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ヤーさんのお姫様  作者: 不知火 初子
五章 ひとりでだって強くはなれるよ
333/643

参佰参佰参




わたしが肩を落とすと、伯父さんは片手で頬を揉みほぐしはじめた。


彼は思案するとき、こういう仕草をするのだと伯母さんから聞いたことがある。




「……わたし、何も言葉が出なかったの。欲しい言葉は、言わせたくないものだったし。それに言われたこと全部にその通りだと思ったから。何も応えられなくなったし、何も言ってほしくなかった」




だから、黙るしか出来なかった。


向こうから何を言われても、わたしが答えなければいいだけだったから。



わたしの言葉を聞きながら、伯父さんは頬をゆっくり揉む。




「そうか」




やっぱり短い。


でも声音はさっきより低くて、重たく吐き出された息は伯父さんの口元でわだかまっているみたいだ。




「あらまあ。一人で抱え込んじゃうところは、あなたそっくりねえ」




リビングに戻ってきた伯母さんは、うふふ、と口に手をあてて笑う。



そっくりだと言われて、伯父さんは少しだけ細めた目を伯母さんに向けた。


口元は、微かな笑みに変わっている。




「そういう弓子もだろう」


「あら、そうだったかしら~。さ、夕ご飯の準備ができたわよ~」




伯母さんの声に、彼はしょうがないな、と呆れながらも面白がっているような表情をする。


きっと、わたしも同じ顔をしていると思う。


顔を見合わせた伯父さんと同じタイミングで、互いの口から、ふっ、と堪らず息が漏れた。







ご飯を食べ終えると、伯父さんはわたしを手招きした。


2階にある彼の部屋に、何かあるらしい。



廊下に向かいながら振り返ると、伯母さんはいってらっしゃいと手を振った。







伯父さんは、文机の引き出しから1つの写真を取り出す。




「ここの右に写っているのが、お前の両親だ」




写真は、年明けに親族で集まったときのものだ。


指先で示された男女が誰なのか、一瞬見ただけでもすぐに分かる。



前から二列目の右端でわたしを腕に抱える父と、寄り添う母の姿。


ちゃんと覚えているし、この写真は自分のアルバムにも入っている。


だけど、両親を喪った日から見ないようにしていた。



咄嗟に目を逸らしたわたしに、伯父さんは言葉を続ける。




「おまえの母さんも、自分の感情には疎かった。おまえの父さんと出逢ったときも、はじめは恋愛感情を抱いていると気付かなかったくらいだ」


「お母さんが?」


「そうだよ。あの子は、自分の家系に関わる事柄を幼い頃から理解していたし、私もよく肌身に染みている」




伯父さんは昔話をしてくれた。



いわく、母は初恋というものをしたらしい。


警察官だった自身の父、つまりわたしの祖父にあたるわけだが、その後輩だった男性に好意を持っていた。



母は快活によく笑う中学生で、相手は20代後半でおっとりした穏やかな性格だったそうだ。


けれど母の好きだった人は、彼女が絡んだ事件に巻き込まれて殉職した。



当時の母は自身を責め、批難してくれる相手を探し、否定されることばかり望んでいた。


彼女は自分のなかに燻るいろんな感情を無視し、気持ちを明かさないことが増えたという。



そして高校生になり、大学生になり、社会人になった。


祖父は母にも警官になるよう厳しく言っていたようだが、彼女は試験だけ受けて頑なに一般人であろうとした。




伯父さんはきっぱりと言い切った。


母は、ただの個人として生きたかったのだろう、と。




「大切な相手を喪ったら、その日から何もかもが違った景色になる。一緒に見ていた空ひとつでさえ色褪せ、探すのは思い出と故人の面影ばかりだ────」




きっと母も、また傷つくのが恐かったのだろう。


思い出を振り返るたび喪失し続けることに、耐えられる自信がなかったのだろう。


何度も、喪う原因は自分にあるんじゃあないかと思ってしまうことが、つらかったのだろう。



それらを避けたくて、人と深く関わることから距離を置いていたのだろう。




「──だけどな、姫花。ちゃんと人と向き合うということは、喪う恐怖ばかりではないと思う。仲を違えても、すれ違うばかりでも、やはり誰かと関わっているあいだの自分だけは易く否定できるものじゃあない」




どういう意味だろう?


ただただ不思議で首を傾げると、伯父さんは写真のなかの母を見つめて言葉を続けた。




「誰かに自分を見せている瞬間は、自分一人のものじゃあないんだ。その自分は、同時に誰かのものでもある。おまえが誰と、どんな風に違えたのかは分からないが、相手のなかにある自分の姿だけは、おまえ一人では変えることができないんだよ」




聞いていて、ふと、脳裏に睦美さんの顔が過ぎる。


あの日の彼女は、わたしのどんな姿を望んでいたのだろう、と。





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