お嬢様がお怒りです。
「――これが私の一日です。何か問題がありますでしょうか?」
「…………」
「…………」
「…………」
私はココラルお嬢様に言われた通り、普段の一日の流れを話し終えた。
ただどういう訳か、その話を聞いたお嬢様も旦那様もお医者様も、唖然とした表情で黙って私を見ている。
――私の話におかしな点でもあったのだろうか?
「……クーリア。色々言いたいことはありますが、あなたにこれだけは言っておきたいですの――」
そんな私の疑問に答えるかのように、ココラルお嬢様が言葉を紡がれた。
そしてスゥーっと息を大きく吸い、私へとお声をかけられる――
「働きすぎですのぉぉぉおおおお!!!」
ハタラキスギデスノォォオオ――
ハタラキスギデスノォオ――
部屋中に反響するほどの大声で、ココラルお嬢様は私に『働きすぎ』とお叱りになった。
「そんなに私は働きすぎでしょうか?」
「どう考えても働きすぎですの! まず! あなたの睡眠時間は何時間ですの!?」
「一時間です」
「それが短すぎますのよぉおお!! もっと寝るですのぉおお!!」
どうやら、私の睡眠時間が一時間というのは短すぎたようだ。
だが、私のお仕事などの量を考えると、どこを削ればいいのだろうか?
「後! この様子を見る限り、あなたはこの国中のお掃除をしてまして!? ファインズ公爵邸だけでも十分なのに、どうしてこうなっていますの!?」
「お掃除は常日頃から必要だからです。後、箒天戟達のトレーニングです」
「本当にそうですの!? 何か別の理由がありそうですの!」
「……申し訳ございません。箒天戟でのお掃除が楽しくて、歯止めがききませんでした」
「やっぱりそういうことですのぉおお!! この清掃ジャンキーがぁああ!! ですのぉぉおお!!」
確かにお嬢様の言う通り、実は私が国中をお掃除していた最大の理由は、『箒天戟でのお掃除が楽しかったから』である。
素晴らしい清掃道具との出会いが嬉しすぎて、ついついお掃除範囲を拡大してしまっていた。
これは反省。私も少々舞い上がっていたようだ。
「さらに! あなたは一体、いつ休憩をとっているですの!?」
「マリアックと教会で昼食をとる時です」
「その時以外にも休憩するですのぉおお!! そもそも昼食の時でさえ、お掃除してますのぉおお!!」
もう一つ、休憩時間も短かったようだ。
ただ私なりに組んだシフトを考えると、やはり時間に余裕がない。
休憩時間をどこに入れるかも悩みどころだ。
「それと! あなた、一日に何本のポーションを飲んでますの!?」
「多い時で五、六本――いえ、十本ほどでしょうか」
「多すぎますのぉおお!! そんなに飲んだら、体を壊しますのぉおお!!」
そしてポーションも飲み過ぎていたようだ。
お医者様からも説明を受けたのだが、ポーションはあくまで一時しのぎにしかならないらしい。
確かに前世のエナジードリンクもそういうものだった。
そして飲み過ぎると体に良くない。
これからはポーションの本数も控えるようにしよう。
「最後に! 鍛錬や清掃道具のお手入れに、時間をかけすぎですの!」
「ですがココラルお嬢様、これもまた<清掃用務員>として大事な嗜みでして――」
「もうその『<清掃用務員>としての嗜み』というのも、いらないですのぉおお!!」
さらにはお嬢様から、『<清掃用務員>としての嗜み』までダメだしされてしまった。
主であるお嬢様の命令とはいえ、鍛錬やお手入れに時間を使えないのは辛い。
――泣きたい。
「ゼェ……ゼェ……! い、言いたいことはまだありますけど、クーリアの生活がメチャクチャすぎますの!」
「まさか一日のうちに、これだけのことをしているとはわしも思っていなかった……。しかも、あの重たいメイド服を着ながらしてたのか……」
ココラルお嬢様は絶叫しすぎた息を整えながら怒りの表情で、旦那様は呆れながらも悲しそうな表情で私を見ておられる。
この様子を見る限り、私は自分でも気づかないうちに『お掃除の常識』どころか、『人間としての常識』さえ超えてしまっていたようだ。
「……と、ともかく。これは重度の過労が原因で間違いないですじゃ。心臓にまで負担がかかっているところを見るに、相当危険な状態だったようじゃ……」
「ほ、本当に今気づいてよかったのですわ……。これでクーリアが本当に亡くなっていたら、わたくしも辛すぎますわ……」
お医者様も私の診断結果を『過労』と断言された。
そんな診断結果を聞いて、ココラルお嬢様は悲しそうながらも、どこか安心したような表情をしておられる。
確かに私がこのまま過労死していたら、責任問題でファインズ公爵家の名を汚してしまうところだった。
"汚れ"から心を解放されて以降、旦那様もお嬢様も評判は上がって来ている。
そんなところに『従者の過労死』などという事件が起これば、折角の評判がまた下がってしまう。
ファインズ公爵家の名を、ブラック公爵家として広めてしまいかねない。
――どうやら、私は本当に働きすぎだったようだ。
「先生、ありがとうございました。クーリアの今後はわしらでも十分に気を付けます」
「うむ。とりあえずは一週間、絶対安静で決まりですじゃ。しばらくは体を休めさせるように願いますぞ」
「絶対安静……?」
お医者様は最後にそれだけ言い残し、部屋を出ていかれた。
ただ、最後に私がどうしても気になった言葉――『絶対安静』。
それは私にしばらくの間、何もするなということだろうか?
私にこのまま、横になっていろと言うことだろうか?
――私は当分、お仕事をできないということだろうか?
「……クーリア。医者の先生も言っていた通り、お前は最低一週間は療養だ」
「で、ですが旦那様! その一週間、私はお掃除や他のお仕事をできなく――」
「頼むから療養しててくれぇええ!! もうこっちの気がもたないからさぁああ!!」
私が意見を出そうにも、旦那様もまたココラルお嬢様と同じ怒りの形相で私の言葉を遮って来た。
――辛い。とても辛い。
確かに今の私は体の自由が効かないが、それでも一週間休み続けるのは辛い。
少し休めば、また動けると思うのだが――
「いいですわね!? 絶対に! 一週間は! 絶対安静ですわよ!? クーリア!!」
「本当に頼む! 一週間は! そのまま! 休んでてくれ! クーリア!!」
――ココラルお嬢様と旦那様の凄まじい圧力で、とてもその願いは叶いそうになかった。
こうしてこの日から一週間、私のお掃除もお仕事もできない地獄の療養生活は始まった――
お掃除できない地獄の日々へ。




