次を狙う皇太子
本編の裏で暗躍していたシケアル。
その道具とされていたマリアックこと、フェイキッド。
(チィ!? やっぱりそのことを気にしてやがったか!?)
シケアルの兄貴が俺に聞いてきたのは、兄貴が解除する前に<暗黒魔法>が消えた件についてだった。
俺はクーリアが<暗黒魔法>を掃除した一部始終を見ていたが、兄貴に俺と同じようなサーチ能力はない。
兄貴の力の正体は分からないが、俺のように多数のスキルを使いこなしているわけじゃない。
それはある意味救いではあるが――
「何か知ってるなら教えろ。せっかく僕がファブリの前で<暗黒魔法>を消し去って見せてアピールするはずだったのに、台無しじゃないか」
「お、落ち着けって! 離せよ! 俺だって、し、知らねえんだから……!」
――俺にとってはよろしくない面もある。
兄貴は俺の首を掴みながら、自らの計画を狂わせた要因について尋ねてくる。
俺がクーリアの名前を出すわけにはいかないので、ここは知らないフリをするしかないが、首を絞めつけられてるせい息が苦しい。
シケアルの兄貴は自らの思い通りにいかないことがあると、こうやって俺に暴力を働いてくる。
そのたびに俺の体には痣ができたりするが、<シスター>の回復魔法でなんとかごまかしている。
俺の回復魔法は<シスター>としても優秀なため、できた痣も完全に消すことができるが、兄貴はそれを分かったうえで俺に平然と暴力を働いてくる。
まあ、暴力だけならまだマシと考えよう。
兄貴は時折俺のことを本当に女のように見てきて、気持ちの悪い手つきで俺の体や髪を触ってくる。
あれに比べたら、殴られたり首を絞められたりする方がマシだ。
「本当に知らないんだな?」
「ゲホッ! ゲホッ! あ、ああ、知らねえよ……」
兄貴の首絞めから解放された俺は、なんとか再三にわたる兄貴の質問もごまかしきる。
クーリアに目を付けられると、あいつの身が危ない。
たとえ俺がどんな仕打ちに会っても、口を割るような真似はしない。
――それが臆病な俺にできる、唯一の抵抗だ。
「……仕方ない。予定とは違ったが、次のイベントを進めるとしよう」
「イベント……?」
そんな俺にとって忌々しさの象徴である兄貴の口から、またしてもよく分からない言葉が出てきた。
言葉の意味こそ分からないが、どうやら兄貴はまた何か良からぬことを考えているようだが――
「フェイキッド。お前は"フェイキッドの亡霊"として、この<暗黒魔法>を使って操ってほしい人間がいる」
「また俺にやらせんのかよ……。テメェでやればいいじゃねえか?」
「このイベントは僕が行うことになっていない。この役目は"フェイキッドの亡霊"の役目だ」
――どうやら、またしても俺に<暗黒魔法>を使わせたいらしい。
兄貴は学園に使ったものと同じ<暗黒魔法>の瓶を俺に渡し、無理矢理俺に誰かを操らせようとしてくる。
「それで? 誰にこの<暗黒魔法>を撃ち込んで操ればいいんだ?」
「お前が覚えているかは知らないが、現在王国防衛騎士団の団長をしているクッコルセ・ウォンナキッシュだ」
「クッコルセを……!?」
兄貴から操る人間の名を聞かされた時、俺も思わず驚きの声を漏らしてしまう。
兄貴が操りたいという人物――クッコルセ・ウォンナキッシュ。
まだ俺が幼いころから王城に仕えていた女騎士だが、今は王国防衛騎士団の団長にまで出世したらしい。
昔から王族に対する忠誠心が高く、兄貴にとってもそれなりに親しい人間のはずだ。
そんな人間を平然と操ろうとするなんて、一体兄貴はどんな目的のために動いているのやら――
「時期にクッコルセは王城の蔵書室に姿を現す。そこでお前は隙を見て、クッコルセに<暗黒魔法>の魔法弾を"ファルコン"を使って撃ち込むんだ」
「『隙を見て』っつったって……今のクッコルセはそれこそ"超一流"の<騎士>だぜ? いくら俺でも、そう簡単に隙なんて伺えるかよ」
