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再度、お嬢様に洗いざらい報告します。

再度の報連相。

当然の嗜みだ。

「う、う~ん……。ハッ!? わたくしは一体、何をしていたのですわ!?」

「お目覚めですか、ココラルお嬢様」


 ココラルお嬢様の"汚れ"をお掃除した後、お嬢様は眠りについてしまった。

 私はそんなお嬢様をベッドに寝かしつけ、起きたところでさりげなくお水を渡す。

 これは<清掃用務員>としてではなく、<メイド>としての嗜みだ。

 前世の記憶が蘇ったとはいえ、今の私はクーリア・ジェニスター。ファインズ公爵家の<メイド>だ。


「なんだか……悪い夢をずっと見ていたようですわ……」


 目が覚めてからも、お嬢様の様子は清掃後と変わらない。

 やはりあの"汚れ"がお嬢様をおかしくし、ワガママな人格に変えていたのだ。


「クーリアには申し訳ないことばかりしていましたわ……。お母様が亡くなってから、わたくしはどこかおかしくなっていたのですわ……」

「御心配には及びませぬ。私ももう少し早く前世の記憶を取り戻し、お嬢様をお掃除できていればと思うと……」


 ココラルお嬢様があの"汚れ"に犯された原因は分からない。

 だけど、私がもっと早く清掃魂(セイソウル)に覚醒していれば、お嬢様が長い間苦しむ必要もなかった。

 後悔後先に立たず。覆水盆に返らず。拭き残しで足を滑らせても遅い。


 だが、悔やんでばかりもいられない。

 ここは<清掃用務員>の基本を思い出し、まずは先程できなかったことからしよう――




「ココラルお嬢様。まずは改めてご報告いたします。私は前世の記憶を取り戻しました。前世の私はとある世界で、"超一流"の<清掃用務員>だったのです。その記憶と力が蘇ったことで、私はお嬢様を救うことができました」


 ――そう、"報告"だ。

 先程はココラルお嬢様が"汚れ"に囚われていたせいもあったのだろうが、私の説明不足もあった。

 今回は大丈夫。ちゃんと私が『どんな<清掃用務員>だったのか?』だけでなく、今回そのおかげで『お嬢様を救うことができた』ことも付け足して報告できた。

 完璧だ。これなら、ココラルお嬢様も理解してくれ――






「セイソウヨウムイン……? 先程も言ってましたけど、それは何なのですの?」


 ――なかった。

 ココラルお嬢様の反応は、先程と同じようなものだった。

 お嬢様はキョトンとした顔をして、不思議そうに私を見ている。


 そんなお嬢様の様子を見て、私はある重大な真実に気づいた――




 ――この世界には、<清掃用務員>という職業がない。




「……申し訳ございません、ココラルお嬢様。私の説明不足でした……」

「い、いえ……。前世の記憶がどうのこうのというのも、わたくしには分からないことですし、クーリアも気が動転しているだけですわ……」


 "汚れ"が落ちたココラルお嬢様は、本当にお優しいお方だ。

 私が路頭に迷っていた十年前と同じように、私の心を優しく包むように気を遣ってくださっている。

 それはまるで、洗い立てのバスタオルに包まれるような心地よい感覚――


 ――だが、そんな優しさに甘えるわけにはいかない。

 清掃業務(ミッション)の時だってそうだ。

 介護施設のお掃除でも、『ここは掃除しなくても大丈夫じゃよ』と入居者のおばあさんに言われても、お掃除をしなければいけない場所だってある。

 それと同じだ。甘えや妥協は許されない。

 <清掃用務員>としての記憶が戻った今、私の心にはいつも清掃魂(セイソウル)を宿す必要がある。


 元の優しい公爵令嬢に戻ったココラルお嬢様に対して、私は順を追って説明をしていった――





「――はぁ……。な、成程ですわ。生まれ変わりなんてにわかには信じがたいですけど、ここまで説明されると、信じるほかないみたいですわ……」


 私の懸命な説明もあって、ココラルお嬢様は私が『転生した<清掃用務員>』であることを信じて下さった。

 紙に箇条書きで時系列や要点を書きだし、熱心に説明した甲斐があった。

 特に、<清掃用務員>については詳しく説明した。

 ここだけは譲れない。私の<清掃用務員>としてのプライドだ。


「それにしても、<清掃用務員>というのは素晴らしい職業なのですわ! 先程、わたくしを綺麗にしてくれたスキルといい、まさに<勇者>と言っても過言ではないのですわ!」

