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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
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文化祭の準備 その1

 △

 

 体育祭は無事に全競技が終わった。簡単な閉会式に続いて文化祭の準備と体育祭の後片付けが並行して行われる。体育祭の後片付けは体育会系のクラブが主体で行い、明日の文化祭の準備はそれ以外の生徒がするのが例年の習わしだった。


 僕は一旦教室に戻って真面目に文化祭の準備をすることにする。もしも粕谷がクラス代表にでもなっていなかったのなら、そのままサボって家に帰ったかもしれない。


「おーい粕谷、金魚すくいの金魚は来てるのか? それとも明日か?」


 一応金魚すくい当番の僕は、文化祭の準備をしながら金魚の在処を粕谷に聞いた。粕谷は飾り付けやら、張り紙の指示やらをしていたけれど、僕の声にこちらを振り向いて時計を確認している様子。僕もつられて時計を見る。時間は午後の三時を過ぎたところだった。


「ああ金魚な、もうすぐ来るんじゃないかなあ。三時半頃になるって宅配便屋さんから電話があったし。俊、取りに行ってくれよ、校門のあたりまで」


「はあ? なに粕谷、金魚が宅配便で来るの? 生きたままで! 金魚が?」


「死んでたら金魚すくいにならないだろ」


「いや、そういう意味じゃなくてさ」


 僕には金魚が宅配便のトラックでどうやって来るのかが不思議だった。巨大な水槽? それとも生ものだからクール便? いやまさか……。そんな僕に渡されたのは手押し車、いわゆる荷物を運ぶ台車というやつだ。台車で運ぶということは金魚は台車に載せられるということで、やっぱり水槽なのだろうかと想像する。


 そんな僕の隣で粕谷は長谷川にも声をかけていた。


「長谷川さん、俊と金魚を取ってきてくれる?」


 なにか言葉だけを素直に聞くと、小川かどこかへ行って金魚を網で取ってくるようにしか聞こえない。


 長谷川は作業をしていた手を止めて立ち上がる。とくに金魚を取ってくるという言葉に反応はしなかった。



 ガラガラと台車を押して廊下を歩く。これが男二人組なら絶対に片方が台車に乗って遊ぶところだけれど、もちろん長谷川綾はそんなことはしない。もしもノリのいい女子なら荷台に乗ったのかもしれない。


 階段に差し掛かったところで台車をたたんで持って降りる。僕が何も意識せずにたたんだ台車を片手で担いだときのこと、長谷川がポツリと言った。


「高橋くん、金魚って、どうやって来るの?」


 その長谷川の疑問の声を聞いて、僕はようやく自分の味方が現れたように感じた。


「だろ? なあ長谷川、俺も不思議なんだよ、金魚が宅配便で来るってさあ。一匹や二匹じゃないんだぜ、金魚すくいの金魚だからな! 何百匹の金魚だろ!」


 あまりにも僕の食いつきが良かったからだろうか、ここでも長谷川がプッと吹き出す。


「だからね、金魚を台車で運んでも途中で階段があるでしょ。どうやって二人で運ぶのかなって思ったんだけど」


「ああ、そっちか……」


 確かに粕谷は台車で運んでくれとは言ったけれど、果たして階段のことまで考えていたのだろうか。残念ながらウチの校舎にはエレベーターは無い。大きな荷物でも業者の人が階段を持って上がるか、もっと大きな設備器具はフォークリフトのようなもので外から上げている。


「やっぱり粕谷に荷姿を聞いておけばよかったかな」


 僕は台車を片手に持ったまま階段で立ち止まって呟いた。


「べつに金魚が来てから判断すればいいんじゃない?」


 いつもよりは感情のこもった声で長谷川が言う。


 僕も確かにそうだと思い直して、前を歩く長谷川を追って階段を降りた。



 校門の入り口付近で長谷川と待つこと五分。黒い猫が描かれている車体が道路に見えた、そのままトラックは校門の中へとやってくる。


 僕と長谷川は金魚がどんな荷姿で来るのかを二人で予想していた。ガラス製の水槽は重くてありえない、まさかタライで来ることもない、プラスチックの容器だろうか。そんな色々と想像を言い合った僕たちの目の前に下ろされたのは、意外なことに四角い段ボール箱だった。


「これ、段ボールに金魚が入ってるんですか!?」


 僕が疑問の声をあげる。


「わりと重いですよ、十キロ以上ありますから」


 チラリとこちらを見ながら、宅配業者のお兄さんが次々と台車に金魚を下ろしていく。合計四ケース、四十キロ以上。この中に金魚が数百匹いるらしい。


 伝票に僕がサインをしているあいだ、長谷川が先に段ボール箱を開けた。


「ああ、長谷川。俺が開けようと思ったのに」


「いいじゃん、べつに」


 冷めた言葉とは裏腹に、長谷川の顔はいつになくキラキラとしていた。実は長谷川も金魚がどうやって来るのか気になっていたのが丸わかりだ。


「ああ、なるほどね……」


 段ボールを覗き込んだ長谷川が声を出す。僕はこんな素直な長谷川綾の声を聞いたのは初めてだった。どこからどう見ても普通の十七歳の女の子に見えた。


「どれどれ」


 僕も続いて段ボールを覗き込む。


「ああ、なるほど……」


 結局僕も長谷川と同じことしか言えなかった。


 段ボール箱の中には厚めのビニール袋が入っていた。そのビニール袋の中には水が満たされていて、口のところが二重に縛ってある。そして赤や白の金魚の群れがそのビニール袋の中を泳いでいたのだった。脇の方には金魚すくい用の紙で出来た網が入っていて、隙間にはすくった金魚を渡して入れる小さなナイロン袋が詰まっていた。


 確かにこの荷姿なら階段は持って上がれる。十数キロは重いけれど、男なら持てないヤツはいない。僕は校舎へと入るスロープを押してあがり、台車を校舎内に入れた。


 問題は三階までの階段。一階上がるにつき四往復。三階まで上げるので合計八往復。それはちょっと辛そうに思えた。


 階段の下で金魚の入った段ボールを手に持つ。十数キロの段ボールはずっしりと来る。よいしょっと僕が声を出して階段を上り始めたとき、後ろの方から長谷川が力を入れる声が聞こえた。立ち止まって振り向くと、長谷川も段ボールを持っている。


「長谷川! なにやってんの、重いからいいって」


「大丈夫、一つくらいなら持って上がれるから」


「いや、いいって。危ないって」


「大丈夫」


 長谷川は譲らないし、このまま持っている方が重い。僕は「ダメだと思ったら途中で階段に置いたらいいからな」と言い残して急いで二階に上った。


 踊り場を通り過ぎ、二階の廊下に段ボールを置く。その足でターンをして僕は下へと向かう。すると長谷川は踊り場まで段ボール箱を持ってきたところだった。その段ボールを受け取って僕は二階へと運ぶ。そんなことを繰り返して僕たちは金魚の群れを三階まで運んだのだった。

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