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つめたい手 4

 午後8時20分――。

 ふゆはくは手代妖怪の運転する車で追株おいかぶちょう三丁目に向かっていた。

(あと数年したら、ぼくも夜の町を巡回しなくちゃいけないのか)

 煌白と霊盃(さかずき)をかわしたことで魔廻まわりにはなったものの、冬輝はまだ中学1年生。

 からだが弱いこともあり、巡回は許されていない。

(ぼくは錬影術(れんえいじゅつ)を使うことができない。けど……)

 冬輝は横目で煌白をうかがった。

 外出することもあり、煌白は着物ではなく、スポーツメーカーのウインドブレーカーやレギンスを着用している。

 さすがに緊張しているのか、その表情は固く、現金の入ったバッグを抱いた腕がかすかに震えていた。

(けど煌白さんがそばにいてくれたら、ぜったいにだいじょうぶだ)

 錬影術(れんえいじゅつ)はほとんどの魔廻まわりが使えるが、凍連いむらじ一族は使うことができない。

 その代わり、彼らは錬影術(れんえいじゅつ)でも錬明術(れんめいじゅつ)でもない、特別な妖術を使うことができるのだ。


 それから30分後――。

 途中で車を降りて、ふたりは歩いて鉄火てっか公園こうえんへ向かった。

 公園に着くと、ふたりでベンチに座り、スマホで動画を観るふりをした。

「冬輝さま、そろそろ時間です」

「うん」

 そのとき、不意に公園の空気がつめたくなった。

 だれかがむしろをかけたのだ。

「だれか来ます」

 煌白が耳元でささやいた。

 闇のなかからあらわれたのはロングコートを着て、黒い覆面を被った人物だった。

 身長は極導きわみちと同じ175センチといったところだろうか。

 性別はわからない。

 だが闇を背に立つそのすがたは、息が詰まりそうな威圧を(まと)っていた。

「カネは持ってきたな?」

 男の声だった。

「はい」

「よこせ」

「兄さんたちの無事を確認するほうが先です」

「いいだろう」

 男がコートのポケットから、10センチほどの人形をふたつ取りだした。

 ひとつは極導。もうひとつは花子を模した人形だ。

「せっかくの人質に逃げられては困るからな。ふたりとも人形になってもらったよ」

「そんな……」

「心配するな。あと1時間もすれば、元のすがたにもどる」

 言いながら、男は人形の頭についたボールチェーンを指にかけた。

「もっとも、全員ここで死んでもらうがな」

 その瞬間、男が砂場に向かって人形を投げた。

「あっ!」

 冬輝の視線が男から人形へ移る。

 それが男の狙いだった。

 人形に気を取られたせつすきをついて、男が冬輝に襲いかかってきた。

 男が冬輝につかみかかろうとしたそのとき――。

「冬輝さま!」

 煌白が冬輝と男のあいだに割りこんだ。

 いつのまにか、その手には氷のグローブがはめられている。

 その氷拳をすばやく振るって、煌白は男の顔に渾身の右ストレートを叩きこんだ。


 *   *   *   *   *


 そのこぶしは速く、強く、重かった。

 美しいフォームから繰りだされるストレートパンチ。

 それを受けた男がゴムボールのように後方へ吹き飛ぶ。

 だが、つぎの瞬間、

「ウオォォォン!」

 闇のなかからドーベルマンがはくめかげて飛びかかった。

「煌白さん、あぶない!」

 ふゆは煌白がつけている氷のボクシンググローブを鎖に変えて、ドーベルマンのからだに巻きつけた。

「キャウウン!」

 動きを封じられたドーベルマンが、その場にたおれる。

「すごい……」

 ひとつひとつの素子(部品)が精巧につくられた氷の鎖を見て、おもわず煌白は息をのんだ。

 不器用な自分はもちろん、ほかの雪女だって、あれだけ小さな素子を何十個もーーしかも太さも大きさもそろえてつくることはできないだろう。

錬氷術れんひょうじゅつ。氷のかたちを自在に変えられる妖術です」

 冬輝が説明した。

 この錬氷術れんひょうじゅつこそ、凍連いむらじ一族のみが使える特別な妖術なのである。

 と、そのとき、

「そこまで!」

 とつじょ、極導きわみちの声が聞こえた。

 声のしたほうを見ると、いつのまにか極導とはながトイレの建物の前に立っていた。

「兄さん! 無事だったんですね」

 冬輝と煌白はふたりに駆け寄った。

「冬輝、よくやったな」

 極導が冬輝をめると、

「くっち、やるぅ~」

 パンチのマネをしながら、花子も煌白をたたえる。

「あれ?」

「どうした?」

「たしか兄さんたちは人形にされたはずじゃ?」

 冬輝は砂場のほうを振りかえった。

 ふたりによく似た人形は取組に負けた力士のように、いまも砂場に横たわっている。

「だまして悪かったな。いままでのは、ぜんぶ芝居だよ」

「芝居?」

「ああ、いわゆる狂言誘拐きょうげんゆうかいってやつだ。ケイさん、ケンさん、お疲れさまです。もういいですよ」

「はぁ~い」

 いきなりコートの男が立ちあがり、覆面とコートを脱ぎ捨てた。

 男はコートの下に服はおろか下着すら着けておらず、肌はもちろん、その内側の筋肉や臓器まで丸見えだった。

 そう。男は人体じんたいけいだったのだ。

