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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第一章
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長谷川綾 その3


「あのさあ、昨日学園祭の準備委員会があって、いろいろとクラスメイトの役割決めたんだけどさあ……」


 それは弁当を半分くらいを食べ終えた時だった。粕谷は何やら言いにくそうに話し始める。一応クラス代表を務めている粕谷は、今度の学園祭の実行委員にも入っていた。


 ウチの学校の学園祭は毎年五月の下旬に二日間で行われる。初日は体育祭、そして二日目が文化祭。二十年ほど前は秋にしていたようだけれど、三年の受験の関係で五月にすることが定着していた。それによって進学実績が上がったかというと、僕たちには疑問なところもあったのだけれど。


「ふーん。で、俺、何になったの?」


 僕は言いにくそうにしている粕谷に聞く。


「俊の役割は、体育祭は……タイムキーパー」


「ああ、呼び出し係ね」


 これも一昨年まではちゃんと『呼び出し係』と呼ばれていた。なんでも英語にしてしまう風潮で、タイムキーパーなんて言われ出したけれど、要は次の競技に出る奴らを呼び出して整列させる係だ。


「で、文化祭の方は? ウチのクラスは縁日風えんにちふう……なんだっけ? やるんだろ」


縁日風駄菓子屋えんにちふうだがしやな」


「それそれ」


 粕谷が律儀に正式名称を言ったのを僕は受け流す。とにかくウチのクラスは文化祭にも大してやる気が無い。事前に練習とかが必要な演劇だの合唱だのというのは絶対にしない。保健所に届け出が必要な喫茶店や食べ物屋などもしない。お化け屋敷や巨大迷路などの準備が大がかりなものもやらない。ないないづくしで決まったのが『縁日風駄菓子屋』。材料のほとんどが百円ショップで仕入れることができて、準備も簡単だということだった。


 駄菓子を並べて、その横におもちゃのボーリングや輪投げ、ビンゴゲーム、ダーツ、パターゴルフ、ミニピンポンなどを置けばできあがり。話を聞く限りでは本当に楽に出来そうだった。


「でさあ、俊に頼みたいのは金魚すくいの店番なんだよな……」


「ああ金魚すくい? へえ、まあいいけど」


 金魚すくい。縁日では定番の出し物で、すくった金魚をナイロン袋に入れて客に渡すだけの簡単な仕事。金魚をどこから仕入れてくるのか知らないけれど、そんなことは粕谷達に任せておけばいい。


「一応午前と午後で店番が替わるから、俊たちには午前中を頼みたいんだ」


「午前中の店番? いいよ」


 妙に粕谷が下手に出るのがおかしいとは思いながら、僕は返事を返す。クラスの出し物とはいえ、部活に入っている生徒はそっちにも行かないといけないだろうし、クラスの中で実際の戦力は半分といったところだろうか。


「よかった、じゃあ頼むわ」


 粕谷が安心したように残った弁当を食べ始める。僕もタマゴ焼きに手をつけて昼飯を再開しようとした時だった。頭の中に粕谷の言葉がよみがえったのだ。


――《《俊たち》》には午前中を……。


 俊たち? 《《たち》》っていうことは二人以上、僕の他は誰?


「なあ粕谷、金魚すくいの店番て、俺以外にもいるんだよな?」


 僕がその質問をしたとき、粕谷の箸が止まった。なにか苦いモノでも食べたかのように頬をゆがませる。そんな粕谷を見ると、僕には嫌な予感しかしない。


「なに、粕谷。そんな顔して」


「氷姫……」


 粕谷が箸を置いてポツリと言う。僕には一瞬意味がわからなかった。二人とも無言の時間が二~三秒続き、今度は少しまともな声で粕谷が言う。


「俊と一緒に店番してもらうのは、長谷川さん」


 ここでようやく僕は意味を理解した。文化祭の日、どうやら午前中僕は長谷川綾と金魚すくいの店番をしないといけないらしい。


「ちょっと待てよ! そういうのって女同士で組みゃいいんじゃないの? 俺がなんで長谷川綾と一緒に店番すんの!?」


「ウチのクラス、女子少ないし。女子の中でもいろいろあってさ……」


 勢い込んで聞く僕に対してボソボソと説明する粕谷。


「いやいや、女子少ないのもわかるし、いろいろあるのもわかるけど、なんで俺が……」


「ウチのクラスでカノジョがいるのって、お前と杉山しかいないからさ。杉山はちょっと勘弁してくれって言ったから、俊に頼むしか無くなった」


「はあ?」


 まったく粕谷の言っている意味がわからない。彼女がいるヤツにわざわざ長谷川の相手をさせる道理がどこにあるのだろう。そんなことなら彼女が欲しいやつをペアに組ませる方がよほど理屈にかなっている。しかも相手はあの長谷川綾だ、美人だし隣にいるだけでいいというクラスメイトだっているように思える。


