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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
最終章
40/46

チャイムを鳴らす




 ――もう家族はバラバラだ。




 僕は大丈夫だからと泣き出した母をなぐさめ、自分の部屋に戻った僕だったけれど、本当は大丈夫なんかじゃなかった。あんなことを聞いて大丈夫なわけがなかった。




 父親が僕のことを疑っていて、それは僕が生まれた頃からそうだった訳で、そんな疑惑を十八年間も隠されていたことがショックで、僕は自分の手のひらを見て吐き気がしてきた。もしかしたら父の子どもじゃないかもしれない、じゃあいったい誰の息子なのだろう。母親はそんなことはないと否定しているけれど、外見や興味の対象は僕と父親、そして僕と兄貴とでは全然違う。血液型はみんなO型だから一緒、けれどDNA検査をしたら。




「なんで……、なんだよDNA検査って……」




 僕は自分の想像を嫌悪する。どうして今まで家族だと思っていたのに、十八歳になってこんなことになるのか。




 エアコンもつけずに冷え切った部屋の中で、僕はポツンと椅子に座っている。この部屋は僕の部屋なんだと今朝までは疑うこともなかった。けれど本当はこの部屋や家にいる資格もないんじゃないかと思い始め、フウッとため息をついた時だった。




 不意に僕のスマホが震えて鳴った。それはメッセージではなくて電話の着信音。僕のスマホに掛かっている着信なんて粕谷か優花くらいのもの。嫌な予感しかしない中で画面表示を見ると、その電話は優花からだった。




「もしもし、俊?」




 電話口の優花は、いままで聞いたことがないほど沈んだ声。




「うん、なに?」




「あのね……、俊のお父さんのことで聞きたいことがあるんだけど、いい?」




 その言葉を耳にした瞬間、僕は大体のことを悟った。そして、それを認めなければならないと思ったのだった。




  


 △





「母さん、ちょっと粕谷のところにでも行って頭を冷やしてくる。遅くなるだろうし、もしかしたら今晩帰ってこないかもしれないけど、心配しなくていいから」




 リビングに一人ポツンといる母にそう告げると、母親は深刻そうな目で僕を見上げる。




「そんな目で見なくていいよ。まさか家出なんてしないし、母さんは母さんだから。あとで連絡は入れる」




「俊、あなたは私の……」




「分かってるって、でも、ちょっと今日は家にいたくない。心配しないで、帰って来るから」




 母親に心配させまいと無理矢理に笑顔をつくったけれど、いまの僕にはうまく笑えなかった。




 複雑な表情を浮かべる母を家に残し、父親には何も言わずに家の玄関を出る。二時間前には思いもしなかったことが次々と起こり、僕は自分で何をしたらいいのか分からなくなっていた。ただ、今日だけは自分の家にいたくはなかった。




 △




 さっきの電話で、僕は優花と別れた。




 正確には優花の家から別れを告げられた。どこからか事件のことが漏れ伝わったのだろう、「父親が捕まったのか」と優花が聞いてきた。彼女が自分でそんなことを調べるはずもない、つまりは両親から確かめるように言われたのだと思う。そしてそれが事実ならこれ以上付き合うのは止めるように、と。




『ゴメン、俊。私は俊のことを好きだし、こんなこと言いたくないんだけど……』




 いままで聞いたことのないような小さな声で、別れを切り出した優花。そりゃあ普通の親ならもう会うなと言うだろうと、僕も思う。優花のような良家でなくとも、援交で逮捕された父親の息子など娘の近くに寄らせたくはないはずだ。個人同士だの、本人同士などとはいっても、犯罪は別。バカな父親のお陰で優花にさえ迷惑をかけてしまった。もう本当にどうしようもない。




 時計を見ると時間は夜の七時。フラフラと夕刻の街へと出た僕は、母親に言った粕谷の家には結局行けなかった。長谷川綾が父親の事件に関わっていたことに加えて、自分の出生の疑惑、さらには優花との別れ話。そんなものを全部背負って粕谷の家に行く気にはなれない。たぶん粕谷の家なら突然行っても入れてはくれるだろう、けれど自分の家の不始末でアイツの家や家族に迷惑をかけるのがイヤだった。




 もう家族はバラバラ。そんなことを何度も思いながら、あてもなく歩く夜の街。今日は一人カラオケで気晴らしをするか、そうじゃなければマンガ喫茶で夜を明かすかと考える。いったいこれからどうなるのだろう。援交事件のことだけじゃなくて、父親と母親の間に決定的な亀裂が入りそうで最悪離婚か、別居か、とにかく今から修復するにはお互いに相当な無理があるような気がした。




 気がつけば駅前を通り過ぎて、僕は入り組んだ住宅街に入っていた。ここはどこに来てしまったのかと辺りを見回すと、何日か前に見た風景に似ている。つまりそこは、長谷川の住んでいるアパートの近くだった。




 そういえば理由は違えど長谷川の家族もバラバラになっていた。その長谷川に対してウチの父親はまた迷惑をかけた、いったいどれだけの人間に対して足手まといになることをしたのだろう。




「やっぱり、長谷川には謝らなきゃな……」




 もう長谷川綾とは何の関係も持たない。昨日の僕はそう決意をしていたけれど、いろいろなショックが重なって、僕の足は覚えている長谷川のアパートへと続く道に向かった。ただ長谷川には父親のことを謝るだけ、このときの僕はそんなふうに自分では思っていた。けれど、心の奥底では自分の心情を聞いてもらいたい、長谷川には誰にも言えない自分のことを話したいと、そんなわがままな部分があったのだと後になってわかった。




 同じように家族がバラバラになった長谷川だけは、今の僕の心情を理解してくれるんじゃないかと、自分のことは棚に上げて甘えていたのだった。




 △




 長谷川のアパートの灯りはついていた。静かに外階段を上がって部屋の前に立つ。中からは話し声も物音も聞こえず、本当に母娘二人で暮らしているのかと疑問に思う。




 意を決して二度チャイムを鳴らす。中からの反応は無い。居留守を使われているのは分かっていたけれど、僕はこれでダメだったら帰ろうと意を決して三度目のボタンを押し、「すいません、高橋俊といいます」と、声を出した。

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