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【49話】つめたい手 3

 

 極導(きわみち)と花(はな)子(こ)が誘拐された。


 その報せが凍連(いむらじ)寒(かん)太(た)郎(ろう)に届いたのは翌日の午前10時のことだった。


 報せを届けたのは一(ひと)つ目(め)小(こ)僧(ぞう)の眼吉(がんきち)。


 凍連(いむらじ)家の屋敷に住む小(こ)僧(ぞう)(丁稚(でっち))妖怪(ようかい)である。


「こ、これが門の前に落ちていました」


 眼吉が持ってきたのは茶色の封筒。


 なかには、




御手洗(みたらい)極導(きわみち)と、その手組(てぐみ)の花(はな)子(こ)をあずかった。


返してほしければ、875万円をバッグに詰め、今夜9時に追株(おいかぶ)町(ちょう)三丁目にある鉄火(てっか)場(ば)公園(こうえん)まで持ってこい。


なおバッグを持ってくる人物は凍連(いむらじ)冬(ふゆ)輝(き)と煌(こ)白(はく)を指名する。


警察や御手洗(みたらい)家の魔廻(まわ)りに通報した場合、ふたりの命はないものと思え。


G・K団




 このような脅迫状が入っていた。


 寒太郎は、すぐさま書斎に冬輝と煌白を呼び寄せた。


「寒太郎さま、この脅迫状は本物なのですか?」


 煌白が訝(いぶか)しそうにたずねる。


「文章に手組(てぐみ)や魔廻(まわ)りといった単語が使われておる。イタズラではなく、これは本物の脅迫状じゃ」


「そんな……」


「G・K団という名を聞いたことはないが、おそらく怪異で構成された組織じゃろう」


「それでは花子ちゃんたちは本当に誘拐されたと?」


「うむ。9時ごろ、近くのコブンオヤブンに買い物をしにいくと言っておったから、そのときに連れ去られたのかもしれん」


 寒太郎がつらそうに顔をしかめた。


「おじいさまは要求をのむつもりですか?」


 冬輝がたずねる。


「むろん、そのつもりじゃ。冬輝よ、わしはかつて総導(すべみち)の兄貴に命を救われたことがある。その孫の極導くんのためなら、カネなど惜しくもなんともない」


「ぼくもです。兄さんのためなら、どんなことでもします」


「よく言った。さすがは凍連(いむらじ)の男じゃ。じゃがな、冬輝。わしも人の子。いかに極導くんのためとはいえ、大事な孫を危険な目に遭わせるのは――」


「ぼくは行きますよ」


 冬輝が強く言い放った。


「たとえ脅しだとしても、警察やほかの魔廻(まわ)りに通報したのがバレたら、兄さんたちの命があぶないかもしれない。ふたりを安全に返してもらうには、ぼくが行くしかないんです」


