皇太子殿下もやって来られました。
「……お待たせしました。クッコルセ団長」
「クッ、クーリア殿! 無事だったか!?」
「はい。犯人には逃げられてしまいましたが……」
「気を落とす必要はない。アタイとしても、あんたの無事が第一だ」
私は銃で狙っていた"フェイキッドの亡霊"の姿をした犯人を逃がした後、クッコルセ団長の元へと戻って来た。
彼女は落ち込んでいる私を気遣ってくれるが、私が落ち込んでいる理由は犯人に逃げられたことではない。
――かつて私が<アサシン>として活動していたころ、組織から授かっていた魔法拳銃――"ファルコン"。
それを犯人が持っていたことに、私はショックを受けていた。
あの拳銃は私が<アサシン>を辞めた後、組織によって管理されていたはずだ。
それが何故、私を狙う人間の手に?
もしかして、あの犯人は私がかつて所属していた組織の人間?
「クーリア殿。やはり今は早く外に出よう。あの犯人も、もう狙ってこないとは限らない」
「……そうですね。私も報告がありますし」
クッコルセ団長の言う通り、今はとにかく外に出よう。
――今の私の脳内はクリーンではない。
かつての<アサシン>時代の記憶が、私を苦しめてくる――
■
「ようやく外ですね。……ん?」
「どうした、クーリア殿? ……くっ? あれは――」
私とクッコルセ団長はようやく下水道から出てくることができた。
綺麗にお掃除したとはいえ、やはり下水道の中はジメジメしていて暗い。
こうやって陽の光を浴びていると、清掃魂も満たされていくのを感じる。
先程の銃撃の件も、気持ち楽になってくる。
――それはさておき、丁度私達が出てきたところには人だかりができていた。
一段低い下水道の出口から見ることになるが、あそこに見えるのは――
「諸君! 僕はこれから下水道に入り、反逆者であるクッコルセ・ウォンナキッシュを討伐してくる! ここで待っていてくれたまえ!」
――シケアル・スクリーム殿下だ。
民衆の前で剣を掲げながら、盛大に演説をしている。
「さあ! 僕は行くぞ! 全てはこのウォッシュール王国に牙を剥く、クッコルセ・ウォンナキッシュを――」
「すみません、シケアル殿下。少しよろしいでしょうか?」
「……ん? なんだ? どこのメイドだ? 僕の邪魔をしないでもらおうか?」
シケアル殿下は不機嫌そうに私を見てくるが、とりあえず必要な報告がある。
これを聞けば、シケアル殿下もお喜びになられるはずだ。
「クッコルセ団長なのですが、"汚れ"というものに操られていただけでした。私の方でお掃除して、無事に元に戻りました」
「シケアル殿下、ご迷惑をおかけしました。アタイは無事です」
「……は?」
私の報告に合わせて、クッコルセ団長も頭を下げる。
流れとしては完璧だったのだが、肝心のシケアル殿下の反応がよろしくない。
今のどこに問題があったのだろうか?
「……いやさ。何勝手なことしてくれてるの?」
「『勝手』……とは、どういう意味でしょうか?」
「チッ……! まあいい。おい、メイド。お前は誰に仕えている?」
シケアル殿下は相変わらず不機嫌な様子で、よく分からないことをおっしゃっている。
詳しく話を聞きたいところだが、その前に質問を入れられてしまった。
仕方ない。ここはしっかりお伝えしよう。
「私はファインズ公爵家及び、ココラル・ファインズ公爵令嬢に仕える、クーリア・ジェニスターという者です」
「ファインズ公爵家……だと? フン、成程。そういうことか……」
私の言葉を聞くと、シケアル殿下はどこか機嫌が良くなったように見えた。
これで良かった――と、正直思えない。
シケアル殿下の表情は、どこか含みがあるように見える――
「どうやらクッコルセ団長を操っていたのは、ファインズ公爵家の仕業のようだな! それをあたかも手柄のようにする辺り、実に悪名高いファインズ公爵らしい!」
「くっ!? 何をおっしゃいますか!? シケアル殿下! アタイは確かに、このクーリア殿に助けられました!」
「そうやって自作自演するのが狙い何だろう。お前だって、ファインズ公爵家の悪名は聞いているはずだぞ? クッコルセ団長?」
――やはり、嫌な予感は当たっていた。
シケアル殿下のお話の理屈は分からないが、ファインズ公爵家を侮辱していることだけは確かだ。
そんなことは許せない。
私は主であるアトカル・ファインズ様や、娘のココラル・ファインズお嬢様を敬愛している。
<清掃用務員>として心を落ち着けろと言われても、ここまで言われては引き下がれそうにない。
クーリア・ジェニスターという人間は、そこまで温厚ではない。
「シケアル殿下。ファインズ公爵家に対する発言の撤回を求めます……!」
「フン。そうやって僕を睨むな。僕に言われたことが図星だったのかな?」
私の反論に対しても、シケアル殿下はむしろ煽ってくる。
正直、我慢の限界だ。
後で私が処刑されたってかまわない。
ファインズ公爵家をここまで侮辱された以上、平手打ちの一発でも――
「シケアル殿下! 少しお話をしたいのですわ!」
――私が今にも飛び上がってシケアル殿下の元へ行こうとした時、聞きなれたお声が耳に飛び込んできた。
私は用水路から見上げる形の位置にいるが、すぐにそのお方はシケアル殿下の隣に姿を現した。