「それについても算段がある。お前は蔵書室でクッコルセを待っていればいい。隙は必ずできる」
兄貴の計画に異論の余地はあったが、それさえも兄貴は計算の内らしい。
いくら俺が<アブソリュートアクター>をマスターしてその能力を飛躍的に向上させていると言っても、相手がクッコルセほどのレベルとなると、俺でも簡単に手出しはできない。
だが兄貴は余裕そうに自身の計画を語り、その考えに絶対的な自信を持っている。
――こんな姿を見るたびに思うのだが、もしかすると兄貴はこの世界の神なのかもしれない。
これから何が起こるのか。自らの行動でどういう結末が招かれるのか。
そういった物事をほぼすべて理解していると言ってもいい。
――最近、クーリアに計画を狂わされてるけど。
「とにかくお前は今から"フェイキッドの亡霊"として、王城の蔵書室に潜んでるんだ。その<暗黒魔法>さえクッコルセに撃ち込めば、後は僕の思う通りに事は動く。これ以上痛い思いをしたくないなら、おとなしく僕に従え」
「……分かったっつーの」
それでも結局、俺は兄貴の暴力に屈して命令に従ってしまう。
俺のことをかつて慕ってくれた相手に、俺はその凶弾を撃ち込む命令を受けてしまった。
――本当に自分で自分の弱さが嫌になる。
■
(さて……。兄貴が言うには、ここで待っていればクッコルセが来るらしいが……)
シケアルの兄貴と別れた後、俺は"フェイキッドの亡霊"の格好をして王城の蔵書室に身を隠していた。
十年前に死んだことになって以来、ここに戻ってくるのも久しぶりなのだが――
(まさかこんな形で、暗躍のために戻ってくるなんてよ……)
――内心では懐かしさ以上に、悔しさが溢れてくる。
本来ならば俺もこの城で過ごし続け、王族として生きるはずだった。
そんな輝かしい未来を俺から奪い、こうして暗躍させるために利用してくる兄貴に怒りを覚えつつ、そうするしかない現状がとにかく悔しい。
(でもまあ、もし俺がこの城で生活を続けてたら、クーリアと出会うこともなかっただろうな……)
そんな後悔を遮るためにも、俺は初恋の相手のことを思いながら無理矢理自らを納得させる。
王城で暮らしていればまた別の出会いもあっただろうが、それでも今の俺はそうでも考えないと、過去に押しつぶされてしまいそうになる。
(本当に俺って、つくづくダセえ――ん?)
そんな自己嫌悪に陥りながら蔵書室に隠れていると、中に誰かが入ってきたようだ。
俺は<アサシン>のスキルで気配を殺しながら、その人物の姿を確認する――
「くっ。アタイとしたことが、少々ファインズ公爵に強く当たりすぎたか? 昨日まではあんなにトゲトゲしていたのに、今日のファインズ公爵は別人のようだったな……」
(クッコルセだ……! 本当にこの蔵書室に来やがった……!)
蔵書室に入ってきたのは俺の狙いでもある、クッコルセ・ウォンナキッシュ本人だった。
十年前からかなり成長しているが、それでも本人だとよく分かる。
――特に胸がデカい。つけてる鎧の上からでも分かる。
よくあそこまで成長したもんだ。
「くっ! いかん! ここは<騎士>として、一つ本でも読んで気持ちを落ち着けよう」
(それにしても、相変わらず『くっ』って言う癖は治ってねえんだな)
そんなクッコルセの姿に懐かしさを覚えつつも、俺は気配を殺して機会を伺い続ける
兄貴の話だと、この後に隙ができるらしい。
今のクッコルセは王国防衛騎士団の団長だ。その実力は遠目にも気迫だけで分かる。
(だが一体、クッコルセは何が理由で隙なんか見せて――)
そう思いながら俺が様子を伺っていると、クッコルセが一つの本棚の前で止まった。
そこにある一冊の本に目が行ったようだが――
「この本は……童話『フェイキッドの亡霊』……?」
(ッ!?)
ここでクッコロ女騎士団長の話へ。