「安心して。あの人は悪い怪異じゃないから」

 再度ファイティングポーズを取ろうとする煌白を花子が制した。

「あの人はケイさん。からだはけい、心は乙女おとめの人体模型で、〈ほるまりん〉っていう校内スナックのママをしてるの」

 ケイは4人のもとへ来ると、

「煌白ちゃんのパンチ、想像以上にすごくて、びっくりしちゃった。あれなら本気でチャンピオンを狙えるわよ」

「あ……ありがとうございます」

「ダメージなら気にしないでね。わたし、再生能力だけじゃなくて、痛みを転送することもできるから」

「痛みを転送? どういうことですか?」

「かんたんに言うと、自分が受けたダメージを好きなところに飛ばせるってこと。自分で自分の心臓を握りつぶして、そのダメージを相手の心臓にあたえることだってできるのよ」

 うふふと笑いながら、ケイは模型の心臓を抜き取り、キスをした。

「ちょっとケンさん、いつまで鎖に縛られてるの。あなたも、この子たちにあいさつしなさいよ」

「わかっとる。ちょっと考えごとしとっただけや」

 ドーベルマンがしゃべった。しかも関西弁で。

「考えごとって何よ」

「いやな、〈ホスピにゃル〉でも、こんなプレイを――」

「こら、お子さまの前でそういう話はしないの」

 ケイが自分の股間――さすがに()()の模型はついていないが――を指ではじくと、

「おふっ」

 奇声をあげながら、ドーベルマンが太眉おじさん顔のチワワに変わった。

「彼は人面チワワのケンさん。いろんな犬に変身することができるの」

「じゃあ、さっきのドーベルマンも変身能力で?」

 冬輝がいた。

「ええ。ちょっとスケベなところもあるけど、悪い犬じゃないのよ」

 それを聞いて、冬輝は氷の鎖を外した。

「あんがとな、フユくん。ところで、きみ、ほんま、かわいい顔しとるな。今度、ネコミミカチューシャを――」

「いい加減にしなさい!」

 ケイが自分の股間を平手でたたくと、

「きゃううん!」

 情けない悲鳴をあげて、ケンがその場にうずくまった。


 *   *   *   *   *


 それから数分後――。

 ふゆは誘拐の真相を極導きわみちから教えてもらった。

「それじゃあ、誘拐っていうのは嘘で、みんなでぼくとはくさんを試してたんですか?」

「ああ。さっきも言ったとおり、これは狂言誘拐きょうげんゆうかいなんだ」

「じゃあ、あの脅迫状は?」

「おれがパソコンでつくった。875万円ってのははなのアイデアだけどな」

「いいでしょ? 花子の語呂合わせで875」

 花子が得意げに言った。

「じつはこの狂言誘拐を思いついたのは、うちのジジイなんだ」

総導すべみちさまが?」

「ああ。おれたちが凍連いむらじの屋敷に派遣されたのは、ふたりの相談に乗るだけじゃなくて、この狂言に参加するためでもあったんだ」

「それで、わたしがケイさんとケンさんに連絡して、ふたりに誘拐犯の役をしてもらったの」

 花子にうながされて、ふたりのほうを見ると、

「冬輝くんも煌白ちゃんも、怖い想いさせてごめんね~」

「ほんま、かんにんな」

 ケイとケンが申しわけなさそうにあやまった。

「ちなみにあの人形は、ギャルハナちゃんに頼まれて、わたしがつくったの。あとG・K団っていうのは、学校の怪異団の略ね」

 ケイが言った。

「これが狂言誘拐だってことは、もちろん凍連いむらじの人も知ってる。脅迫状だって、実際は門の前に落ちてたわけじゃなくて、屋敷を出る前に、おれがひとぞう眼吉がんきちにわたしておいたんだ」

 そして極導は冬輝の目線の高さに顔を合わせた。

「さっきの連携を見て、確信したよ。ふたりの心が離れることはない。電話でかんろうさんが教えてくれたことは嘘じゃないんだって」

 極導が冬輝の肩に両手を置いた。

 だが、それと同時に、

「うう……」

 頭の芯がしびれるような感覚に襲われて、冬輝はフラフラとよろめいてしまった。


 *   *   *   *   *


ふゆさま、だいじょうぶですか!」

 すぐにはくが冬輝のからだを支えた。

「だいじょうぶ。錬氷術れんひょうじゅつを使ったから、ちょっと熱が出たみたい」

 煌白の霊力を取り入れているが、それでも妖術による発熱を完全に防ぐことはできない。

 むしろ霊盃(さかずき)をかわしているから、よろめく程度で済んでいるのだ。

「煌白さんの手、やっぱりつめたいですね」

「え? あっ……」

 気づかないうちに、また煌白は冬輝の手を握っていた。

「でも、いまはそのつめたさがすごく気持ちいいです。だから握っていてください」

「冬輝さま……」

「こういうこと、きっと、これからもたくさんあると思います。だから、煌白さん。そのときは、いまみたいに、ぼくの手を握ってくださいね」

「はい」

「約束ですよ」

「約束します。わたしはこれからもあなたの手を握りつづけます」


 そのとき、むしろのかけられた公園に、どこからかつめたい風が吹きこんだ。

 それはもしかしたら、この町が冬輝と煌白に贈った祝福の風だったのかもしれない。


(つめたい手・完)



ゴクハナの新作エピソードは、これからも投稿していく予定です。


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