「クーリアはわたくしの従者! ファインズ公爵家の令嬢として、クーリアを虐げる真似は認めません事よ!」
「ボ、ボクもクーリアさんのことを悪く言われるのは嫌です!」
「ココラルお嬢様……!? ファブリ様……!?」
私の目にも映る場所に、お嬢様とファブリ様が姿を現した。
お嬢様は堂々と、ファブリ様は怯えながらも勇気を出しながら、シケアル殿下と向かい合っている。
「また君か……ファインズ公爵令嬢。それに、ファブリまで連れて一体何を――」
「それはまず! わたくしの話を聞いてからにしてほしいのですわ!」
ココラルお嬢様はシケアル殿下にも怖気づかず、服の袖口から扇子を取り出される。
これは――来る。
お嬢様の<公爵令嬢>スキル。令嬢魂の本領が――
「クーリアはこれまでも人知れず、"汚れ"という悪意と一人で戦ってきたのですわ!」
ココラルお嬢様は扇子を広げながら、両手を広げて天を仰ぎながら高らかに語り始める。
「確かにクーリアの活躍は、人知れず行われてきたもの……。ですが! わたくし自身を始め、多くの人々がクーリアによって救われてきたのですわ!」
「ボ、ボクもクーリアさんのおかげで、"汚れ"から解放されました!」
そこからお嬢様は声に抑揚をつけ、シケアル殿下だけでなく、周囲の民衆にも聞こえるように話を続ける。
さらにそれに合わせるように、ファブリ様も私のことを弁護してくださる。
「証拠と言えるものはありません。ですが! わたくしは主としてクーリアを信じ! 今回の騒動にファインズ公爵家が関わっていないことを、ここに宣言いたしますわ!」
そして、お嬢様は扇子をシケアル殿下へと向け、最後の言葉を紡がれる。
「わたくしはファインズ公爵家令嬢! ココラル・ファインズ! 異論があるならば、どうぞお申しくださいませ! シケアル殿下! わたくしは逃げも隠れもしません事よ!」
そのお言葉と共に、ココラルお嬢様のお話は終わった。
「そ、そういえばあのメイドさん。この間もこの辺りにいたよな?」
「え、ええ。あのメイドさんが来た後、なんだか体の調子も良くなったし……」
「もしかして……さっきのは本当の話か?」
お嬢様のお話を聞いた民衆は学園の時と同じく、その心を揺さぶられている。
「チッ……。また余計な真似を……」
シケアル殿下は苦い顔をしているが、すでに民衆の心はお嬢様によって動かされている。
流石はココラルお嬢様。
流石の<公爵令嬢>スキル――<令嬢有頂天>。
「……まあいい。問題がなくなったのなら、それはそれで構わない。僕は帰らせてもらうよ」
シケアル殿下も周囲の様子を見て流石に分が悪いと判断したのか、早々にこの場を離れられていった。
その後、私は用水路から上がってすぐにココラルお嬢様とファブリ様の元へと向かった。
「ココラルお嬢様、ファブリ様。私のような愚か者のために動いてくださったこと、心より感謝申し上げます」
「気にする必要などありませんわ。主として、従者を守るのは当然の嗜み。わたくし自身、今回のシケアル殿下の言葉には腹が立ちましたので」
「シケアル殿下はああいう思い込みが激しいところもあるので、ボクも苦手なんですよぉ……」
頭を下げてお礼をする私にも、お嬢様は優しいお言葉をかけて下さった。
ファブリ様も私に味方してくださっている。
そもそもシケアル殿下がここに来たのは、ファブリ様への好感度アップが目的だったはず。
これではまったくもって逆効果だ。
「……すまない、クーリア殿。今回の件はシケアル殿下の話も含め、アタイからもジーキライ陛下に報告する」
さらにはクッコルセ団長も謝罪をしてくださった。
彼女も王国防衛騎士団の団長として、責任を感じているのだろう。
「クッコルセ団長。心を乱してシケアル殿下に突っかかってしまった私にも非はあります。今はそれよりも、今後のことについて話したいです」
「くっ、その通りだな。では疲れているところ申し訳ないが、アタイと一緒に王城まで来てほしい」
クッコルセ団長の気持ちはありがたいが、ここは<清掃用務員>としてお仕事のために頭を働かせよう。
優先すべきはシケアル殿下の件よりも、"汚れ"への対策だ。
そのためにも、ここはクッコルセ団長と一緒に王城へ向かうのが最優先だ。
「クーリア……。少しぐらい休んだらどうですの? かなり無理をしてはいませんこと?」
「そ、そうですよ。ココラル様が言う通り、少し休んだ方が……」
ココラルお嬢様とファブリ様は私の身を案じて下さっているが、とにかく私は急いで事件の究明をしたい。
この"汚れ"に関する一連の事件の裏に、かつて私が使っていた魔法銃の存在がある。
それが分かった以上、私は居ても立っても居られない。
あの魔法銃は危険だ。
扱い方を間違えれば、すぐにでも死人が出てしまう。
「疲れているところ、本当に申し訳ない。それでは行こうか、クーリア殿」
「かしこまりました、クッコルセ団長。……あっ、いえ。少々お待ちください――」
クッコルセ団長に案内されて王城に向かおうとした矢先、私はあることに気付く。
私もクッコルセ団長も、さっきまで下水道にいたのだ。
それを考えると、もっと先にやるべきことがあった――
「王城にお風呂はありますか? 先に体を洗いたいです。後、着替えもしたいです」
「あ、ああ……。それぐらいなら、構わん……」
報連相は大事。
お風呂も大事。




