第十八話 泡沫戦争(終)
最終回
優希は、月女の指輪を使い、フェンリルに魔力を供給する。
水を注ぐように、光の軌跡が流れる。魔力が供給されるうちに、フェンリルの傷も癒えていった。
「便利ね。どの指輪も」
遠野山が二人を覗きながら、興味深そうな顔をして言った。
「そうだな。よく倒せたよ。こんな指輪を四つも持っていた奴に」
「そうね。ま、優希が勝ったなら、多少文句も収まるわ」
ある程度魔力を供給すると、フェンリルが「これぐらいで大丈夫だ」と言って立ち上がる。
「さて、じゃあ今から行くとするか」
「行くって、どこに?」
フェンリルが聞く。
「琴音の所だよ。オーディンが連れ去ったんだ。それに、オーディンの所に宝石もある」
「そういうことか。なら、断る理由もない」
フェンリルは優希を両腕で抱え、館の外へ出る。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
遠野山の言葉に見送られ、フェンリルは夜の街に跳躍した。
暗く、ブラックホールのような夜に。
*
オーディンは琴音を祭壇へと置く。琴音は先程注射した睡眠薬で眠っていた。
後ろから、甲高い足音が聞こえた。オーディンが振り向くと、黒いワイシャツに青のジャケット、赤いネクタイを締めた、オールバックの金髪をした、外国人男性が立っていた。
「これで、良いんですか?」
オーディンは”外国人男性”に、確認を求めた。「ああ。これで間違いない」と、”外国人男性”は答えた。
”外国人男性”は、早寝早起きの生活習慣を送っていたため、日を跨ぐほどの時間まで起きているのは珍しかった。
珍しいですね。とオーディンが言うと。今日で決着が着くからと、”外国人男性”は答えた。
「さぁ、我々の宝石を迎えに行こう」
”外国人男性”は言って、祭壇の部屋を出る。一呼吸おいてから、オーディンもその部屋を後にして、”外国人男性”に付いていった。
オーディン達が待っていた部屋は、入り口の大広間であった。全てが石でできており、古代の神殿のようであった。
そして、待って十分も経たないうちに、強い勢いで入る。その時、オーディンは『少し隠れていろ』と命令され、石像の影に身を潜めた。
強張った顔をしている優希が、”外国人男性”を睨む。しかし、それを遮るかのように、”外国人男性”は笑顔で言った。
「この度は私の管轄の従者が勝手な真似をして申し訳ありません。間もなく開放致しますので少々お待ちください」
そして、「申し遅れましたが、」に続けて、
「私、アラン・ケイと申します。宝石を集めきった主殿よ。今後も宝石戦争裁定教会をよろしくお願いします。」
と、優しく言って、握手を求めた。差し出された手につられて、優希がアランの手を握る。
その時、アランは手を強く引き、優希の姿勢を崩す。そして、空いた手から拳銃を取り出し、優希の顔に当て、撃った。
「……! 貴様……!!」
フェンリルが叫び、アランへと斬りかかる。
その間に、オーディンが介入し、フェンリルの剣を受け止める。
「無駄です。貴女の主は、既に死んでおります。魔力のない貴女を倒すことだけなら、私で事足ります」
オーディンがフェンリルをはね飛ばして言った。
フェンリルは体の力が、段々抜けてくるのを感じた。歯を食い縛って、直立を保とうとするも、それは反って体力の消耗に繋がった。
「やはり、君達は平和ボケし過ぎだ。お前らは忘れたのか? あの十年前の宝石戦争を」
アランの声は、フェンリルの聞き覚えがある声だった。
アランの正体を勘づいたフェンリルに、煮たぎるような怒りが迸る。アランは、軽く鼻で笑い、自分の顔を剥ぐ。
外国人男性のマスクから現れたのは、黒髪で三十程の日本人男性だった。
その顔は、嘲笑うかのような顔をしていた。
「やっと気がついたか。俺は演技が苦手だから、もっと早くバレると思っていたがね」
「何をほざく。嘘にまみれた狼め」
前髪の中からフェンリルは鋭利な目線で睨んた。
