第6話 世界真理
「旅立つ前に、我が世界『イグニアス』の理について説明して置かなければなるまい」
王宮を去る日の朝。顔の煤がようやく取れた国王が、大真面目な顔で1枚の羊皮紙を広げた。その隣には、本日の日の出と共に新調されたばかりの、青銀に輝く美しい鎧を身に纏ったアルトラリアが立っている。
・・・のだが、いかんせんその高貴な鎧の上から、慈姑のお下がりであるシャカシャカしたマウンテンパーカーを堂々と羽織っているため、シルエットの不審者感が凄まじいことになっていた。
「この世界イグニアスは、神が定めた『プログラム(ステータス)』によって支配されている。魔力を練り、レベルを上げ、スキルを発動する・・・すべては神のシステムの上で動いているのだ。しかし・・・」
国王は、鋭い眼光で俺を睨みつけた。
・・・え?俺!?
「お前たちが異界から持ち込んだチート能力・・・あれはシステムの『バグ』だ。お前が因果を書き換えるたび、世界のソースコードが書き換わり、システムの維持と管理をしている教会が混乱するのだ。頼むから魔王城をバグらせてフリーズさせる前に、普通に殴って倒してくれ」
「魔王討伐をゲームのデバッグみたいに言わないでくれます?」
「そして、慈姑。お前が現代から日用品を召喚するたびに、我が国のマナではなく、お前の国の『ぎんこうこうざ』から謎の電子が引き落とされている。神のシステムを使って外部決済する精神、まさに邪神の所業・・・・」
「違うって!それはただのデビット決済だよ!あ、でも今朝残高見たら、実家の神社からのキャッシュバックで28万円に増えてたな・・・」
「お前の能力、ついに実家の神社を本格的な資金洗浄の拠点にしやがった!!親父さん(神主)泣いてるぞ!」
すると、唐突にアルトラリアが立ち上がり言った。
「颯、慈姑・・・私も旅の仲間として、同行を許可された!よろしく頼む!!」
その手には、しっかりと漆黒の魔道具が握られていた。
「お前、まだそれ持ってたの!?てかもうネトゲ廃神と変わらないじゃん・・・」
「私は大賛成!!人数多いほうがゲームは盛り上がるしね!!!」
「勇者よ・・・頼むから連れて行ってはくれまいか?昨夜も部屋から『テラス貴様、そこへ緑甲羅を反射させるな!!』と床を踏み抜く音が王宮中に響き渡っていた・・・このままでは城が物理的に崩壊してしまう・・・・」
国王は涙を流しながら、俺たちを城門の外に押し出した。こうして、全裸騎士からマウンテンパーカー騎士へと進化したアルトラリアを仲間に加え、俺たちの旅がようやく始まった。
数時間後。俺たちは王都『アイル・テネレ』の喧騒を抜け、中央広場にそびえ立つ『冒険者ギルド』の重厚な門を叩いていた。旅の資金(主に慈姑の賽銭マネー28万円と国王から貰ったアルパ金貨1万枚)は潤沢だが、ひとまず現地での身分証代わりに冒険者登録をするためだ。
「あら、見ない方ですね。冒険者ギルドへようこそ!新規の登録ですか?」
受付のお姉さんが愛想のいいビジネススマイルで3枚の金属板、ギルドカードを差し出してきた。
「このカードに自らの血を1滴垂らすことによって、神のシステムと同期し、あなたの職業やステータスなどが自動的に書き込まれます。さあ、どうぞ!」
「颯、慈姑、私が手本を見せよう。レーンディア王家の血を引く騎士たるもの、カードの登録など一瞬・・・」
アルトラリアが血を垂らした瞬間、カードの表面が激しく明滅した。
【名前:アルトラリア・フォウ・レーンディア】
【職業:マウンテンパーカー聖騎士】
【レベル:78】
【特殊スキル:カービィ下Bストーン(リアル大理石破壊)】
【現在の目標:終点アイテム無しタイマンでテラスをボコる】
「なんか色々おかしくね!?レインボーロードの怨念(バナナの罠)が完全同期してる・・・」
「これは、登録の不具合かしら・・・?過去にもよくわからない表記になった冒険者は何人かいたらしいけど・・・」
受付のお姉さんの笑顔が引き攣る中、慈姑がカードに血を垂らす。
【名前:七條慈姑】
【職業:不正受給マネーの神子(電子決済の奴隷)】
【魔力:280000(実家の賽銭連動型)】
「ひっ・・・!?ま、魔力28万・・・!?今代の魔王ですら5万なのに・・・」
「あ、ヤバい。お姉さん、この魔力の数値は、実家の神社からのキャッシュバック(還付金)だから、見なかったことにして!!」
「ギルドカードにマネーロンダリングの証拠を記録させるな!!」
なんかもう、疲れた。なんで冒険者登録するだけなのにこんなにも話がややこしくなるんだ?