「粕谷、よく考えろ。女子が少なくてダメとか、いろいろあってダメなら、俺じゃなくてフリーな男子でいいだろ? なんか理由あんの? 俺じゃないとダメな理由」


 弁当のことなど忘れて僕が粕谷に迫ると、粕谷も真剣な目をしてこちらを向いた。


「俊、お前よく考えてみろ。ウチのクラスの男子で長谷川綾と二人きりになってまともに喋れるヤツが何人いる? 氷姫だぞ、ただでさえコミュ障気味の理系男子がどうなるか想像できるだろ」


 粕谷に言われて僕はウチのクラスの面子を想像してみた。沈黙の数時間に耐えられそうな男子生徒は確かにいないだろうし、長谷川と話が盛り上がりそうな男子生徒など皆無に思えた。


「確かに、緊張で胃に穴が開くかもだな」


「だろ?」


「だからって、俺に決めることないだろ? 俺だって同じじゃん!?」


「いや、俊はまだオンナ慣れしている」


「いや、ちょっと待て粕谷、それはちょっと違うだろ」


 僕は頭を抱えた。オンナ慣れとは優花のことだとは思うけれど、彼女は自分から喋りたいことを喋るタイプで僕は聞き役に回ることがほとんどだ。僕に自分から場を盛り上げるようなトークの話術は無いし、長谷川を相手にしたら弁当を食べる前のさっきのような会話にしかならないのは目に見えている。


 そんな僕が思ったことを粕谷に言ったけれど、粕谷の返事は実に冷めていた。


「そうだろうな。でもまだ俊が一番マトモに話ができる男子だと結論が出たんだ。さっきも一応話をしてたし、やっぱり正解だろうな」


「なっ、お前なあ……」


 正直に言って、長谷川綾の相手をするのは気が重い。優花だって金魚すくいに来たときに僕と長谷川が店番をしているのを見て、いい感情を持つとは思えない。だからといって、誰もやらなければ長谷川が一人で店番をすることになるかもしれない。確かにそれはそれであまりにも可哀想だとは思うけれど。


 僕はいろいろ考えた結果、粕谷の言うことを聞いてやることにした。


「じゃあわかったよ、俺でいいよ」


「ホントか? すまんな俊!」


 パンパンと僕に柏手を打って食事を再開する粕谷。なんというか、コイツもクラス代表でいろいろ大変なんだろうなと多少の同情はする。


「粕谷って、一年の時に長谷川と同じクラスだったっけ?」


 弁当を食べ終えて、蓋を閉めながら何気なく粕谷に聞いてみた。粕谷は少し間を置いて「ああ」と答える。


「一年の時はもう少し雰囲気が違ったんだろ?」


 僕の質問に、粕谷は思い出すように言葉を紡ぐ。


「そうだな、もう少し話しやすかったかな。確かお父さんが身体を壊して、家業を止めないといけなくなって、結局離婚しちゃったらしくてさ。考えてみたら大変だっただろうな、明るく振る舞えっていっても無理だよな」


「そっか、そういうことだったんだ」


 両親が離婚したというのは聞いていたけれど、父親が身体を壊してからの出来事だったというのは初耳だった。それも家業を止めざるを得ないという状況というのは、長谷川にとっても辛かったのだろうなと想像はできる。


「確か弟さんがいたんだ、まだ小学生の。その子は父親の方に引き取られて、長谷川さんは母親と生活してるって聞いてる」


「なるほどな、そりゃ辛いな」


 粕谷は優しいヤツだ。今回のクラス代表だって押しつけられて嫌と言えずに引き受けている。だから長谷川綾のことを氷姫と呼びながら、クラスの中で浮かないように算段しているのかもしれない。いや、それどころか粕谷自身が長谷川綾に惚れている可能性だって考えられる。


 僕はそんなことを思いながら隣の横顔を見た。メガネを掛けたいかにも秀才というような細面の顔立ち。百七十五センチの僕と同じくらいの身長だけど、僕と違ってくせ毛でも無いし、手の指先は女の子のように細くて白い。付き合っているやつがいないのが不思議なくらいだった。


「あ、俊、それとさあ」


 弁当箱を袋にいれ、パックのお茶にストローを突き刺しながら粕谷はこちらを向いた。急に思いついたふうを装いながらも、何かを企んでいる目をする粕谷。


「なんだよ、厄介事がまだあるのか」


 嫌な予感がする僕は身を引きながら粕谷の言葉を待つ。


「体育祭の女子のタイムキーパーも長谷川さんだから。これもいろいろあって……」


「はあ、なんだよそれ! 二日続けて俺が面倒見るの?」


 僕はさっき見た長谷川綾の冷笑ともいえる微笑みを思い出して、今度は本気で頭を抱えた。

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