「しかし……」


「おじいさま、ぼくはひとりじゃありません。脅迫状には、ぼくと煌白さんのふたりで来るように書かれてます。ぼくには煌白さんがいます」


 そう言って、冬輝は煌白の顔を見あげた。


「煌白さん、いっしょに来てくれますよね」


 そのあまりにも強いまなざしに一瞬、煌白は、


「…………」


 言葉をうしなったが、すぐに、


「もちろんです」


 冬輝の想いに応(こた)えた。


「わたしは冬輝さまの手先(てさき)。どこへでもお供(とも)します」


 それから煌白は寒太郎に頭を下げた。


「寒太郎さま、冬輝さまはわたしが命に代えてもお守りします。ですから、どうか行かせてあげてください」


「おじいさま、お願いです。行かせてください」


 冬輝も同じく頭を下げる。


「おじいさま」


「寒太郎さま」


 しばしの沈黙が書斎に流れた。


「冬輝よ」


「はい」


「かならず、生きて帰ってくるのじゃぞ」


「約束します」


「煌白さん、冬輝をよろしく頼む」


「お任せください」


 面(おもて)をあげた煌白の目には決意と責任とが豪雪のように積もってた。



 *   *   *   *   *



 そのあとすぐ、冬(ふゆ)輝(き)と煌(こ)白(はく)は書斎を出た。


「あの、煌白さん」


 廊下に出て、すぐに冬輝が声をかけた。


「こんなときになんですけど、オススメのランニングシューズってありますか」


「え?」


「ぼくも煌白さんといっしょに早朝ランニングをはじめようと思うんです。だからオススメのメーカーとかブランドがあったら、教えてくれませんか」


「わたしが朝に走っていること、ご存知だったんですか?」


「はい。ランニングウェアの煌白さん、すごくカッコよかったです」


「あ、ありがとうございます」


 煌白は自分のほほが赤らむのを感じた。


「ぼく、からだも弱いし運動も得意じゃないから、いつか煌白さんに愛想を尽かされるんじゃないかって心配してたんです」


「愛想を尽かすって……そんなことありえません!」


 おもわず足元に霜(しも)を降ろしてしまうほど、煌白は必死になって否定した。


「運動が得意だとか不得意だとか、そんなこと関係ない。わたしは冬輝さまの手先(てさき)です。あなたのそばにいるのが務めです」


「ええと、煌白さん」


「愛想を尽かされるなら、それはむしろ芸術オンチなわたしのほうです」


「煌白さん、あの――」


「わたし、ランニングのほかに格闘技も好きだし、熱いサウナに入るのも好きです。甘口カレーが好きな冬輝さまとちがって、激辛カレーもよく食べます。冬輝さまとは趣味も好きな食べ物もぜんぜんちがいます」


「たしかにそうですね。ところで煌白さん――」


「雪や氷はあやつれますが、不器用なので複雑なものはつくれません」


「あ、それは初耳です」


「もちろん絵を描くのもヘタです。けど、わたしは冬輝さまの絵が好きです。見ているだけで心が温かくなって、やさしい気持ちになれるあなたの絵が大好きです」


 たとえ絵のことでも、冬輝に「好き」と言えたことで、煌白の心は解放された。


 ゆえに自分の本当の気持ちを口にすることができたのである。


「だから、わたし、これからも冬輝さまのそばにいたいです」


「つめたいです」


「え?」


「煌白さんの手、つめたいです」


 気づかぬうちに、煌白は両手で冬輝の手を握りしめていた。


「あ、ごめんなさい」


 あわてて手を離した。


「気にしないでください。それに手はつめたいけど、煌白さんの気持ち、ちゃんとつたわりました。だから、今度はぼくの気持ちをつたえますね」


 今度は冬輝が煌白の手を握った。


 つめたさの内に温(ぬく)もりを宿した不思議な手だった。


「ぼくも自分の描いた絵を煌白さんに見てもらいたい。だから、煌白さん。これからも、ぼくのそばにいてくださいね」


 冬輝が恥ずかしそうに、でも、しっかりと煌白の目を見て笑いかける。


「もちろんです。わたしはあなたの手先(てさき)なのですから」


 冬輝に笑いかけた拍子に――。


「あ……」


 煌白の目から、うれしなみだがこぼれ落ちた。



 *   *   *   *   *



 凹凸(おうとつ)はかたちが異なるからこそ、たがいに惹(ひ)かれ合う。


 それは人間も怪異も同じ。


 たがいに惹(ひ)かれ、知ろうと歩み寄ってきたからこそ、何百年にもわたって、両者は手を取り合うことができたのだ。


(ふたりの心が離れることはない)


 ふすま越しにふたりのやりとりを聞きながら、寒(かん)太(た)郎(ろう)は胸の不安が溶けるのを感じていた。



(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。


一つ目小僧はイタズラこそすれ、人間に危害を加えることのない比較的無害な妖怪です。


すがたが小僧であるのは、比(ひ)叡(えい)山(ざん)につたわる一眼一足(いちがんいっそく)法(ほう)師(し)という妖怪に由来するという説があります。


この一眼一足法師は、修行を怠(なま)ける僧を一つ目でにらみつけて戒(いまし)める妖怪と言われています。

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