何もできないのは辛いです。
クーリアに言い渡された、お掃除禁止令。
私に言い渡された、一週間の絶対安静命令。
その日からずっと、私は自室のベッドで横になり続けている。
体を起こしてできることと言えば、食事とトイレと着替えぐらい。
多少は体を起こせるようにはなったが、まだ全快には程遠い。
そんな生活が続いて、本日で三日目になるのだが――
「う、ううぅ……! ココラルお嬢様……! お掃除が……したいです……!」
「泣くほどですの!?」
――すでに限界だった。
もう丸一日以上、私はお掃除をしてないのだ。
私の清掃魂の疼きは、すでに極限状態に達している。
「お、お嬢様、トイレに行ってきます……」
「トイレに行くのは構いませんけど、箒天戟は置いていくのですわ!」
「せ、せめて床のお掃除だけでも……ハァ……ハァ……」
「ダメですわ! 息だって切らしてますし、わたくしが見張るのですわ!」
今日はココラルお嬢様も学園がお休みのため、こうして私のことをずっと見張っておられる。
箒天戟は『枕元にあると寂しさが紛れる』という私の意見が通ったおかげで、置かせていただいている。
ただ服装はパジャマのままで、メイド服の着用は認められていない。
よって、<収納下衣>も使えない。
――正直、何もできない現状が辛すぎる。
「ココラルお嬢様。どうか私にお掃除を――ううぅ!?」
「また胸を抑えて苦しんで……。まだ完全に治り切っていないのですわ。そんな体では何もできませんことよ。今はわたくしから主として、絶対安静を命じますわ!」
お嬢様もおっしゃる通り、今の私の体では満足に動くことさえできない。
結局のところトイレも後輩メイド達の手を借りて向かうことになる。
それどころか、お風呂さえも一人で入れないため、今は人の手を借りて拭いてもらっている現状だ。
人々の生活を支える<清掃用務員>であるはずの私が、人々の生活の邪魔になっている。
その事実が、とにかく辛い。
「……クーリア。これだけは分かってほしいのですわ。わたくし達は何も、あなたに意地悪をしたいわけではありませんことよ」
「はい……。そのことについてはよく理解し、何より感謝しています……」
ココラルお嬢様はベッドの上で横たわる私に、突如悲しそうなお声で語り掛け始めた。
お嬢様の言いたいことはよく理解している。
今ここで私が無理をしても、治るのが遅くなるだけ。
そうなってしまうと、今後の業務に余計に影響が出てしまい――
「わたくしはただ、あなたのことが心配なのですわ……。お医者様にクーリアの容態を聞いて『クーリアが死ぬかもしれない』と思った時、わたくしは心底怖かったのですわ……」
――そう思っていた私の耳に入ってきたのは、お嬢様の恐怖心がそのまま形になったような言葉だった。
「私が死ぬと、お嬢様は悲しいのですか……?」
「当たり前なのですわ! あなたがこのファインズ公爵家に来て、もう十年! 今更クーリアのいない生活なんて、わたくしは考えたくもないのですわ!」
ココラルお嬢様は私の顔を見ながら、その目に涙をためながら語られてきた。
表情こそ怒っているようだが、その言葉には優しさが感じられる。
「十年前、クーリアと初めて会ったあの日。わたくしは恥ずかしながら、あなたなら『わたくしの姉』になってくれると思い、ファインズ公爵家へ招き入れたのですわ」
「私が……お嬢様の姉……ですか?」
「ええ。今にして思えば、幼さゆえのなんとも短絡的な発想だったとは思っていますわ。ですが、決してその選択が間違いだったとは思っていませんことよ」
「それはどういう意味でしょうか……?」
ココラルお嬢様はその胸の内を吐き出すように、私に思いを伝えてこられる。
そうして語られる言葉は私にとって――
「クーリアは今や、わたくしの家族ですのよ」
――とても暖かかった。
「あなたは前世の記憶を持っており、<清掃用務員>としての大義を抱いていることは理解しましたわ。ですが、そのために体を壊して命の危機に瀕するなど、家族としてこれほど悲しいことはありませんことよ」
「ココラルお嬢様……! それほどまでに私のことを……!?」
「あなたは本当に不器用で鈍感ですわね。だからわたくしから、直接あなたに命じますわ」
ココラルお嬢様の真心は本当に暖かい。
過労で心臓が痛むはずなのに、お嬢様の言葉を聞いていると不思議とそんなことも忘れてしまいそうだ。
「まず、これからはお屋敷の仕事も含め、クーリア一人の負担を減らしなさい。お料理などは他にもできる人間は多いですわ」
「はい……」
「睡眠もしっかりとるのですよ。毎日ベッドで横になり、わたくしと一緒の時間には寝るようにしなさい。仕事の配分については、わたくしの方で再考しますわ」
「はい……」
「そして何より、決して無理をしないこと。お掃除の範囲も無理のない範囲で縮小しなさい。ポーションで疲労を紛らわすような真似も、もうしてはいけませんよ。自分を大切にしなさい」
「はい……」
それからココラルお嬢様にいくつも命令と言う名の注意を受けたが、私は素直に受け止めることができた。
――<清掃用務員>としての使命のあまり、私は本当に大事なことに気付けていなかった。
私はココラルお嬢様を主とし、ファインズ公爵家に仕える身だ。
そしてそれらの方々を守るために、お仕事に精を出すことが全てだと考えていた。
だが、それ以上に――
――私はファインズ公爵家の"家族"になっていた。
私は無茶をすることで、"家族"に迷惑をかけるという愚行をしていた。
「ココラルお嬢様ぁ……! あ、ありがとうございます……! ほ、本当にありがとうございます……!」
「まったく……。前世の記憶が蘇っても、クーリアは本当に自分のことに対して不器用な所は、昔から変わりませんわね……」
私は泣いた。ひたすらに涙を流して泣いた。
<清掃用務員>としての嗜みも、主の前だということも忘れて、ただ泣いた。
そんな私の頭を、お嬢様は優しく撫でてくださった。
――ココラルお嬢様のお言葉とその行動は本当に優しかった。
それはまるで、十年前に拾ってもらった時のようだった。
そのお言葉を真摯に受け止め、私はこれから自分を大事にしないといけない。
ファインズ公爵家の家族として、これ以上家族を心配させるわけにはいかない。
「それに、わたくしやお父様以外にも、クーリアのことを心配している人は大勢いましてよ?」
「え……?」
しばらく私をなだめてくださったココラルお嬢様だったが、ふと扉の方へと目を向ける。
私もそれに気づいて目を向けると、扉の前に一人の女性が立たれていた――
「ク、クーリア~!? 倒れたと聞きましたが~、大丈夫なのですか~!?」