「<勇者>などという大それたものではありません。<清掃用務員>にできることは、汚れを落として綺麗にすること。ただそれだけです」


 ココラルお嬢様は<清掃用務員>のことを褒め称えてくれるが、私が放った言葉は謙遜でもない本心だ。

 "汚れ"があるところに、<清掃用務員>がある。

 裏を返せば、"汚れ"がなければ、<清掃用務員>は必要とされない。

 そんな一介の<清掃用務員>でしかない私が<勇者>などと、おこがましいにも程がある。




「……でも、その<清掃用務員>の力があれば、お父様も救えるかもしれませんわ!」

「旦那様を?」


 そんな話の途中で、ココラルお嬢様は私に提案してきた。

 確かにココラルお嬢様同様、父上であるアトカル・ファインズ公爵も、奥方様が亡くなってから人が変わってしまった。


 このお屋敷に戻ることもほとんどなく、ココラルお嬢様のお世話を私に任せて、王城でずっと働いている。

 それだけならまだマシな方で、なんでも裏で暗躍しながら、国家転覆を計画しているという噂まである。

 私もこれまでは不審に思いながらも、お嬢様同様に奥方様が亡くなられたショックによるものだと思っていた。


 だが、やはりそこもお嬢様同様、心変わりが大きすぎる――


「かしこまりました。このクーリア・ジェニスターめが、旦那様の容態(清潔具合)を確認してみます」


 もし旦那様の変化がココラルお嬢様の変化と同じものならば、旦那様にも"汚れ"が染みついているはずだ。

 そうだとするならば、これはファインズ公爵家に仕える者としても、<清掃用務員>としても見過ごすことはできない。


「ありがたいのですわ! なら早速、お父様の元に行くのですわ!」

「お待ちください、ココラルお嬢様。もう夜も更けております。旦那様は今も王城におられるため、今から押し掛けるわけには――」



 ――ガチャン



「ん? こんな時間に来客でしょうか? ……いえ、違いますね」


 私とココラルお嬢様が話をしていると、屋敷の出入り口から扉が開く音がした。

 私は<アサシン>による聴覚強化スキルと、<メイド>による屋敷内探索スキルを両立させることで、屋敷の状況は見えないところからでもある程度把握できる。

 屋敷に人が入ってきたのは確かだが、気になるのはそれに対応している他のメイド達の動きだ。

 メイド達は一列に並び、入ってきた人間を出迎えるように対応している。

 この屋敷に入ってくる人間で、メイド達がそのような対応をする人間など、一人しかいない――


「……どうやら、旦那様がお戻りになられたようです」

「本当なのですわ!? これはグッドタイミングですの! 早速お父様の元に行って、クーリアの力で綺麗になってもらいますの!」


 旦那様が戻られたと分かるや否や、ココラルお嬢様は私の腕を引っ張って旦那様の私室へと私を連れ出した。


「お、お嬢様。慌てないでください。腰に響きます」


 ココラルお嬢様は小柄なこともあり、私は前屈みの状態で引っ張られていく。

 この体勢はキツイ。

 モップ掛けでもこの体勢を長く続けると、腰を痛めてしまうのだ。


 ――しかし、これがチャンスなのはお嬢様の言う通りだ。

 今この時、旦那様がお屋敷に戻られたのも、もしかしたら巡り合わせなのかもしれない。


 私の前世の記憶の復活。<清掃用務員>としての覚醒――

 私の心の奥底で、『旦那様を救え(洗え)』という声がする。


 ――そう囁くのは間違いなく、私の中で眠る清掃魂(セイソウル)だ。

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