お風呂の後に報連相です。
「ここが王城のお風呂ですか。流石に広いですね」
「まあ、アタイも下水の臭いが染みついたまま、陛下に会うわけにはいかないからな」
クッコルセ団長に案内され、私は王城の大浴場にやって来た。
私のメイド服もクッコルセ団長の鎧も、王城専属の<メイド>によってすぐにクリーニングしてもらえるそうだ。
私達がお風呂から上がるころには、洗い終わって乾燥までできるとのこと。
実に優秀。魔法の世界とは、かくも便利なものだ。
「それでは早速お風呂に入らせて―― ん!?」
「くっ? どうしたのだ、クーリア殿?」
早速湯船に向かう私だったが、どうしても気になるものを見つけてしまった。
これだけ広いお風呂だ。手が行き届かないのも仕方ないのかもしれないが――
「あそこのタイルが汚れています。デッキブラシを貸していただけませんか?」
「くっ!? こだわるな! いいから風呂に入れ! あんたは一応客人だぞ!?」
私の清掃魂が疼いて仕方なかったが、クッコルセ団長に止められてしまった。
悔しいが仕方ない。今の私は一応客人だ。
言われたことには従おう。
■
「実にいいお湯でした」
「アタイもスッキリできた。では早速、陛下の元へ向かうか」
お風呂を出ると、クリーニングしてもらったメイド服を着なおす。
本当に下水道での汚れがしっかり落ちている。
素晴らしい。今度どんな洗剤を使っているのか聞いてみよう。
そして私はクッコルセ団長と共に、玉座の間へと足を踏み入れる。
以前は私が粗相を働いてしまったが、今回は落ち着いて行こう。
もうジーキライ陛下のムキムキつるっぱげヤクザルックにも慣れた。
よっぽどのことがない限り、私は失敗しない――
■
「ジーキライ陛下! この度はアタイが粗相を働いて、すみませんでした! くっ! 死にます!」
「おい!? クッコルセ!? なんで吾輩の顔を見るや否や、いきなり自害しようとするのだ!? やめぬか!?」
――私は普通に入ったのだが、クッコルセ団長が問題行動を起こしてしまった。
ジーキライ陛下の眼前に座り、自前の大剣を自らの首にあてがい始める。
それを見た陛下が自慢の筋肉で、クッコルセ団長の大剣を奪い取って食い止めた。
――きっと、クッコルセ団長の誇りと忠誠心が起こした行動なのだろう。
私にも<清掃用務員>としての誇りと、ファインズ公爵家に対する忠誠心がある。
それを考えると、分からなくもない。
ただ、それを含めて考えても――
「クッコルセ団長はおかしな人ですね」
「え? お主が他人にそんなこと言っちゃうの?」
私が思たことをそのまま口にすると、陛下に驚愕の表情と共にツッコミを入れられた。
――確かに今の発言には問題がある。
<清掃用務員>たるもの、他人を咎めるような発言はいただけない。
私はどうにも思ったことを、そのまま口にしてしまう癖があるようだ。
ここもまた改善事項となる。
確かに私はコミュニケーション能力に問題があるが、だからといってそのままにはしない。
<清掃用務員>たるもの、常に努力を続けるのだ。
「ハァ……まあよい。とりあえず、クッコルセから話を聞かせてくれ」
「くっ……失礼しました」
陛下は話を進めるためにも、まずはクッコルセ団長の報告を聞いた。
「クッコルセよ。お主は何故、自身が"汚れ"に操られていたかは分かるか?」
「くっ……それなのですが、詳しいことまでは分かりません。ただアタイは正気を失う前に、城の蔵書室にいたところまでは覚えているのですが……」
「城の蔵書室にですか?」
陛下の問いに答えたクッコルセ団長の言葉に、私も思わず反応してしまう。
私がそもそも今回の清掃業務に挑んだのは、陛下に蔵書室への入室を許可してもらうためだった。
因果関係は薄いと思われるが、思わず動揺が走ってしまう。
「その後、アタイはあの下水道に導かれるように居座ってました。なぜだか、『あそこにいなければいけない』という気持ちが働いていましたが、詳しいことまでは……」
「ふむ……。やはりこれもまた、"汚れ"の力ということだろうな」
さらに紡がれる、クッコルセ団長の言葉。
