最後の仕上げに移ります。
全部洗い終えるまでがお掃除です。
「さっきから気にはなってるんだが……『セイソウヨウムイン』だとか、その妙な装備はなんなんだ?」
「その点については、お時間がある時にでもご説明します。今はこの下水道のお掃除が優先です。少々離れていてください」
正気を取り戻したクッコルセ団長は、なんとか体勢を立て直して私から離れられる。
クッコルセ団長のお掃除は終わったが、この下水道の"汚れ"はまだ残っている。
一番最初にジーキライ陛下に頼まれた通り、ここのお掃除を終えない限り、外への被害は止まらない。
それに、シケアル殿下もこちらに向かっている。
彼がここにたどり着く前に、私が全てを終わらせる。
<清掃用務員>として、ノルマと時間は守ってみせる。
「さあ、行きましょうか。箒天戟」
私は再び清掃魂を込めながら、箒天戟を両手で握りしめる。
形態はモデル『白虎』のまま。
この子の力があればデッキブラシの代役さえ、十分に担える。
「それでは、最後の仕上げに移ります。<清掃能力強化>――<除菌疾走>!」
モデル『白虎』のままの箒天戟を水の張った地面につけ、私自身も全力清掃モードに入る。
先端にはすでに私が望む通り、"汚れ"に対応した下水道清掃用の洗剤がしみ込んでいる。
準備は万端。一気に終わらせる――
――ビシュゥウン!!
「くっ!? 速い!? アタイと戦ってた時より速くないか!?」
傍で見ていたクッコルセ団長が何やら驚いているが、今はとにかく急ぐしかない。
下水道の構造は円筒状。
この構造を考慮した上で今の私の清掃力を考えれば、最も効率的な清掃方法は見えてくる。
ここは<立体清掃>の使いどころだ。
ギュイィィイン!!
「くっ!? な、なんだその動きは!? あんた、本当に人間か!?」
クッコルセ団長は相変わらず何やら驚いているが、私は当然のことをしているだけだ。
円筒状の下水道の中を、渦巻くように回転しながら箒天戟でお掃除する。
隙間なくうまく位置をずらしながら、下水道の中をグルグルと回る。
時間的な問題もあるので、『お掃除の基本』も今回ばかりは例外とし、速さと効率を優先する。
だが、今の私なら落ち着いた"静"の清掃魂を保ちながら、確実に無理なく"汚れ"を落とすことができる。
箒天戟も触れた部分に合わせて固さや形が変化し、細かい"汚れ"まで拭き取ってくれる。
これらの行動や理念自体は、<清掃用務員>として当然のものだ。
おかしいことなど、どこにもない。
――キュルピィィイン!!
そして私はこれもまた一瞬で全ての"汚れ"を落とし終える。
下水道はそれなりに奥まで広かったが、極・清掃三種の神器を手に入れた私の敵ではない。
OPSも過去最高だ。
「これで仕上げです。下水道の洗浄率を高めます」
最後に私は立ち止まった後に左手を軽く握りしめ、その拳の中で浄化手袋を使って材料を混ぜ合わせる。
発泡剤と、人体へ無害な除菌剤。
それらを混ぜ合わせて球状にしたら、下水道の水の中へと落とす――
――シュワァアア
――私が作った専用除菌剤が下水道中に染みわたり、下水も透き通ったように綺麗になっていく。
これで問題なし。外に影響が出ることもなくなる。
「これにてようやく、清掃業務完了ですね」
随分と時間がかかってしまった。
最初はジーキライ陛下からのお使い感覚だったが、気が付けば色々あった。
それでも多くの収穫があった。
私が前世の記憶を取り戻した時から愛用していたモップは、その命を散らしてしまった。
だが、今の私には新しい相棒達がいる。
浄化手袋、地気霧吹、箒天戟。
この子達、極・清掃三種の神器と出会えたことは非常に嬉しい。
それでも先代であるあのモップもまた、私にとって大事な相棒だった。
それはまぎれもない事実だ。
――今度、あの子のお墓参りに行こう。
「……さてと、クッコルセ団長。綺麗になったとはいえ、ここに長居は無用です。まずは外に出ましょう」
「あ、ああ……。何だか分からないままだったが、アタイはあんたに救われたみたいだな。そのことについては、素直に感謝させてもらう」
