表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/48

一分遅れの返却済みは、誰の朝を第三棚へ置きましたか

王宮広場の本火台では、祝灯式の飾り火がまだ白く息をしていた。


 けれどサラが見ていたのは火ではない。旧点火台帳の右下、王宮翻訳室第三棚の返却済み欄に押された時刻だった。


「二十一時十二分」


 点火予定の二十一時十一分より、一分遅い。


 ユリウスは勝ったように顎を上げた。


「遅れていても、返却済みは返却済みだ。保守印写し保管箱は第三棚へ戻った。これ以上、式典を止める理由はない」


「違います」


 サラは台帳を閉じなかった。


「一分遅れたなら、その一分のあいだ、誰の朝が棚に置かれたままだったのかを先に読みます」


 最初に前へ出たのはカヤだった。外套の裾に霜をつけ、両手で小さな冷却皿を抱えている。皿の上には、夜明け二回目と書かれた薬瓶札が一枚。


「西区慈療院のミナさんの薬です。第三棚で返却済みなら、瓶名確認は朝の開庫まで待て、と言われました。でも、二十一時十一分の本火で冷却皿が抜かれたら、夜明けには名前が読めなくなります」


 サラは冷却皿を本火台の横ではなく、旧工房へ伸びる返灯の下へ置いた。


「返却済みは、棚へ戻ったという意味ではありません。ミナさんが夜明けに自分の薬瓶を読める状態まで届いて、初めて返却です」


 青い保留札に、カヤが自分の字で書く。


『薬瓶名確認未了。冷却皿一枚、生活側へ保留』


 ユリウスが舌打ちする前に、トマが寝台灯札を二枚差し出した。ロウ。マリナ。どちらも宿舎点呼口の札だ。


「第三棚で返却済みなら、宿舎の寝台灯も消灯可能にされます。ロウは戻りました。でも、マリナはまだ自分の足で点呼口をくぐっていません」


「私が書きます」


 小さな声がした。マリナだった。袖を握りしめたまま、それでもトマの後ろに隠れず、一歩だけ灯の前へ出る。


「私の寝台灯を、棚の返却済みにしないでください。帰ったら、私が自分で消します」


 サラは、保守印写しの欄へ指を置いた。


「保守権限とは、誰が消してよいかの権限ではありません。誰の足元を最後まで点ける責任か、です」


 マリナの字は震えていた。それでも青札の下に、本人帰着まで消灯不可、と残った。


 南パン窯のルドは、焦げ目のついた木片を修理机の上に置いた。


「本火台に余火が戻らなければ、朝粥パンを三人分やわらかく切れません。けれど第三棚返却済みなら、パン窯横灯は式典残火へ戻せと」


「パン窯横灯は、飾り火の残りではありません」


 サラは旧工房の壊れた修理机を拭いた。そこに冷却皿、寝台灯札、パン窯の木片を並べる。


「ここを、仮保守窓口にします。第三棚へ戻ったかではなく、薬、寝床、朝粥がそれぞれの人の朝へ届くまで、返却済みにしません」


 リリアが、ずっと抱えていた箱の前へ出た。


 以前なら、彼女は妹の名で押された印を見ただけで泣きそうになっていた。今は違った。青札を一枚取り、旧工房の入口へ貼る。


『読めない写しは、受け取りません。リリア』


「わたしは、保守責任者ではありません。でも、読めないものを受け取ったことにはしません」


 それだけでよかった。


 サラは小さくうなずいた。旧工房は、過去の工房ではなくなった。薬瓶の名が読めるまで、寝台灯が本人の足元に戻るまで、パンが朝に届くまで、誰かが「受け取っていない」と書ける場所になった。


 ユリウスの顔から、ようやく式典用の笑みが消える。


「そんな仮窓口に、王宮の返却済みを止める権限など――」


「では、この欄は誰の権限ですか」


 サラは第三棚返却済みの下に隠れていた細い追記を示した。


 代理受領欄。


 伯爵家管理印と王宮翻訳室第三棚印のあいだに、一行だけ、生活側確認者名を通らない署名欄が挟まっている。


 そこには、人の名前ではなく、こう書かれていた。


『祝灯式代理受領・第七一号』


 サラは青札をもう一枚取り、まだ何も書かずに欄の端へ置いた。


「次に読むのは、誰が受け取ったかではありません。その代理受領が、誰の朝を通らずに完了へ運んだのかです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