「最後は、俺か・・・。頼むからこれ以上バグるなよ・・・」
俺は覚悟を決め、血を垂らした。それと同時に【因果の改変】も発動する。
本来なら、【俺がカードに血を垂らす(原因)】から、【俺のステータスが書き込まれる(結果)】となる。
俺は頭をフル回転させ、因果を書き換えた。
【俺がカードに血を垂らす(原因)】→【カードには俺の思いのままの情報が記録される(結果)】
ジジジジジジ、ピロロンピロロン!!!
最後の方にコンビニの入店音みたいな音がしたが、スルーする。
カードから火花が散り、俺のステータス欄が完全にバグ文字(文字化け)で埋め尽くされた。いや、最後の『現在の目標』の欄だけは日本語だ。
「あの、これはどういう・・・?」
「文字化けしてる欄はわからないけど、最後の『現在の目標』だけはそのままの意味だよ」
そう言うと俺は、文字化けして虹色に発光している自分のギルドカードをポケットに放り込み、隣で「やったー!これで冒険者だ!」と限定アクスタを掲げている慈姑とそれを不思議そうに眺めるアルトラリアを見つめた。
イグニアスのとある孤島。
そこには、かつて颯や慈姑と同じように召喚され、世界の情勢を見守る歴代の勇者たちが集う場所があった。今、その孤島のある建物の中の円卓で、5代目から11代目までの7人が、颯の【因果の改変】と慈姑の【異界の物質招来】の能力について、最高に騒がしい会議を開いていた。
「ちょ、ちょっと待って!あの子のカード、魔力28万って何よ!?」
円卓のド真ん中で、金貨をジャラジャラと弄びながら声を上げたのは、5代目勇者だった。ノリのいいリーダー格であり、かつて流通を支配して莫大な利益を上げた彼女だが、商売のメリハリには人一倍厳しい人物でもある。
「神のシステムを外部決済して、実家のお賽銭から、毎月10%還付させてるってコト!?それ、完全に脱税じゃない!!商業ギルドを敵に回す気!?・・・あ、でも残高増える効率だけは天才的ね、ちょっと弟子に欲しいわ!」
「お、おい、よく分かんねえけどよ・・・」
頭をポリポリと掻きながら、特大の肉を骨ごと食っていたのは、6代目勇者だ。鋭い目つきに、学ランを思い出させるような衣服、どう見ても世紀末の不良だが、その本質はただの心優しい大バカであり、歴代の天然ボケ担当である。
「魔力28万ってことあのツインテールの嬢ちゃんがその『でびっと決済』って技を放ったら、一撃でビルが7個くらい爆散するってことか!?すげぇな、拳の時代は終わったな!」
「終わってねぇよ!!筋肉でしか破壊を換算できない脳みそを今すぐ工房の炉にぶち込んでやろうか!?」
間髪入れずに鋭いツッコミを飛ばしたのは、7代目勇者。端正な顔立ちのイケメンであり、ギルドの女性陣を常に沸かせる陽キャだが、この場では貴重なツッコミ役に回らざるを得ない。
「あの嬢ちゃんが召喚してるのは現代日本の『限定アクリルスタンド』と『ニトリのマッサージチェア』だろ?ここにも1台欲しいわ・・・」
「・・・激しく同意。最近肩こりがヤバい」
スッと影から現れ、真顔のまま冷淡に言い放ったのは、8代目勇者だ。ミステリアスな雰囲気を纏うクール系の美女であり、いつも冷静沈着。
「それより見て。あの13代目(颯)、オーク・ジェネラルの『頭がひしゃげるという結果』を『小指を強打した結果』に書き換えてる。私のスキルは気配を消す程度の術だけど、彼は世界の理そのものを消しているのかも・・・」
「えー、ウケる!!ハヤテくんマジ天才じゃん!?」
