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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
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体育祭 その2

そんな午前中の競技が終わった昼休み、教室に帰ろうとした僕のところにいつものように粕谷がやってくる。何やらニヤニヤとしながら。


「さすがだな俊、氷姫が笑ってたじゃん」


「あ? ああ、そうかもな」


 適当に返事をしながらも、粕谷に見られていたことが少し悔しい。結局僕はコイツの手のひらの上でも踊っていたことになる。


「そういう粕谷はさあ、後輩の女の子と楽しそうに喋ってただろ」


 これは八つ当たりかもと感じながら、僕は粕谷のことを揶揄した。べつに後輩の女の子と喋っていたからといって粕谷が悪い訳ではない。


「え? ああ誰だろ、何人かいたけど」


「クソっ……、何人もいたのかよ」


「そっちは長谷川さんと楽しそうだったじゃないか。やっぱ俺の見る目が当たってたな」


 そんなことを言って僕の背中をポンポンと叩く粕谷が小憎らしい。


「羨ましいなら昼から替わってやろうか?」


「いや遠慮しとくよ、氷姫の機嫌が悪くなるだろ」


「コイツ……」


 僕が睨んだところで粕谷が堪えるとは思わない。案の定粕谷は含み笑いをしながら肩を組んできて、「で、長谷川さんと何の話題が合ったのさ」と僕に聞く。僕は今度も適当に「クイズの答え合わせをしたんだよ」と返事をしたけれど、それはそれで粕谷の笑いを増幅させるだけだった。


 昼飯のあとの競技は二時半までで終わり。そのあとは翌日の文化祭の準備になる。二時間足らずの競技時間で残っているのは借り物競走、応援合戦、そして毎年仮装大賞と化しているクラブ対抗リレー。


 この種目をよく考えると借り物競走の選手を呼び出せば、あとは呼び出す選手はいない。つまり午後の競技は借り物競走が始まってしまえば、僕たちは本部テント脇にいる必要はなかった。けれど長谷川綾は借り物競走の呼び出しをしたあとも、すぐに本部テントの方に戻ってしまったのだ。


 ここで僕は一応考えた。いまさらあそこに戻る必要はないんじゃないかと。そして一瞬自分のクラスの場所に戻ろうとしたのだけれど、やっぱり考え直す。


 ――長谷川、一人でいるつもりかな。


 振り向くと本部テント脇の場所には彼女がポツンと座っていた。必要のなくなった係の生徒はポツポツといなくなり、午前中に比べて人数は三分の一程度とガランとしている。その中で長谷川綾はつまらなさそうに競技の開始を待っていた。


 僕はさも当然のように本部テントの裏に回り、そして普通に長谷川の隣に座る。長谷川はチラッとこっちを見たけれど、何も言わずに体操服の足を組んだ。借り物競走が始まる気配はまだ無い。


「遅いな……」


 辛抱たまらず声を出したのは僕。


「そうね」


 長谷川は小さく答え、僕の方へと少しだけ首を動かした。


「高橋くん、別にここにいなくてもいいんじゃないの?」


 バレていた。というか長谷川だってここにいなくていいのを知っていた。心の中を見透かされた気がした僕は、冷静を装って質問に質問で返す。


「長谷川だって、ここにいなくてもいいんじゃないのか?」


「まあね。じゃあなんで高橋くんはいるの?」


 そうきたか。さてなんて答えよう。真っ正直に「長谷川が一人でいたから」なんて言うとバカにされるか、変な誤解を受けそうだ。だからと言ってここにいる理由がないというのはおかしい。結局僕が考えついた答えは、ある意味支離滅裂なものだった。


