泉の初恋
あんなことを言われたからか、変に意識して暮らすことになった。
「おっはよん、泉」
冴が今日も元気よく挨拶してくれる。
「お、おっす」
おかしい。冴相手にもフランクに挨拶できない。ハイテンションにはハイテンションで返す。ただそれだけでいいのに、この子と一緒にいる時はやけにテンションが高いなあなどと思われるんじゃないかという自意識に苛まれる。
(どこで渚のやつが見ているかわかんないからな)
ここは小学校の教室で、平日の朝だから、そんなことは普通ないはずなのだが。プロのストーカーに普通は通用しない。異常だからストーカーなのだ。
「泉、おはよ」
芽依も遅れて教室に入ってきた。「昨日はチビたちがなかなか寝てくれなくて」と眠たげな姿は、子育て奮闘中の若いママを思わせる。
「おはよう、えっと……」
会話を広げようとするが、口籠もる。
「さすがママだねえ」とか、「眠そうな芽依ってさらに魅力が増すよね」とか、泉なら別に普通に言える台詞も、澄人が言うと気持ち悪いなあと思ってしまう。
そういえば俺は異常に自意識の強いやつだった。だから考えすぎて勝手に自分で結論を出して、面接の時みたいに自滅する。
それが泉の姿になったことで、自分がどう見られるか、自分がどうすべきか、なんてどうでもよくなった。とにかく必死だったからだ。それが今はまた澄人であることがバレたせいで、ある種イップスみたいになってしまっている。
どうしよう、どうしよう。自然に話せないのがこんなにももどかしくて、情けなくて。久しぶりにパニックになりかけている。
その時、急に視界が真っ暗になり、目元がじんわりと温かくなった。温度を感じていると、だんだん落ち着いてくる。
「泉、大丈夫だよ。こわくないよ」
耳元から聴こえるのは冴の声だ。
「遠くの車の音を聴いて。窓際の鳥の鳴き声を聴いて。昨日の晩ごはんを思い出して。好きな駄菓子を食べる時を想像して」
「……うん。ありがとう、もう大丈夫」
登校初日のように、冴がまた落ち着かせてくれた。きっと俺が本当に転校してきた泉だったら、冴のことを好きになっていたかもしれないな。