"汚れ"が落ちたクッコルセ団長は素直な感謝の言葉と共に、私の話に従ってくださった。
やはりこの心を蝕む"汚れ"は大きな問題だ。
外へ出たら陛下とも話し合い、蔵書室の件も含めて早急な対処が必要だ。
「クッ、クーリア・ジェニスターだったな? アタイもよく分からないうちにあんたを襲ってしまい、申し訳ないことをした」
「ご安心ください。私は<清掃用務員>として、当然の行いをしたまでです」
そんな帰り道の最中、クッコルセ団長は私に何度も頭を下げてきた。
彼女も頭は固いが、決して悪い人間ではないようだ。
元より、王国防衛騎士団の団長を任されるほどの人だ。
本来は相応の誇りをお持ちなのだろう。
このようなお方の心さえ蝕む、"汚れ"の正体とはいったい――
「あんたがそう言ってくれても、アタイの気は収まらない。もしあんたが望むなら、アタイのことを――」
「私があなたのことをどうすると?」
「くっ! 殺せ!」
「……殺しません」
私が"汚れ"について考えていても、先程からクッコルセ団長がうるさくて仕方ない。
そもそも、私がクッコルセ団長の命を奪うはずがない。
確かに先代のモップはクッコルセ団長に殺されたが、そもそもの原因は"汚れ"だ。
彼女自身に恨みはない。
そして何より、私は<清掃用務員>。
人々の生活を守るために、お掃除を司る者だ。
「はぁ……。とりあえず、早くここを出ましょう。もし私にお詫びがしたいのでしたら、後で事情をお聞かせ願います」
「くっ……分かった。とりあえずここを出―― ッ!? 危ない! クーリア殿!!」
私がクッコルセ団長の話を流しながら先へ進もうとすると、突然彼女が私を押し倒してきた。
いくらお掃除したとはいえ、ここは下水道だ。
このままではメイド服が汚れて――
バキュゥン!
「ッ!? 銃撃ですか!?」
「くっ!? 危なかった! 何者かがあんたを狙っているぞ!」
――倒れていなかったら危なかった。
クッコルセ団長に押し倒された直後、私の目の前を黒い弾丸が通り過ぎて行った。
わずかに見えたが、弾丸は実弾ではない。
私の<アサシン>としての経験が理解させる。
あれは――魔法弾。
実弾の代わりに魔法を装填させる銃による射撃だ。
しかも私を狙った魔法弾は、"汚れ"と思われる黒い魔法弾――
「クッコルセ団長。少しだけお待ちください」
「お、おい! くっ! 危ないぞ!?」
クッコルセ団長は私を止めようとするが、どうにも気になって仕方ない。
私は銃撃の犯人を捜すため、一人で下水道の奥へと走る。
先程わずかに見えた弾丸の軌道から、犯人はこの先を曲がったところにいる。
"汚れ"の魔法弾を使ったことから、これまでの騒動に関わっている人物だ。
逃げられる前に、なんとか取り押さえて――
「見つけました! ――ッ!? あ、あなたはまさか……!?」
「…………」
角を曲がったところで、私は犯人の姿を捉えることができた。
――だが、その姿を見て思わず驚く。
全身に黒いレインコートのようなものを纏い、顔には仮面をつけている。
その仮面のせいで、犯人が誰なのかは全く分からない。
ただ、その犯人が着けていた仮面は――
――『笑い狐の面』。
マリアックの教会で読んだ、あの童話に出てきた人物と同じもの――
「まさかあなたは……"フェイキッドの亡霊"ですか……?」
「……フン」
私の問い掛けに対して犯人は軽く鼻で返事をした後、すぐさま振り返ってそのまま逃げていってしまった。
なんとか追いかけようとも思ったが、犯人の足はすさまじく速い。
私の身体能力でも追いつける自信がない。
それに何より、私は『もう一つ気になったこと』のせいで、驚いて足を止めてしまった。
童話に出てくる"フェイキッドの亡霊"と同じ姿をした、私を狙っていた犯人。
その右手に握られていたのは――
「な、なんで"ファルコン"をあの人が持っていて……?」
――『十年前の私の相棒』とも言える拳銃だった。
ちょっとシリアス入ります。