そして、フェンリルを見下すような顔を、"アラン"は作った。
「今回"も"、俺の勝ちだ。‥‥‥何に不満がある。本来宝石戦争は、こうあるべきモノだろう?」
"アラン"の言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。恐らく、優希は理解できないが、前回の宝石戦争を知っているフェンリルにとっては、強く刺さる正論であった。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ。器に世界を吹き込むので忙しいからな。そして、消滅するまで詫びるが良い。優希と、陽一に」
"アラン"は、大広間奥の扉の向こうへと、消えていった。
フェンリルは膝から崩れ落ちた。
自分の魔力が抜けてくるのを、何もできずに感じ取っていた。
「‥‥‥フェン‥‥‥リル」
優希の声が、弱くもフェンリルの耳に届いた。
「‥‥‥ユー‥‥‥キ?」
「ごめん‥‥‥。もう動けそうにないや」
優希は再び、意識を失った。
けれども、死んでいる筈の優希が生きていることは、フェンリルにとっては驚愕するべき事であり、そこに最後の希望を抱いた。
そしてフェンリルは気がついた。魔力力線は優希に向かっていること、それによって、優希が生きているということ。
「ユーキ。ヨーイチの仇を、頼んだぞ」
フェンリルは、今ある全ての魔力を優希に送った。
大広間は青の光で包まれた。生じる筈のないパスが繋がれ、従者でも、主でもない何かが誕生する瞬間でもあった。そしてそれは、最後の反撃の一手でもあった。
*
おれは、誰かのヒーローになってみたかった。拙いと言われても良い。確かにおれが望んでいたことなのだから。
けれど、現実は違った。おれはヒーローなんかじゃない。只の落ちこぼれ。その肩書きがお似合いだった。
結局それが、全てを失うきっかけにもなった。知り合い、友人、家族、幼馴染。そして、命を張ってくれた戦友も。
ああ。だから死ぬんだ。そんな最期が落ちこぼれには相応しい。これが、泡沫に散った、戦争だった
闇が、辺りを塞いだ。ゆっくりと堕ちていって、堕ちていって、堕ちていって‥‥‥。
いや、それは嫌だ。死を受け入れることを体が拒んでいる。死にたくない。死にたくない。と。
遥か遠い水面に映るのは、琴音の姿だった。手足を握られ、目、口、耳を塞がれていた。それは、琴音が自由を奪われる事を、示唆しているように見えた。
そうだ。まだ、救えるものがある。手の届きそうな所に。
琴音を、琴音を、琴音を、琴音を、
「返せ」
意識が戻った。少しの間、回りに見える大広間は、夢の中の空間に思えた。
戻る五感がここは夢でなく、現実であることを伝える。
おれは、奥の扉を蹴破った。すると少し小さい部屋に出る。
さらに続く扉の前には、オーディンが、槍を構えて立っていた。
「そこを退け」
感情に任せて言った。
「できません」
オーディンは答えた。
怒りの歯車は、受け入れられない言葉を聞くや否や、オーディンへと刃を向ける。そして瞬く間に、おれはオーディンへと斬りかかった。
その動きは、後から考えれば人間離れしていた速さだった。
感情に任せてフェンリルの剣を振り回した。痛みは感じなかった。そして、力任せに、オーディンを突き飛ばした。
扉の向こうには、七つの石像と、一人の男性。そして、意識を失い、祭壇に供えられている琴音の姿があった。
強く開けた扉は、大きな音を鳴らし、場の空気を沈ませた。
「決まったか。汝の最後の願いは」
石像は、男性へと、話しかける。男性は「ええ。今」と答えた。
そして、おれを指差してから、
「この少年を殺してくれ」
直後、黒い重たい槍が、胸を貫いた。
おれは、もう一度死んだ。一回も殴れずに。一回もフェンリルの仇を討てずに。そして、琴音すら、救えずに。
世界は暗転した。
この先の世界をおれは知らない。
ご購読ありがとうございました。
結果はどうであれ、完結できてよかったと思います。




