すごい偶然
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やがて僕たちを乗せた電車は都心のターミナルについた。ここからは短い区間を乗り次いで別の路線の電車に乗る。当然僕も長谷川も同じ電車の乗り継ぎなので、二人で駅の構内を歩いた。時間はやっと朝の七時過ぎ、普段の日なら朝ご飯を食べているような時間。休日にデートに行くときでさえ、こんなに早朝から出歩いたりはしない。
「ねえ、高橋くんはお昼ごはんどうするの?」
ホームで次の電車を待っている時に、不意に長谷川が僕に尋ねる。模試は朝の八時半から始まってお昼の時間を挟むので、昼食を抜くなんて考えられない。つまりどこかでご飯を食べなければならないのだ。
「コンビニのお弁当買うのが無難だと思うんだよな。だって日曜で食堂が開いてるかどうかわからないし、開いてても混んでたら時間が間に合わないし」
「そうだよね。私もコンビニで買うことにする」
「そっか、今日はお弁当作ってないんだ。朝早かったもんな」
いつも学校では自分で弁当を作っているという長谷川。だけどさすがにこの早朝移動だと、今日は作れなかった様子。
「さすがに今日はね」
長谷川は少し肩をすくめて、やって来た電車に乗り込んだ。僕も続いて乗車をして、次はたった三駅先なのでつり革を持って車窓を眺める。家を出たときに比べて日差しは確実に強くなっているようで、目の前に座っているオジサンは暑がりなのか早くも扇子で風を扇いでいた。
隣のつり革につかまっている長谷川に視線を移すと、何やら物憂げな表情で外を見ている。まあ考えてみると今から一日中模試なのだ、そんな日に嬉しそうな顔をして電車に乗っている方がおかしいのかもしれない。
「長谷川は今日の模試、全部受けるの?」
最後の乗り換えが終わって、都心から離れる下りの電車に乗ったところで僕は長谷川に聞いた。今度の車内は空いていて、さっきと同じように出入り口のドア付近に並んで座っている。
「うん、まあ一応ね」
気だるそうに長谷川は僕に言う。全部受ける、とはつまり最後の理科の二科目目まで受けるということで、終わりの時間は午後の八時過ぎ。いまの時間はまだまだ朝の八時前なので、これから十二時間後でも模試は終わっていないことになる。考えるだけでも先を長く感じて、気だるそうに答える長谷川の気持ちも分からないでもなかった。
「近場の会場が良かったよなあ……」
自分の模試の申し込みが遅れたことなど棚に上げて、僕は心の底からグチをこぼした。
「せっかく粕谷くんが言ってくれたのにね、私も忘れてた。代わりの会場がこんなに遠いなんて、もう最悪……」
長谷川にしては珍しく、自分の失敗なのに愚痴をこぼす。どちらかといえば気が強いほうの女の子だと思うし、自分の芯が強そうな長谷川が率直に弱音みたいなことを言ったので、この時も僕は珍しいなとは思った。
「帰ったら十時過ぎだよな。遅くなるからお母さんとか心配するだろ?」
そう尋ねた僕に一瞬目を合わせた長谷川は、少しため息をついて答える。
「今日はお母さん夜勤だから、帰っても私は一人」
「あっ……、そうか。大変だな」
僕はそれしか言えなかった。むやみに家庭の中の話をするのは出来るだけ避けたかった。
「高橋くんのところは?」
「ウチ? 俺は男だから何も言われないけど、あんまり遅くなるようだったら、さすがに連絡くらいはいれるかな」
「いいよね、男の子は」
長谷川は少し目を細めて僕を見て、本当に羨ましそうにそう言う。僕は、「そうかもな」とだけ返事をして、ちょっとの間だけ目を閉じて眠った。
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模試会場の最寄り駅を降りると、さすがに僕たちと同じような受験生が試験場所となっている大学へと歩いていた。駅の近くのコンビニでおにぎりやパンを買い、二人でその人波に並んで歩く。半年後には本当のセンター試験で、その頃には真冬になっているのが不思議なくらいに今日は太陽の日差しが痛い。
時間は八時十分を過ぎたところで、もう会場の教室は開いている様子。僕と長谷川が入り口で教室の場所を聞くと、受験番号が十数番違いでも二人とも同じ大教室での試験だった。教えられた教室に入ると既に座席は半分以上埋まっていて、机に貼ってある受験番号を確認しながら僕は自席を探す。
「ここだ……」
僕は自分の席をようやく見つけて着席し、筆記用具の準備を始めた。その準備をしながら長谷川はどこなのだろうと彼女の姿をさがすと、傾斜のついている教室の下の方から受験番号を確認して、階段状になっている通路を上がってくるところだった。
十何番かの違いだから隣の列のどの辺だろうかと思って見ていると、長谷川はどんどん僕の方に近づいてきて、ついには通路を挟んだ隣の受験票を確認してから僕の方をチラリと見た。
「すごい偶然なんだけど」
隣の席を指さし、半分呆れたような顔で笑う長谷川。
「まあ、今日は行きの電車で鉢合わせになったくらいだから、偶然も何ももう驚きも無いけどさ」
これは僕の本音だった。偶然というのは不思議とこうなるものなのかもしれない。とにかく長谷川と僕は通路を挟んで隣になって、センター試験の模試を受けることになったのだ。




