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代理第七一号は、誰の薬棚と帰宅灯を受け取った番号ですか

夜明け前の慈療院は、まだ静かだった。


けれど静かすぎる棚ほど、サラには嫌な音が聞こえる。


薬棚の冷却皿から、薄い霜が一枚、ぱきりと剥がれた。昨日、夜明けまで保つように戻したはずの青い保留札が、皿の角で小さく震えている。


「サラ様」


記録係のノエルが、仮保守机の上に細い筒を置いた。


王宮翻訳室代理・第七一号。


筒の封に、そう書かれていた。


「翻訳室の写し係が置いていきました。第七一号にて、薬棚冷却および北門二十七番灯の一時受領を確認済み。仮保守机は撤去可能、と」


ミナの薬瓶が、棚の奥でかすかに鳴った。


サラは筒を開けず、まず薬瓶に触れた。冷えは残っている。けれど、次の交換時刻までには足りない。


「番号は、薬を飲む人の名前になれません」


サラが言うより早く、ノエルが温度表を引き寄せた。


「受領済みなら、誰が次の交換時刻を見たんですか」


彼の声は震えていたが、指はまっすぐだった。昨日まで、ノエルは記録を渡す側だった。今日は、温度欄の空白へ自分で線を引いた。


『第七一号、交換時刻確認者名なし。ミナ薬棚、次回交換まで未受領』


ミナが毛布の中で目を開けた。


「……わたしの薬、番号の人が飲むの?」


「いいえ」


サラは冷却皿の縁へ青い札をもう一枚差した。


「ミナさんが飲む薬です。だから、ミナさんの名前と、次に冷たさを見る人の名前が揃うまで、受け取ったことにしません」


ノエルが小さく息を吸った。


「次の交換時刻、私が見ます。見たら、私の名前で書きます」


それだけで、棚の音が変わった。


論破ではない。薬が、次の時刻まで棚に残る音だった。


外から、門灯の鈴が鳴った。


北門のマリナが、息を白くしながら駆け込んできた。手には帰着札が三枚ある。二枚は濡れ、一枚だけが乾いていた。


「第七一号で帰着確認済みにする、と門番小屋にも写しが来ました」


彼女はサラの前に札を置いた。


「でも、帰っていない人が一人います。巡回灯番のロウ。二十七番灯が点いているから帰着済みでよい、と言われました」


ユリウスの従者が、扉の外に立っていた。翻訳室から来た写し係の男も一緒だ。男は濡れた袖を払って、短く告げた。


「代理受領済みです。番号で処理できます。仮机は通路を塞ぎますので、ただちに撤去を」


マリナが札を握り直した。


「通路を塞いでいるのは机ではありません。帰っていない人を、番号で帰ったことにする紙です」


彼女は乾いた札の裏へ、自分の名前を書いた。


『北門二十七番灯、ロウ未帰着。マリナ確認。帰着済みにしない』


門番の字は大きく、不器用だった。


写し係の男が眉を寄せる。


「門番が勝手に――」


「勝手ではありません」


今度は、リリアが言った。


サラの妹は、慈療院の長椅子から立ち上がっていた。昨夜まで、彼女は自分の花文字番号を見るたびに肩を縮めていた。だが今朝は、筒の封を見て、震える指を隠さなかった。


「その第七一号は、わたしの未読番号ではありません。花文字でもありません。でも、読めることと、受け取れることは別です」


リリアは小さな紙片を取り出した。


『リリア、封の番号は読める。薬棚・門灯・姉の保守権限を誰が受け取ったかは読めない』


彼女はそこまで書き、ペンを置いた。


「読めないところを、読んだことにはしません」


サラは、その紙片を仮保守机の中央へ置いた。


机の上には、ノエルの温度欄、マリナの帰着札、リリアの読める範囲の紙が並んだ。


第七一号の筒は、その横で急に軽く見えた。


「代理番号が本当に何かを受け取ったなら」


サラは封を開けた。


中の控えには、薬棚冷却、北門二十七番灯、旧ヴィント工房保守権限の三行がまとめて括られていた。受領者名の欄は、番号だけ。生活影響確認の欄は、空白。


そして控えの裏に、薄い鉛筆書きがあった。


旧ヴィント工房鍵棚、夜番写し係へ仮預け。


「……旧工房の鍵棚?」


ノエルが呟いた。


サラは頷いた。


「第七一号は、人ではありません。少なくとも、この紙の上では、薬棚と帰宅灯と、私の古い保守権限を一つの棚へ運ぶための番号です」


写し係の男が一歩下がる。


サラは筒を破らなかった。青い保留札を巻き、封の上から留めた。


「この番号で薬棚は受け取りません。北門灯も閉じません。私の保守権限も返納完了にしません。ここにある三つの名前で、次の交換時刻と帰着確認まで保全します」


ミナの棚の霜が、もう一度白く戻った。


北門へ戻るマリナのランプが、細い青で点いた。


リリアは紙片を両手で押さえ、初めてサラの方をまっすぐ見た。


「お姉さま。旧工房の鍵棚なら、私も場所を知っています」


その一言で、サラは自分の胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


守られる妹ではない。


番号にされかけたものを、自分の読める範囲で止める人が、ここに増えた。


サラは仮保守机の端に、小さな札を立てた。


『第七一号、生活責任者未確認。旧工房鍵棚を次に照合』


朝の最初の鐘が鳴る。


まだ勝っていない。


けれどミナの薬は次の時刻まで冷えている。ロウの帰着札は、帰っていないまま守られている。リリアの読めない欄は、誰の手でも埋められていない。


サラは青い札の端を押さえ、旧工房の鍵棚へ向かう準備を始めた。

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