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第2部・ 開戦(10)フロイデントゥク、連邦議会大ホール、3月6日午前11時20分

 「外相機遭難、外相死す!」

 ニュースの衝撃は、2時間足らずのうちにフロイディア全土を駆け巡った。

 3月5日の午後3時には、アクスープ内務大臣が連邦議会緊急特別会開会の要請をノタンノス主席に行っているし、午後4時には女帝アンナ・カーニエが緊急特別会への臨席を同意している。ノタンノスは3月5日の午後5時半に、諸国民代表大会緊急特別会の招集を発表した。

 諸国民代表大会の議員数は600人。連邦全土すなわち6帝国260地区から人口比に応じて選挙される。つまり、1日で開会必要人数の400人が集まるのは、まず不可能である。

 ノタンノスの考えによれば、あと10分で、規定出席人数不足で流会になる。緊急特別会議は、連邦議会元老院にて開かれる。元老院は、諸国民代表大会より、民意を反映しにくい。つまり、ノタンノスにとって扱いやすい。彼としては、今回の事故(事故であって欲しい)でヴァストリアントゥオを懲罰したくない。軍事費の90パーセント以上をカットしたい彼は、戦争などしたくないのである。

 彼の望みも空しく、議場には既に、399人の代議士が詰めかけていた。……まるで、予め首都で待機していたかのようだ。あと、10分。あと10分で良い。来るな、来るなよ。聖ユビウスよ、聖ラモキエラよ、われを守りたまえ。

 神は、ノタンノスの望みを木っ端微塵に打ち砕いた。400人目の議員、ギーモイスが扉を開けて入って来たのである。ギーモイスはノタンノスを睨み、真っすぐ演壇へと歩み寄る。

 「出席議員数が規定人員に達したため、これより帝国紀元211年第1回緊急特別会を開会します」

と議長、宣言する。ギーモイスは発言許可を請わずに、また発言許可を待たずに、演壇に登る。

 「教養あるわが同僚議員諸姉、諸兄。今、そこのロビーでテレビを見ていたら、ニュースをやっておりました。連邦外相暗殺者を目撃した者の、記者会見を映しておったのです」

 刺激的な発言内容に、大ホールは大きくどよめく。

 「その人は、わが連邦加盟国たるアル・クシーン島出身の、登山家テロンノ・キェール氏。氏はマシャンナ山へ登った帰りに立ち寄ったパジャンラム丘陵で、事件の一部始終を目撃していたのです。まあ、ただ目撃しただけではなくて、ビデオを撮っておられたのですな。その時のビデオもニュースで放送されておりました」

 彼はテレビで見たとおりの格好を実演してみせる。

 「男は、こう携行式対空ミサイルを構えて、外相機を撃ち落としました。そして、四輪駆動車に乗り、タクジェトへ、すなわちヴァストリアントゥオの武装勢力ジェグズイの元へと帰っていったのです」

 ノタンノス連邦行政委員会主席は頭を抱えた。……どこのどいつだ、そんな事をしやがったのは?

 「教養あるわが同僚議員諸姉、諸兄。われらフロイディア人は、ヴァストリアントゥオに対して何をおこなってきたのか? 譲歩、譲歩、譲歩、譲歩、要請、要請、要請……であります。われわれは、われら自身を殺されてまで、平和を甘受せねばならんのか? もうたくさんだ! われわれがなすべきは、ジェグズイへの宣戦布告であります!」

