とんでもないものも堕とす清掃用務員
やってることは盗撮と盗聴だったりしなくもない。
(とりあえず、クーリアが無事だといいんだが……)
俺はなおも教会の自室で目を閉じながらサーチ能力を働かせ、クーリアの後を追うように観察を続ける。
(……これって、ストーカーとかじゃねえよな?)
そんなことが頭に浮かんでしまうが、決して違うはずだ。
俺はあくまでクーリアが心配なだけだ。やましい気持ちなんて一切ない。
よって、この観察は正当なものだ。
(……よし。そういうことにしとこう)
半ば俺も心の中で無理矢理納得させ、校舎内を台車を押しながら掃除していくクーリアの姿をサーチ能力で追う。
「あら? あなたは確か、ココラル・ファインズさんの従者さんだったわね? 学園内のお掃除をしてくださっているのですか?」
「お疲れ様です。お仕事、大変そうですね」
(ん? あれは確か、勇者科の担任だったな)
そんなこんなで観察を続けていると、クーリアが勇者科の担任と出くわす光景が脳内に映り込んできた。
勇者科の担任の方は大量の書類を抱えており、どうにも前が見えていないようだ。
なんだかグラついてるし、危なっかしい。
「いえいえ。進んで学園内のお掃除をしてくださっているメイドさんの方が、大変そうでしょうし―― あら~!?」
(あっ)
俺がそう考えていると案の定というべきか、勇者科の担任は突如転んで書類をばら撒いてしまった。
俺は見ていることしかできないが、あれは後片付けが大変そう――
シュパパパ!!
(ええええ!? なんだあの動き!?)
――そう考えながら宙を舞う書類を見ていると、突如クーリアが飛び上がって素早くその書類を全て空中でキャッチし、綺麗にまとめ直して右手に乗せる。
転んで床に倒れそうだった担任も左手で体を支え、鮮やかに着地。
――その動き、まさに一瞬。
俺でも真似できるか分からない。
「担任の先生様。お仕事を頑張るのもよろしいですが、安全こそが第一です。一度に多くの書類を運ぶのは視界的にも大変危険ですので、おやめになった方がよろしいかと」
「あぁ……は、はいぃ……。あ、ありがとうございますぅ……」
そして担任の顔を覗き込みながら、優しく声をかける。
その時のクーリアの表情は普段のようにクールでありながら、わずかに微笑んでいた。
その表情は何とも艶やかで、魔性ともいえる魅力がある。
それを見て担任は顔を赤らめているが、クーリアはそんなこと気にしないとばかりに、そのまま台車を押しながら立ち去ってしまった。
「な……何かしら……この胸の高鳴りは……!?」
残された担任はというと胸を押さえ、顔を紅潮させたまま、立ち去るクーリアの後姿を眺めている。
クーリアの様子を見る限り、本人は気付いていないように見える。
だが、俺には担任の気持ちがよく分かる。
あんなに颯爽と助けられ、あの魔性の微笑を向けられたのだ。
あれは女だって惚れる。
だが、それよりも俺が率直に思ったのは――
(ちくしょおおお!! 俺と代わってくれぇええ!!)
――という、なんともやましさ満点の感情。
そんなことを思いながら、俺は自室の机へガンと一発、頭を打ちつける。
俺だってクーリアにあんな風に介抱されたい。俺の初恋の相手なんだぞ。
俺が本当は男でクーリアが女だから立場が逆かもしれないが、羨ましいことに変わりはない。
(つーか、クーリアの奴。<暗黒魔法>を落とすどころか、人の心まで堕としてんじゃねえか……)
俺は一人だけの部屋の中で、心の中でツッコミを入れる。
そんなクーリアのさらなる様子が、俺はどうしても気になってしまう。
俺は引き続き目を閉じ、サーチ能力でクーリアの様子を追う。
――改めて確認するが、これはあくまで無事かどうかの観察であり、ストーカーではない。
断じてない。
■
その後もクーリアは俺が校舎内に発生させてしまった<暗黒魔法>を、次々に掃除していく。
途中でトイレ、シャワールーム、更衣室といった男と女で別れた場所も掃除していたが、まるで動じずに掃除を終えていく。
(……いや。メンタルが強いっつーか、神経が図太いっつーか……)
そんなクーリアの様子を見ていると、こいつは心が強いと言うより『何かが人よりズレている』ような気がしてくる。
俺の『頭のおかしいヤバい女』という評価はある意味まっとうなものだったが、そうは思っても俺はクーリアから目が離せない。
確かにクーリアは頭がおかしいのかもしれないが、俺にはもう一つ別の評価が芽生え始めていた――
(なんつーか、いい意味で『面白い女』だよな……)
――それは俺がクーリアに対して抱く、さらなる好意の表れだった。
奇天烈でおかしな行動と言動ばかり目立つ女だが、その行動には悪意も計算もない。
むしろ嘘偽りのない、善意そのものと見える。
決して実るはずがない想いなのに、決して実らせてはいけない恋なのに、俺はどうしてもそんな正直すぎるクーリアから目を背けることができない。
(『嘘まみれの亡霊』が、『正直者の変な女』に恋焦がれる……か)
自分で自分に皮肉を言いながらも、俺はクーリアの観察を続ける。
すると、またしても何やら変化があったようだ――
「おおぉ? この学園のメイドさんじゃないのぉ。それなのにお掃除してくださるとは、わひも感謝じゃのぉ……フガフガ」
(今度は学園長が出てきたか)
台車を押しながら掃除を続けるクーリアのもとに、今度は聖ノミトール学園の学園長が現れた。
優秀なじいさんではあるが、かなりの高齢だ。確か今年で百歳だったはずだ。
そんな高齢のためか、歯は全部入れ歯になっている。
ただ、今日はどうにも調子が悪いのか、さっきから『フガフガ』言っているが――
(あれ? なんか入れ歯に<暗黒魔法>が染みついてないか?)