「俺、呼び出し係だからさ」


「プッ」


 長谷川綾が吹き出す。やはり無意識に出す笑顔は本気で可愛い。思わず僕は粕谷の姿を探した。よかった、粕谷がこっちを見ている様子はない。


「なにそれ、意味わかんないよ。この先に誰を呼び出すつもり? カノジョ?」


「なんで優花が出てくるんだよ」


「だってほら……」


 長谷川は顎と視線で借り物競走の選手を見るように僕をうながした。そこにはいつものようにふわっとしたポニーテールで、競技に出場しようとしている優花の姿があった。


 僕が優花の姿に気づいた同じタイミングで、優花も僕に気がついたようだ。手を上げて僕に合図を送ってきた。僕も軽く手を振って応えたそのとき、優花は少し首を傾げてヘンな顔をする。そりゃそうだろう、優花だって気がつくはずだ。僕が本部テント脇にいる必要はないのだから。


 やがて借り物競走が始まる。毎年だいたい借りてくるモノは決まっているのだけれど、それでもなぜか不思議と盛り上がるこの競技。『校長先生』と書かれたカードを持って本部席の方へと来る男子生徒。『サングラス』と書かれたカードを持って体育教師からサングラスを無理矢理奪う女子生徒。『参考書』が当たったヤツは教室へと駆け込んでいく。


 僕は優花には何が当たるんだろうと思ってボーッと見ていた。例年だったら次のクラブ対抗リレーにあわせて『コスプレした人』なんていうカードも出てくる。楽しみではあったけれど、変なものが当たらなければいいなと思った。


 いよいよ優花の番。難しい顔をしながら優花が引いたカードは


 ――『彼氏』だった。


「げっ……」


 僕は声にならない声を出す。隣では長谷川綾が冷たい視線をこっちに送っているのがわかる。


「俊!!」


 優花がカードを振り回しながらこちらへ走ってきた。


「仲いいのね」


 前を向いたままで、微動だにせず長谷川が呟く。


「まあ……一応」


 なぜ僕が気まずい思いをしなきゃいけないのかが分からない。けれどこのとき僕は気まずい思いで胸がいっぱいだった。確かに借り物競走で『彼氏』とか『彼女』とかが出てくるのは知っている。けれどいざ自分がその立場になったとき、『彼氏』って借りるモノなのか、という疑問も湧くというものだ。


 そんなこちらの状況など知らない優花は、十秒ほどで本部テント脇までやって来た。


「俊、はやく!」


「……うん」


 僕は優花に引っ張られながら席を離れた。なぜか非常に後ろからの視線を意識しつつ。


「ねえ俊、なんであそこにいたの?」


 走りながら優花が僕に聞いてくる。確かにそれは疑問だろう。僕は長谷川に言ったことをそのまま優花にも言う。


「呼び出し係だからさ」


「ふーん」


 後ろをチラリと振り返った優花だったけれど、あまり興味がなさそうにそれ以上は何も聞いてこなかった。




 借り物競走に借り出された僕は、結局そのまま競技が終わるまでグラウンドで待たされた。そして次は応援合戦。これは学年毎に別れて全員が出場するのでそのままゲートのところで待つ。周囲を見回すといつの間にか長谷川綾も集団の中で待っていた。


「よう彼氏」


 後ろから来た粕谷が僕の肩を叩く。


「なんだよ、見てたのか」


「見るさ、実行委員だからな。お前の微妙な顔が最高だった。それから……」


 少し間を置いて、粕谷が意味ありげにクスリと笑う。


「それから、氷姫の微妙な顔も最高だった」


「お前なあ」


 誰のせいで僕が微妙な顔になったのかと言ってやろうかと思った。けれどその前に粕谷が謝る。


「すまんすまん、まさか有原さんとかち合うとは思わなかったからさ。いずれにしても一瞬だけ両手に花だったな、俊」


 言いたいことだけを言って、粕谷は列の先頭の方に行ってしまった。何が両手に花だ、変な役を押しつけやがって。と僕は憤ってはみたものの、この時にはなぜ自分が憤っているのかは分かっていなかった。


 応援合戦が終わったらもう次は最終競技。いつもの通りの仮装大会となったクラブ対抗リレー。これはもう競技ともいえないカオス状態だ。本部席にいる顧問の先生たちがコスプレ集団に連れ出されるのもいつもの話で、さすがに長谷川綾ももう本部テントの脇にはいなかった。

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