円卓にうつ伏せになり、スマホのような魔導具をいじりながらケラケラと笑ったのは、9代目勇者。
見た目は派手なギャル系の陽キャだが。少しSっ気があるボケ担当だが、実は重度のオタクである。
「てか、アルトラリアちゃんが着てるあの『まうんてんぱーかー』ってやつ、クソ可愛くない?青銀の鎧にパーカー羽織るとか、完全にオタクの性癖押さえてんじゃん!私も慈姑ちゃんとあったらおねだりして『ドンキのギャル服』招来してもらお!マジ尊すぎて語彙力死ぬ〜!」
「ちょっと皆さん、まじめに話し合いしましょうよ!世界のサーバーがフリーズしかけてるんですよ」
こめかみを押さえ、深いため息をつく、10代目勇者。歴代の中で最も規律を重んじる真面目な青年である。
「颯君の【因果の改変】のせいで、王都アイル・テネレのギルドカード測定器がオーバーフローを起こして爆発しました。放置するとまたどんな事態になるか・・・」
「でも、システムを混乱させるという点では彼ら以上の適任はいません。データ的にはこれが最適解かも・・・」
メガネをクイッと上げながら、呟いたのは11代目勇者だ。真面目な委員長系だが、その本質は9代目にも負けない隠れオタク(考察厨)である。
「ハヤテくんのカードに刻まれた職業ログ・・・【世界線バグ取りデバッガー】、これにはどのような意味が・・・?久しぶりに考察のしがいがありそうです!!」
「ま、固いこと言いなさんな、みんな!!」
リーダー格の5代目が、バーンと勢いよく机を叩いて全員を見回した。その顔には、大商人らしいメリハリの利いた不敵な笑みが浮かんでいる。
「生存している私たちの誰よりも、あいつらの旅が1番ハチャメチャで面白いのは事実よ!イグニアスのコードがサバ落ち(世界消滅)しない程度に、バグ無双を見守ってあげようじゃない!!」
「おう!よく分かんねえけど、俺はあのハバネロスプレーってやつと戦ってみたいぜ!!」
「だから、お前はおとなしく肉を食ってろ!」
「私は彼らがピンチになったら助けるためにレーンディアに行ってくる」
「ハヤテくんとクワイちゃんに早く会いたいな〜」
「少しは常識がある人達だといいですけどね・・・」
「やっぱりあの能力の気になるところは、改変が自分以外にも起こるところですかね・・・」
各々(おのおの)が立ち上がり、円卓の部屋を出る。出ていく彼らの胸中にはただ言いようのない高揚感が残っていた。
レーンディア王国の王都アイル・テネレの冒険者ギルド裏。慈姑が「叙々苑の高級焼き肉セットでキャンプしよう!!」と言い出し、BBQの準備をする中、俺は自分のギルドカードを見つめていた。文字化けが激しいカードの最後の欄。【現在の目標】の欄には日本語でこう書かれていた。『慈姑やアルトラリアと共にこの世界を限界まで楽しむ』
この世界イグニアスは神のシステムによってガチガチに支配されているらしい。魔王だの、世界の危機だの、色々と世知辛い設定もあるみたいだ。
だが、俺は世界のルールをハッキングする【因果の改変】を持っているし、慈姑には現代日本から何でも引っ張ってくる【異界の物質招来】がある。それに、マリカで主従関係を秒で捨てるような、最高でカオスな仲間もいる。
「颯!肉焼けたから早く食べよ!!」
「この叙々苑のタレというのもすごく美味だ!!」
すでに肉を食っている最強の神子とタレをイッキ飲みしているマウンテンパーカー聖騎士の第一王女。
俺たちの世界の理を置き去りにした旅が、今度こそ本当に幕を開けた。