 ギーモイス議員は万雷の拍手に笑顔で、手を振って応じた。ギーモイス議員が演壇を降りると同時に、やはり発言許可を待たずに、髭を四角く切りそろえた老人が演壇に上がる。

 「諸君、冷静になってもらいたい。報復措置を採るよりも、まず真相の解明をすべきだ。大体、ヴァストリアントゥオ人がわが外相を殺したとて、何の利益があるというのか」

 ソリュースマン議員は、日頃のしゃべりかたからは別人と思われるほど静かな口調で、語りかけ続けた。

 「それに、譲歩や要請は、わが連邦がヴァストリアントゥオの石油・石炭など豊富な資源を得んがための政策であった事を想起していただきたい」

 「馬鹿野郎!」

 「ひっこめ!」

 先程までの拍手は一転して怒号に代わる。ノタンノス主席は立ち上がり、議場を見渡す。圧倒的多数を占める主戦論者が、少数の反戦論者と勝手に議論をしている。

 「静粛に、静粛に!」

 議長はマイクの音量を最大にして怒鳴るが、議場大ホールを埋め尽くす雑音にかき消されている。議長は、傍らに座る女帝を不快な思いをさせているのではないかと恐懼する。しかし、アンナ・カーニエは一点を凝視しているだけ。議長はその視線の先を追った。

 アノイ・キェーロン議員。彼は、作法を守って、右手を高く上げ、発言許可を待っている。議長は大声で怒鳴った。

 「教養あるわが同僚議員アノイ・キェーロン君、発言を認めます!」

 次第に声が静まっていく中、アノイ・キェーロンは演壇へと歩みでた。

 「教養ある同僚議員諸姉、諸兄。私は二つの議案を提出する。一つは連邦行政委員会主席の不信任案……」

 「なぜだ!」ノタンノスが怒鳴る。

 アノイ・キェーロンは演壇から右斜め後ろの席を見上げた。

 「なぜとは心外な。主席閣下、内閣の構成は主席の権限であり、かつ責任であるのですぞ。閣下の任命した外相が議会の意向を無視した外交政策を採り続けた揚げ句に遭難したのですぞ。その責任をとっていただきたい」

 アノイ・キェーロンは前を向く、「第二に……、これは言わなくてもわかるでしょうが、ジェグズイに対する宣戦布告……」キェーロン議員は再び右斜め後ろ上方を見る、「これも『なぜだ』ですかな?」

 「なぜだ……」

 「ジェグズイは亡き外相が独立国と認定した国家であります。であるにもかかわらず、やっている事は犯罪組織なみである。一国の外務大臣が、その領土で殺されているというのに、犯人捜査の報告も何もわが国に届いていない。このような国も、責任を取るべきではないですかな。まあ、宣戦布告の後で彼らが降伏してくれば、話はまた別ですがね」

 議長は宣言する、「議案が出ましたので採決に移りたいと思います。連邦行政委員会主席の不信任案に賛成の方はご起立願います」

 議員のほとんど全員が起立する。そればかりではない。採決に関係の無い閣僚たちまでもが起立しているのである。

 「お、お前ら……」閣僚で着席しているのは、ノタンノスただ一人。あとは全員、議会に同調するという意思表示をしている。

 「賛成多数であります。本案は可決されました。続いて、ヴァストリアントゥオのジェグズイに対する宣戦布告に賛成の方はご起立願います」

 起立している者で、席に座るのは誰もいない。

 「賛成多数であります。本案は可決されました」

 一同が座ると同時に、主席は立ち上がる、「こんな議会は、解散だ!」

 女帝が席を立ち、演壇へと向かう。彼女は毅然とした態度で議員たちに宣言する。

 「私は、レゲム・ノタンノス主席に、全幅の信頼をおいています」

 議員たちは裏切られたかのような表情になる。一方、ノタンノスは勝ち誇った笑みを浮かべる。……アンナ・カーニエはわれとともにあり!

 彼女は主席を見て、苦笑を浮かべ、議員たちに向き直った。

 「しかしながら、私が信頼する主席は、国民の信頼を得られなかったようです」

 今度は、ノタンノスが裏切られたような顔をする。

 「私は、連邦行政委員会主席の更迭に、同意致します」

 同じ言い方で彼女は開戦を「同意」したが、衝撃に打ちのめされている主席の耳には聞こえなかった。


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