野山が二人を覗きながら、興味深そうな顔をして言った。


「そうだな。よく倒せたよ。こんな指輪を四つも持っていた奴に」


「そうね。ま、優希が勝ったなら、多少文句も収まるわ」


 ある程度魔力を供給すると、フェンリルが「これぐらいで大丈夫だ」と言って立ち上がる。


「さて、じゃあ今から行くとするか」


「行くって、どこに?」


 フェンリルが聞く。


「琴音の所だよ。オーディンが連れ去ったんだ。それに、オーディンの所に宝石もある」


「そういうことか。なら、断る理由もない」


 フェンリルは優希を両腕で抱え、館の外へ出る。


「行ってらっしゃい。気をつけて」


 遠野山の言葉に見送られ、フェンリルは夜の街に跳躍した。

 暗く、ブラックホールのような夜に。



 オーディンは琴音を祭壇へと置く。琴音は先程注射した睡眠薬で眠っていた。

 後ろから、甲高い足音が聞こえた。オーディンが振り向くと、黒いワイシャツに青のジャケット、赤いネクタイを締めた、オールバックの金髪をした、外国人男性が立っていた。


「これで、良いんですか?」


 オーディンは”外国人男性”に、確認を求めた。「ああ。これで間違いない」と、”外国人男性”は答えた。

 ”外国人男性”は、早寝早起きの生活習慣を送っていたため、日を跨ぐほどの時間まで起きているのは珍しかった。

 珍しいですね。とオーディンが言うと。今日で決着が着くからと、”外国人男性”は答えた。


「さぁ、我々の宝石を迎えに行こう」


 ”外国人男性”は言って、祭壇の部屋を出る。一呼吸おいてから、オーディンもその部屋を後にして、”外国人男性”に付いていった。


 オーディン達が待っていた部屋は、入り口の大広間であった。全てが石でできており、古代の神殿のようであった。

 そして、待って十分も経たないうちに、強い勢いで入る。その時、オーディンは『少し隠れていろ』と命令され、石像の影に身を潜めた。


 強張った顔をしている優希が、”外国人男性”を睨む。しかし、それを遮るかのように、”外国人男性”は笑顔で言った。


「この度は私の管轄の従者が勝手な真似をして申し訳ありません。間もなく開放致しますので少々お待ちください」


 そして、「申し遅れましたが、」に続けて、


「私、アラン・ケイと申します。宝石を集めきった主殿よ。今後も宝石戦争裁定教会をよろしくお願いします。」


 と、優しく言って、握手を求めた。差し出された手につられて、優希がアランの手を握る。

 その時、アランは手を強く引き、優希の姿勢を崩す。そして、空いた手から拳銃を取り出し、優希の顔に当て、撃った。


「……! 貴様……!!」


 フェンリルが叫び、アランへと斬りかかる。

 その間に、オーディンが介入し、フェンリルの剣を受け止める。


「無駄です。貴女の主は、既に死んでおります。魔力のない貴女を倒すことだけなら、私で事足ります」


オーディンがフェンリルをはね飛ばして言った。

フェンリルは体の力が、段々抜けてくるのを感じた。歯を食い縛って、直立を保とうとするも、それは反って体力の消耗に繋がった。


「やはり、君達は平和ボケし過ぎだ。お前らは忘れたのか? あの十年前の宝石戦争を」


アランの声は、フェンリルの聞き覚えがある声だった。

アランの正体を勘づいたフェンリルに、煮たぎるような怒りが迸る。アランは、軽く鼻で笑い、自分の顔を剥ぐ。

外国人男性のマスクから現れたのは、黒髪で三十程の日本人男性だった。

その顔は、嘲笑うかのような顔をしていた。


「やっと気がついたか。俺は演技が苦手だから、もっと早くバレると思っていたがね」


「何をほざく。嘘にまみれた狼め」


前髪の中からフェンリルは鋭利な目線で睨んた。

そして、フェンリルを見下すような顔を、"アラン"は作った。


「今回"も"、俺の勝ちだ。‥‥‥何に不満がある。本来宝石戦争は、こうあるべきモノだろう?」


"アラン"の言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。恐らく、優希は理解できないが、前回の宝石戦争を知っているフェンリルにとっては、強く刺さる正論であった。


「じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ。器に世界を吹き込むので忙しいからな。そして、消滅するまで詫びるが良い。優希と、陽一に」


"アラン"は、大広間奥の扉の向こうへと、消えていった。

フェンリルは膝から崩れ落ちた。

自分の魔力が抜けてくるのを、何もできずに感じ取っていた。


「‥‥‥フェン‥‥‥リル」


優希の声が、弱くもフェンリルの耳に届いた。


「‥‥‥ユー‥‥‥キ?」


「ごめん‥‥‥。もう動けそうにないや」


優希は再び、意識を失った。

けれども、死んでいる筈の優希が生きていることは、フェンリルにとっては驚愕するべき事であり、そこに最後の希望を抱いた。

そしてフェンリルは気がついた。魔力力線は優希に向かっていること、それによって、優希が生きているということ。


「ユーキ。ヨーイチの仇を、頼んだぞ」


フェンリルは、今ある全ての魔力を優希に送った。

大広間は青の光で包まれた。生じる筈のないパスが繋がれ、従者でも、主でもない何かが誕生する瞬間でもあった。そしてそれは、最後の反撃の一手でもあった。


*


おれは、誰かのヒーローになってみたかった。拙いと言われても良い。確かにおれが望んでいたことなのだから。

けれど、現実は違った。おれはヒーローなんかじゃない。只の落ちこぼれ。その肩書きがお似合いだった。


結局それが、全てを失うきっかけにもなった。知り合い、友人、家族、幼馴染。そして、命を張ってくれた戦友も。


ああ。だから死ぬんだ。そんな最期が落ちこぼれには相応しい。これが、泡沫に散った、戦争だった


闇が、辺りを塞いだ。ゆっくりと堕ちていって、堕ちていって、堕ちていって‥‥‥。


いや、それは嫌だ。死を受け入れることを体が拒んでいる。死にたくない。死にたくない。と。


遥か遠い水面に映るのは、琴音の姿だった。手足を握られ、目、口、耳を塞がれていた。それは、琴音が自由を奪われる事を、示唆しているように見えた。


そうだ。まだ、救えるものがある。手の届きそうな所に。

琴音を、琴音を、琴音を、琴音を、


「返せ」


意識が戻った。少しの間、回りに見える大広間は、夢の中の空間に思えた。

戻る五感がここは夢でなく、現実であることを伝える。

おれは、奥の扉を蹴破った。すると少し小さい部屋に出る。


さらに続く扉の前には、オーディンが、槍を構えて立っていた。


「そこを退け」


感情に任せて言った。


「できません」


オーディンは答えた。

怒りの歯車は、受け入れられない言葉を聞くや否や、オーディンへと刃を向ける。そして瞬く間に、おれはオーディンへと斬りかかった。

その動きは、後から考えれば人間離れしていた速さだった。


感情に任せてフェンリルの剣を振り回した。痛みは感じなかった。そして、力任せに、オーディンを突き飛ばした。


扉の向こうには、七つの石像と、一人の男性。そして、意識を失い、祭壇に供えられている琴音の姿があった。


強く開けた扉は、大きな音を鳴らし、場の空気を沈ませた。


「決まったか。汝の最後の願いは」


石像は、男性へと、話しかける。男性は「ええ。今」と答えた。

そして、おれを指差してから、


「この少年を殺してくれ」


直後、黒い重たい槍が、胸を貫いた。

おれは、もう一度死んだ。一回も殴れずに。一回もフェンリルの仇を討てずに。そして、琴音すら、救えずに。


世界は暗転した。


この先の世界をおれは知らない。



ご購読ありがとうございました。

結果はどうであれ、完結できてよかったと思います。

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