本火発令権限は、西診療所の夜薬灯を一括接続できません
中央祝灯式の本火制御室で、高い点火梃子が半分だけ下ろされた。
王都広場の本火口が、低く唸る。けれどサラが見たのは広場ではなかった。壁一面の生活灯接続盤、その端にある小さな青い点が、ふっと細くなった。
『西診療所、夜薬札灯。一括接続中』
ネリアの腕の中で、薬瓶籠の札が影に沈んだ。
「待ってください。その灯りが細ると、夜薬の瓶名が読めません」
ユリウスの側近は、制御盤の前で笑った。
「本火発令権限だ。王都広場を明るくするための一括接続で、末端の小灯まで確認していては式が始まらない」
「末端ではありません」
サラは梃子の根元に膝をついた。金具は重く、子どもの肩ほどの高さで止まっている。梃子の下には王宮記録室の紙片が貼られていた。
『第二式補完欄より一括接続可。生活影響明細、後添え』
「これは、誰の夜薬を後で添える命令ですか」
ネリアは薬瓶籠を床へ置かなかった。片腕が震えているのに、籠を胸元に抱えたまま、接続盤の端へ一歩寄る。
「私は、患者名が読める灯を未接続にします。床に置いてしまうと、また“籠一つ処理済み”にされます」
サラは青札を一枚、細った点の下へ差し込んだ。
『西診療所夜薬札灯。患者名読了前。祝灯式本火へ一括接続不可』
盤の別の列で、北門二十七番灯も薄くなっていた。帰宅者名の札が、まだ二枚残っている。
トマが梃子の横へ立ち、赤紐で高さを測った。
「この梃子、一人で引ける高さにしてあります。でも北門の帰路灯は二人確認で延長する約束です。帰る名が残っている灯りを、一人の発令で吸わせるなら、私は測った名を消されます」
彼は測り紐の端へ、自分の名を書いた。
『本火梃子。北門帰路灯半刻延長未確認。二人確認札が戻るまで全下げ不可』
リリアは、梃子の上に貼られた花文字に似た読了線を見つめていた。以前なら、そこに自分の名を重ねて泣きそうになったはずだ。
今は違った。彼女は小さな未読札を取り出し、花文字線の下へ置いた。
「わたしの字で、本火を読了済みにしません。西診療所の灯も、北門の帰る人の名も、読んでいません」
側近が声を荒げる。
「本火を止めれば、王都の面前で恥をかくぞ」
「止めません。まだ、点ける条件に足りないだけです」
サラは火口蓋の小窓を開けた。赤い小火が一筋だけ立つ。広場を照らすには弱い。だが接続盤の青い点は戻り、西診療所の夜薬札灯が細らずに残った。北門二十七番灯にも半刻延長の薄い光が戻る。
ネリアは薬瓶籠を小台へ移し、患者名を一つずつ読み上げた。トマは梃子の横に二人確認札を掛け直した。リリアは未読札へ、自分の名で「読んでいません」と書いた。
サラは本火発令欄の上から、新しい札を重ねる。
『本火発令権限。生活影響明細未添付のため、小火確認のみ。夜薬灯、北門帰路灯を奪わないこと』
制御室の大きな火口は、まだ低く唸っている。勝ったわけではない。けれど、王都を照らす火は、薬を飲む人の灯と、帰る人の道を先に消せなくなった。
その時、小火に反応した接続盤の別列が浮いた。
『パン窯柔粥火。早朝清掃賃金札。祝灯式準備済み』
サラは、細い文字を読んだ。
「次は、朝の鍋と働いた半刻まで、本火に準備済みとして吸わせるつもりです」




