(16)フロイデントゥク、王立学院製作所、3月6日午後5時55分
アルトノーミ主任は、仮想現実入力システムを利用して、製図を行っていた。ノックの音。一瞬、彼は、その音が現実の音かどうか判断がつかない。耳を澄ます。もう一度ノックの音。現実である。
「どうぞ」
グレッグ・ガイリエブが入って来た。
「オリャープの試作機ができましたので見ていただきたいのですが」
「うん、すぐ行く」
彼はデータをデスクトップに保存し、「休止」コマンドを発行して、外へと出た。
「で、どんな感じになったかね?」
ガイリエブは廊下に立て掛けてあった大きな的を、廊下の方向と垂直の向きに立て掛ける。
「向こう」とガイリエブ、廊下の奥の、閉じた扉を指さす、「あそこまでの距離は500メートル。出力は1パーセント。標的の材質は、重戦車エール463の装甲と同じ素材、同じ厚さです」
ガイリエブはリモコンのスイッチを押した。赤い光がほとばしり、標的を吹き飛ばす。
「タミトル・トニャス(すごいじゃないか)!」とアルトノーミ。
「ただ問題がありまして」
ガイリエブは、「閉じた扉」のあった場所を示す。扉は煙の中に消えうせていた。中に置かれていた機材も。
「……とまあ、あのような状態になってしまいます」とガイリエブは、発射の熱で吹き飛んだ隔壁室を指さす。
「荷電粒子砲としては失格だな」とアルトノーミ。
ガイリエブはうなだれる。その拍子にずり落ちかけた眼鏡を、かけ直す、「うちのチームも苦労したのですよ」と図面をアルトノーミに渡す。
「そうだろうな」とアルトノーミ、放射線バッジとガイガーカウンタを床に置く。そして、図面を広げて、機材の全長を測る。……これならば。VF3にも搭載できる。
「まあ、素材と熱効率、それから構造設計をやりなおせば、なんとかなるかな?」
「実は、まだ問題がありまして」とガイリエブ。
「うん?」
「見てのとおり、こいつは連射ができないのです」
「わかった。そいつも含めて、ちょっと、こちらのチームでも検討してみよう。設計図の元データを持って来ているかね?」
「ここに」とガイリエブ、記録ディスクを差し出す。
「こいつの解凍パスワードは?」
「『月に代わってお仕置きよ』」
アルトノーミは頷く。二人とも、ジペニア産アニメーション『水兵服少女隊』のファンだったからである(その中の登場人物の決めゼリフだったのである)。
アルトノーミは記録ディスクを受け取った。
「じゃあ、ちょっといじって見るわ。こんなの役に立つとは思えないのだが、なぜか女帝陛下は非常に頼りにしておられるみたいだからな。まあ、あまりお寂しい思いなどさせたくはないし」
「そうですね。せめて昼間の間は、お寂しい思いをさせないように、われわれも取り計らうべきでしょうね」
「あん……? 夜はどうだっていうの?」
「いや、その。夜はかなり、お寂しいようだと。いや、なんというか、ああいった高貴な方で、しかも30を越えていて、あのような大きなお子様までいるにもかかわらず、そういった人でも、ああいった欲求はなくならないのだと……」
何を言っているか理解したアルトノーミは呆れ果てる。
「お前ねえ……。まさか、隠しカメラで覗いているのじゃあるまいな」
「いえ」とガイリエブ、「こちらの方で」と右手を耳に持っていくまねをする、「おかげで、宮廷に渦巻くいろんな陰謀が聞けますよ」
「お前ね、ほどほどにしないと、しまいに消されるよ」
「気をつけましょう」
本当かね……。
「ふうん」アルトノーミは考え込む、「ふうん」アルトノーミは深い思索にのめり込んでいく、「ふうん……」サランノ・アルトノーミは、再び自室にこもったのであった。