続・阿呆烏
「あ、今夜もか」
烏天狗の黒峰は、そっと長屋の扉を開けた。
閉めたはずの扉のカギが外れている。
ということは、あの方があがりこんでいるということだ。
6畳の和室に行くと、女ぬらりひょんの主楽入くらりが、敷布団に寝そべって『銭形平次捕物控』を読んでいた。
「クロ、夜の巡回、ご苦労であったな」
「恐縮です」
一応かしこまってから、
「そんなにこの家が心地よいのですか?」
「おう。余計なものがなくて落ち着く」
そこで、くらりは読んでいた本を置き、
「このまま、ここに住み着きたいぐらいだ」
「えっ……」
「はは、冗談だ。本気にするな、阿保烏」
黒峰の顔を見て、からかうように笑った。
* * * * *
主楽入くらりは現・南魔地奉行所のお奉行であり、黒峰とは主人と家来の関係にあたる。
その関係が、あわや男女のそれになりかけたことは『阿保烏』でも書いたが、それ以来、くらりは週に2~3日ほど黒峰の長屋に来ては、こうしてくつろいでいるのだ。
最初こそ困惑していた黒峰も、
「なぁに、おまえをからかうのがおもしろくて、つい来てしまうのだ」
これまでの関係を崩さないためのくらりの気遣いを察して、拒まないでいる。
実際、あの夜以外で、くらりが黒峰にからだをゆだねたことは一度もない。
ただ、いつも小袖をだらしなく着ているので、目のやり場には困っているが……。
黒峰が巡回の報告をすると、
「そういえば、きょう、あたらしい魔廻りがあいさつに来たぞ」
「魔廻りがですか?」
おもわず訊き返してしまった。
「魔廻りなら、その地区の親分のところへあいさつをしに行くべきでは?」
「ふつうはな。だが――」
「だが?」
「あやつらは生まれも育ちも、ちと特殊でな。そのことをおれに知らせるために、わざわざ奉行所まで来てくれたのだ」
「あやつら? ひとりではないのですか?」
「来たのはふたりだ。ある意味、ひとりと言えんこともないがな」
「?」
「まぁ、そのうち会うだろうから、たのしみにしておけ。ところで、クロよ。おまえ、たしか、あしたは非番だったな」
「はい」
「じつはな、父上が京都のうまい酒を送ってきてくれたのだ」
くらりの父・飄四郎はお奉行の座を娘に譲ったあと、家来ふたりと日本全国を漫遊しているのだ。
「おまえにくれてやる」
「お気持ちはうれしいですが、せっかく飄四郎さまが送ってくれたのです。わたしではなく、くらりさまが――」」
「少し前から、おれはブランデー派だ。家来ならそれぐらい知っておけ」
「…………」
「おっと、もうこんな時間だ。あしたも仕事があるので、おれは帰らせてもらうぞ」
そして、くらりは立ちあがりながら、
「クロ、酔うのは勝手だが、裸で外には出るなよ」
再度からかうように笑うのだった。
くらりが長屋を出たあと、黒峰は居間にむかった。
テーブルには名酒と名高い迦楼羅のギフトボックスが置かれている。
「ブランデーなんて、飲んだことないくせに」
くらりが日本酒一筋なのは、黒峰どころか家来みんなが知っている。
本当は自分だって飲みたいだろうに、それを我慢して黒峰に譲ってくれたのだ。
「ありがとう、りっちゃん」
せっかくの名酒だ。どうせなら、うまい肴も欲しい。
「たしか牛肉と舞茸があったはず。バターと醤油で炒めるか」
そうひとりごちながら、黒峰は冷蔵庫を開けるのだった。
(続・阿保烏・完)
これからもゴクハナのエピソードは投稿していく予定です。




