抵抗を考える弟
一人教会に戻ったマリアックだったが――
「ようやく戻って来たか、フェイキッド」
「うげぇ!? あ、兄貴……!?」
俺が聖ノミトール学園の教会に戻ってきてまず最初に会ったのは、忌々しいシケアルのクソ兄貴だった。
「少しお前に聞きたいことがある。クーリア・ジェニスターの件についてだ」
「……それがどうかしたのか?」
「さっきも言ったが、あの女は今日、クッコルセによって斬り殺されなければいけなかったんだ。それだというのに、どうやら生き延びたらしい」
「へぇ~、そうかい。そりゃあ兄貴の計画が失敗して、残念なこったな」
そして話題に上がってくるのは、兄貴の計画通りに『クーリアが死ななかった』件についてだ。
自分の計画がうまくいかなくてよほど悔しかったのか、兄貴は冷静を装いながらも歯を食いしばっているのが分かる。
対して俺は非常に機嫌がいい。兄貴の話を聞いて、ニヤニヤしながら嫌味っぽく返している。
クーリアが助かったことはもちろんだし、兄貴の計画が潰れたことも非常に愉快だ。
俺はこれまで兄貴の計画が成功する様子を見て、その正体が『神に近いバケモノ』かと思っていた。
俺の<アブソリュートアクター>としての才能を見出したことにしても、<暗黒魔法>の発見と利用についても、とにかく兄貴は『この世界を知り尽くしている』と言ってもいいぐらいだ。
――だが、兄貴は決して神じゃなかった。
ここ最近、兄貴の計画は崩壊を始めている。
<暗黒魔法>を利用した洗脳計画は、クーリアの<清掃用務員>の力でことごとく解除されてしまっている。
そのクーリアの命を狙う計画も、親父の介入によって失敗に終わった。
――兄貴の失敗の最大の要因となっているのは、やはりクーリアの存在だ。
ここからは俺の推測になるが、クーリアが『前世の記憶』を取り戻したことについては、完全に兄貴にとってもイレギュラーなのだろう。
兄貴の計画は俺が見ている限り、『あらかじめ用意された台本』に沿うような形で進めているように見える。
そう考えると、クッコルセに<暗黒魔法>を撃ち込む役目を俺に押し付けたのも、『あらかじめ俺の役目だった』という台本に従ったように見える。
兄貴がどんな台本を用意しているのかは分からないが、とにかく兄貴は『台本と違う内容で事態が動く』ことを嫌う。
そしてその台本の中に俺が『マリアック・アリビュートとして日常を過ごす』ことと、『"フェイキッドの亡霊"として暗躍する』ことが含まれている。
これらを理解したうえで、俺は兄貴への態度を変えてみる――
「まあ、俺個人としては兄貴の計画が失敗してくれると、喜ばしいことこの上ねえんだがな」
「なんだと……!? フェイキッド! お前が僕に逆らうなど、あってはならないことだぞ!? そんなことは計画にも存在しない!」
俺は兄貴を軽く挑発し、その怒りを煽ってみる。
それを聞いた兄貴は分かりやすい怒りを声に滲ませながら、腰に携えていた剣を引き抜き、その刀身を俺へと向けてきた。
兄貴が持つ剣は漆黒の刀身を持つ、剣そのものが<暗黒魔法>の結晶とも言える剣だ。
このウォッシュール王国一番の<鍛冶屋>、スミスピア・ガンランスに作らせたものらしいが、見ているだけでも実に気味が悪い。
それでも俺は向けられたその切っ先から目を背けず、余裕を見せるように演技する。
そしてそのまま、今度はこちらから兄貴に話しかける――
「俺を殺すのか? いいぜ。やれるもんならやってみろよ。それもテメェの計画に含まれてるってんなら、俺は喜んで殺されてやるぜ?」
「くぅ……!?」
――そんな俺の話を聞いた兄貴は、渋々と剣を下ろしてしまった。
「……お前が『僕に殺される』という計画は存在しない。だが、あまり調子に乗らないことだ……!」
ドゴォム!!
