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【72話】落日の死闘 3


「それ、本当のことなんですか?」


 唄河うたがわひろは、叔父おじである唄河うたがわはるにたずねた。


「ああ、本当だ。カラト公園はどこを探してもなかったけどな」


「じゃあ、やっぱり夢なんじゃ?」


「いや、ぜったいに夢じゃない。おれは、たしかにはなさんに助けてもらったんだ」


 そう言って、はるは自分のてのひらを見つめた。


 春斗はひろの父、唄河うたがわゆたかの弟で年齢は39歳。


 地元のS県で〈はなこ〉という居酒屋を経営している。


大鳳おおとりの間』には、ふたりのほかに、たくさんの親戚もあつまっている。


 きょうは広志の曽祖父、唄河重三(うたがわしげぞう)卒寿(そつじゅ)(90歳)のお祝いのために、都内にある旅館の座敷を借りて、親戚会を開いているのだ。


「あれは夢なんかじゃない。トイレの花子さんは本当にいるんだ」


 そう語る春斗の表情に、広志をからかおうとする気配はない。


(同じだ。おれがカレーおじさんを見たように、春斗おじさんも本当にトイレの花子さんに会ったことがあるんだ)


 現在、広志は高校生だが、小学生のときにカレースイミングをする小さなおじさん集団を見たことがあるのだ。


 春斗はメンチカツを一口かじると、


「兄さんから、おまえがトイレの花子さんを題材にしたマンガを描いてるって聞いてな。なんか不思議な縁を感じて、この話をしたんだよ」


「あの、おじさん」


「なんだ?」


「もしかして、おじさんの店が〈はなこ〉なのって――」


「ああ。トイレの花子さんが由来だ」


 少し照れくさそうに春斗が笑った。


 ちなみに〈はなこ〉の店内には『小学校の怪談』や『学校のヤバイうわさ』といった90年代ホラー児童書や、平成初期に発売されたトイレの花子さんグッズが大量に飾られていて、当時こどもだった中年層がノスタルジーを求めて、足を運ぶことも多い。


「花子さんはおれの命の恩人だ。けど、それだけじゃない。あの人はおれの――」


「初恋の人」


「ああ。よくわかったな」


「まあ、話の流れからしてそうじゃないかと」


「さすがはマンガ投稿部。けど、いま、おれが愛してるのは家族だ。これはぜったいに嘘じゃない」


 春斗には4歳年下の妻と、今年で9歳になる娘がいるのだ。


「でもな。どれだけ大切な人ができても、男にとって、初恋の人ってのは忘れられない存在なんだよ」


 春斗は、かたわらのジョッキに手をのばすと、


「3日前の朝メシだって思いだせないのに、あの人のことは何があっても忘れられない。おれのたましいには花子さんの影が住み着いちまってるんだ」


 少なくなったハイボールを一気に飲み干した。



 *  *  *  *  *



 ちょうど、そのころ――。


 S県の山奥にある、とある廃校で、


「くしゅん」


 おかっぱ頭の少女が、ちいさなくしゃみを咲かせたのだった。



(落日の死闘・完)


これからもゴクハナの新作エピソードは投稿していく予定です。


このエピソードを書き終えたあと、昼食に、やせうまという大分県の郷土料理を食べました。


やせうまは小麦粉を平たくのばして茹でた生地に、きなこやあんこを載せたおやつ的料理で、犬山が食べたのはあんこを載せたもの。


ほどよい生地のしょっぱさと、あんこの甘みがマッチして、すごくおいしかったです。


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