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8 、HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH― 「終焉の先で、世界は再び生まれ変わる」  作者: Nao9999


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第59話 境界を越える者

境界は、世界を守るために生まれた。


だが時が流れれば、

守るはずの壁は、いつしか互いを隔てる檻となる。


その壁を越える者は、誰なのか。

『……なぜ、お前は恐れない。』


その問いは、音ではなかった。


悠真の意識へ、静かに染み込んでくる。


境界へ触れた右手は、不思議な温もりを感じていた。


冷たいはずの黒海。


だが、その奥にあるものは冷たくなかった。


「怖いさ。」


悠真は静かに答える。


「何も分からない。」


「お前が何者なのかも。」


「この世界がどうなるのかも。」


深い沈黙が流れる。


NOAHの光だけが、揺らぐ境界を照らしていた。


「でも。」


悠真はゆっくりと続ける。


「分からないからって、最初から敵だと決めつけることはしたくない。」


その瞬間。


黒海の向こう側で、巨大な瞳が静かに細められた。


『……変わった。』


『榊蒼一とは、違う。』


その名前に、青年はゆっくりと首を振る。


「違う。」


「蒼一は恐れていたんじゃない。」


「選ぶ時間が、残されていなかっただけだ。」


悠真も頷く。


記録庫で見た榊蒼一の表情。


あれは狂気ではなかった。


絶望の中で、それでも未来を残そうとした人間の顔だった。


『知っている。』


黒海の向こう側の声が響く。


『あの者は、最後まで対話を望んでいた。』


「……え?」


澪が息を呑む。


『だが、人は滅びを目前にすると、耳を閉ざす。』


『我らもまた、言葉を失った。』


静寂。


その一言だけで、長い戦いの理由が伝わってきた。


誤解。


恐怖。


すれ違い。


それが何千年もの隔たりになってしまった。


その時だった。


青年の身体が淡く輝き始める。


「時間か……。」


蒼い粒子が肩から零れ落ちる。


存在そのものが薄れていく。


「待て!」


悠真が手を伸ばく。


青年は優しく笑った。


「大丈夫。」


「私は消えるわけじゃない。」


「君の中へ帰るだけだ。」


「帰る……?」


「私は記憶。」


「君は未来。」


「二つが一つになって、初めて榊悠真は完成する。」


少年が涙を浮かべながら俯く。


「やっと……終われるんだね。」


青年は頷いた。


「ああ。」


「長い役目だった。」


青年は悠真の前まで歩み寄る。


そして、そっと額へ手を当てた。


その瞬間。


無数の記憶が流れ込む。


青い空。


家族の笑顔。


研究所で笑い合う仲間。


泣き崩れる榊蒼一。


黒海が生まれた日。


そして――


「約束して。」


白衣姿の女性が、幼い悠真へ微笑む。


「未来は、あなたが選ぶのよ。」


映像が消える。


悠真の頬を、一筋の涙が伝った。


青年の姿は、ほとんど光になっていた。


「ありがとう。」


「未来を諦めなかった、もう一人の私。」


そう言って青年は微笑む。


「こちらこそ。」


「生きてくれて、ありがとう。」


次の瞬間。


青年の身体は無数の蒼い粒子となり、悠真の胸へ静かに吸い込まれていく。


ドクン――


鼓動が一つ、大きく鳴った。


同時に。


悠真の瞳が、一瞬だけ深い蒼へと染まる。


第二管理者の声が、これまでで初めて感情を帯びた。


『……認証を更新。』


『継承者、確認。』


『榊悠真。』


『終末防衛機構NOAH、管理権限を移譲します。』


ゴォォォォォ――!!


巨大なNOAHが眩い光を放つ。


記録庫全体が蒼く輝く。


しかし、その光の中で第一守護者だけは静かに膝をついていた。


その胸部結晶は、今にも砕けようとしていた。

第59話をお読みいただき、ありがとうございました。


ついに「記憶」と「未来」が一つとなり、悠真は終末防衛機構NOAHの継承者として認められました。


しかし、その代償として長きにわたり記録を守り続けた存在との別れも訪れます。


次回、第60話。

第3章「黒海裂界」はクライマックスを迎えます。

そして、新たな世界への扉が開かれます。


引き続き応援よろしくお願いいたします。

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