――なぜか学園長の入れ歯にも、俺が放った<暗黒魔法>が付着していた。
なぜあんたの入れ歯に付着するんだ? 学園長?
入れ歯を床にでも落としたのか、あるいは拾い食いでもしたのか。
――<暗黒魔法>って、入れ歯にも付着するのか。
それこそ本当にクーリアが言う通り、"汚れ"のようなものだな。
クーリアもどうやら気付いているらしく、学園長の入れ歯をまじまじと見ている。
「メイドさんや。わひの顔を見てどうかされまし――ハ……ハフヒョン!?」
そんな時、学園長のくしゃみによって口の中から入れ歯が飛び出した。
入れ歯はそのまま眼前にいたクーリアへと飛んで行ってしまう。
これは汚い。もし俺がその場にいてマリアックの演技の必要がないなら、学園長を一発ぶん殴っていたところだ。
だが、当人であるクーリアは――
「学園長。少々入れ歯をお借りします」
「ほ……ほひぇえ?」
(えぇ!? 入れ歯をキャッチした!?)
――宙を舞う入れ歯をハンカチで掴み取り、何やら液体へと漬け込み始めた。
さらには歯ブラシまで取り出して丁寧に磨き、水でよくすすいで入れ歯を<暗黒魔法>ごと綺麗にする。
そしてそのまま別のハンカチで入れ歯を掴みながら――
「学園長。これで入れ歯も合うはずです。もし合わないのでしたら、新しい入れ歯をオススメします」
「ほ……ほひぃ……!」
――鮮やかに学園長の口へと戻した。
(……いや!? なんだよその一連の流れ!? 入れ歯一つに鮮やかな動きをしすぎだろ!? それと、入れ歯ぐらい自分で戻させればいいだろ!? クッソ! なんなんだよ、この光景は!? 何を考えてるんだ、クーリアは!? でも少しだけ羨ましい!!)
そんなクーリアの無駄のない無駄に見える行動を見て、俺も思わず心の中でツッコミと嫉妬が渦巻く。
本当にクーリアは掃除できるものならば、なんでも掃除できてしまうようだ。
――<清掃用務員>って、スゲェ。
「それでは私は失礼します。次のお掃除がありますので」
そしてクーリアはまたしても学園長のことを他所に、颯爽と台車を押しながらその場を去っていった。
その時にもわずかにクールな笑顔を学園長に見せていたが――
「な……なんじゃ……? この胸の高鳴りは……?」
(やっぱり学園長も惚れてんじゃねえかぁああ!?)
――思っていた通り、学園長も勇者科の担任と同じようにその心を堕とされていた。
(なんだか意味が分からねえし、悔しいし……後とりあえず、羨ましいぃ……!)
俺が見えないところから嫉妬で机に何度も頭を打ち付けていることなど露知らず、クーリアはまた別の場所へと掃除へ向かっていった。
■
「――フゥ。あらかたのお掃除は終わりましたね」
そんなこんなでクーリアは、本当に一人で校舎内に蔓延っていた<暗黒魔法>をすべて掃除してしまった。
本人は校舎の屋根の上に上がり、他に<暗黒魔法>が残ってないかを確認しているようだ。
(と言っても、俺も本校舎にしか<暗黒魔法>を使ってないから、残ってるわけねえんだけどな)
クーリアに直接伝えるわけにはいかないが、俺はとにかく感謝を述べたい。
元々は俺の蒔いた種だが、こうやってシケアルの兄貴の計画を潰してもらえると、実に清々しい。
――同時に何もできず、他人任せにしてしまう俺自身に嫌気もさしてくる。
「見たところ、他の建物に"汚れ"は―― ッ!? あ、あれは……!?」
俺が少し考え事をしながらクーリアを眺めていると、突如クーリアの表情が一変する。
何やら驚きと恐怖が入り混じったような顔をしているが、何かあったのだろうか?
<暗黒魔法>はもうどこにもないはずだが――
「シスター・マリアックの……教会!?」
(……え?)
マリアック……お前、何かやらかしたのか?