だがその内容もまた、私には理解できないものだ。
「くっ!? そ、そうでした! 確かアタイは蔵書室のある童話を手に取ってから、それ以降の記憶が曖昧なのです!」
「『ある童話』だと? それは何という童話だ?」
「そ、それなのですが――」
さらにクッコルセ団長は必死に記憶を手繰り寄せ、手掛かりになりそうな話をされる。
そこには何やら『ある童話』が関係しているようだが、クッコルセ団長はどこか言いづらそうだ。
それでもなんとか言葉を紡ぎ、童話のタイトルを口にされた――
「『フェイキッドの亡霊』……で、ございます」
「なっ……!? 『フェイキッドの亡霊』だと……!?」
クッコルセ団長が口にした童話のタイトルを聞き、陛下は思わず動揺されている。
『フェイキッドの亡霊』――
それはかつてこのウォッシュール王国第二皇太子であった、フェイキッド・スクリーム殿下を題材にした物語。
嘘によって追い込まれ、自ら命を絶たれた、シケアル殿下の双子の弟にしてジーキライ陛下の息子。
「フェイキッドの――今は亡き、我が息子の話が関わっているのか……!? しかし、何故……!?」
その話を聞いた陛下が動揺するのは当然の話だ。
それにクッコルセ団長の話が事実なら、私も報告しなければいけないことがある――
「ジーキライ陛下。このクーリア・ジェニスターからも、その件についてご報告があります」
「『フェイキッドの亡霊』に関わる話か? それは一体なんだ?」
「私はお掃除を終えてクッコルセ団長と下水道を出る時、何者かに銃で襲われました」
「なんと!? そのようなことが!? まずはお主が無事でよかったが、一体何者だ……?」
「犯人には逃げられてしまいましたが、その姿は確認できました。全身を隠していましたが、その容貌はかの童話、『フェイキッドの亡霊』そのものでした」
「な、何だと!? 一体、何がどうなっておるのだ……!?」
私が陛下にお話しした、『フェイキッドの亡霊』と酷似した犯人の存在。
陛下も流石に混乱している。
――陛下の亡くなった息子が関与してくる話だ。
これ以上の情報を今報告するのは得策ではない。
陛下を余計に混乱させてしまうだけだ。
「くっ……アタイにも分からん。クーリア殿が見たのは、本当にあの童話と同じ『フェイキッドの亡霊』だったとでも言うのか?」
「それについてなのですが、私に一つだけ心当たりがあります」
「くっ?」
クッコルセ団長も困惑されているが、私には一つだけ心当たりがある。
だがそのことについては、私個人の問題もある。
『フェイキッドの亡霊』が手にしていた拳銃――魔法銃"ファルコン"。
かつての私の相棒とも言えるあの銃が手掛かりであるならば、ここから先は私一人で事の真相を調べたい。
「ジーキライ陛下。私はこれから一人で、急遽向かうべき場所があります。申し訳ございませんが、旦那様であるアトカル・ファインズ公爵にも、少しの間出かけていることをお伝えできませんでしょうか?」
「それは構わぬが……一体、お主一人でどこへ向かうつもりだ?」
「……申し訳ございません。それについては言えません」
陛下に旦那様への連絡をお願いするも、詳細までは私の口から言いたくない。
<清掃用務員>としてこのように不十分な内容の要望はあるまじきことだが、それでもこれはそれとは別の話としたい。
「……よかろう。アトカルには吾輩からうまく伝えておく。だが、お主も決して無理をするな」
「お心遣い、感謝いたします。それでは早速失礼します」
ジーキライ陛下とクッコルセ団長に一礼した私は、玉座の間を後にする。
その最中に考えていたのは、これから私が向かう場所について――
私が前世の記憶を取り戻すよりもはるか前、ファインズ公爵家にお仕えするよりも前。
<清掃用務員>として覚醒した私にとっては、忌まわしき"負の記憶"。
幼き日より、<アサシン>時代を過ごした場所――
「こんな形で十年ぶりに向かうことになるとは思いませんでした。……行きましょうか。『ホトトギス』へ……」
アサシンとしての過去との対峙へ。