「ゲッホォ……! あ、ああ、そうかい。そりゃあ、感謝しとかねえとな……!」
兄貴は苛立ちを押さえながら、いつものように俺の腹に拳を打ち込んできた。
相変わらずこの暴力を受けるのは辛いが、それでも一つ分かったことがある――
(兄貴は計画とやらのために、俺を殺すことまではしねえ。どれだけ人の生死に無関心だろうと、計画が崩れるようなことだけはしたくねえらしい)
――それが兄貴の行動理念だ。
とりあえず俺が今ここで、『兄貴に直接殺される』という選択肢は存在しないと思っていい。
それならば俺は多少無茶をしてでも、クーリアの身を守ることができる。
兄貴には殴られ続けることになるが、クーリアの命に比べればあまりに安い代償だ。
「……ともかく、あのクーリアとか言うモブキャラについては、早々にクッコルセの手で退場してもらわないと困る。クッコルセの討伐は僕にしかできない役目だが、これ以上計画が乱れることは好ましくない」
「フン……まだそんなくだらねえことを続けるのか。それで愛しのファブリと結ばれるといいな」
対する兄貴も、まだクーリアの命は狙っているらしい。
それでもその下手人として選ぶのは自身ではなく、あくまで予定通りにクッコルセがやることにこだわっている。
ここまで計画通りに固執している姿を見ると、もはや病気とさえ思えてくる。
――いずれにせよ、俺もクーリアを守れるように対策を考えておこう。
俺が兄貴に殺される可能性はなくなったと見てもいい。
俺が無茶をしてでも、クーリアを死なせるようなことはさせない。
(自分の思いも正体も明かせねえヘタレだが、初恋の相手を見殺しにするほど腐りたくなんかねえんだよ……!)
教会を出ていく兄貴の背中を見ながら、俺は心の中で誓った。
たとえ俺がその姿をどれだけ偽ろうとも、この思いだけは偽るわけにはいかない。
それがフェイキッド・スクリームとしての、『本当の心の在り方』だ。
■
「フンフ~ン、フフ~ン~」
その翌日、俺はご機嫌でマリアックとしての仕事をこなしていた。
兄貴の計画が完璧ではないことを理解でき、不思議と鼻歌まで出てきてしまう。
相変わらず女物の修道服を着て、女の声色で仕事をこなしているが、本当は男の俺がこんなことをしていると思うと、やはり気色悪い。
それでも機嫌がいいから仕方ない。仕事中にいきなり来客が来ても困るから、マリアックの演技も崩せない。
(それにしても、このままだとクーリアはまたいずれ、クッコルセによって危機にさらされるんだよな。どうにか防ぐ手立てはないものか……)
俺は教会で一人仕事をこなしながらも、今後のことを考える。
兄貴の計画が崩れるのは愉快な話だが、下手にそれを崩しすぎるのも危険が伴う。
兄貴本人は<暗黒魔法>を始め、人知を超越した力を隠し持っている。
むしろ計画が完全に破綻してしまうと、それこそ見境ない行動を起こしそうで怖い。
(とりあえず現状、俺が兄貴に殺されることはない。どうにかうまくバレねえようにしながら、クーリアを陰ながら守って――どわわっ!?)
コテンッ!
そんな考え事をしながら荷物を運んでいたら、俺は教会の出入り口で盛大に転んでしまった。
――どうにも最近、マリアックの演技を抜きにしても俺はよく転んでしまう。
マリアックの演技が様になってきているのかもしれないが――
(もしかして、俺って元々が相当なドジなのか?)
――そんな風にも思えてくる。
以前教会を<暗黒魔法>で溢れかえらせてしまったのだって、そもそも俺が<暗黒魔法>の入った瓶をドジって割ってしまったのが原因だ。
――これは気を付けた方がよさそうだ。
いざという時に本当にドジを踏んでしまっては、それこそ一大事にもなりかねない。
(ハァ~……。クーリアの前で普段転ぶだけでも、結構恥ずかしいんだけどなぁ……)
俺は前のめりに転んだ態勢のまま、そんなことを考えていたのだが――
「シスター・マリアック。いらっしゃりますか?」
「あらあら~。クーリアさんじゃないですか~」
(なんでお前はこんなタイミングで、いっつも俺の前に現れるんだよぉおお!?)
そのころ、クーリアはスミスピアにモップを作ってもらい、アトカルに休暇をもらい、ちょうどマリアックのもとへとやって来たところだった。




