つめたい手 2
霊力とは幽霊を見たり、妖術を使うのに必要なエネルギーのことである。
通常、霊力が人のからだに悪影響をあたえることはないが、まれに霊力のはたらきにより、発熱や目まいなどが引き起こされる体質の者もいる。
それが凍連一族である。
冬輝は生まれつき霊力が強かったこともあり、小さいころからよく体調を崩していたが、それも眠れば回復する程度のものだった。
だが思春期を迎えたころから、急激に霊力が高まったことで事態は一変。
ほんの少し妖術を使っただけで40℃の高熱に見舞われ、あわや三途の川を渡りかけたこともある。
「このままでは、この子の未来があぶない」
そう考えた当主の凍連寒太郎は「兄貴」と慕う総導に相談することにした。
「かわいい孫を救うためなんです。兄貴、力を貸してくだせえ」
威厳あふれる経営者の寒太郎も、総導と話すときは、つい昔の舎弟口調にもどってしまうのだ。
「どこかにあの子と霊盃がかわせるぐらい強い霊力を持った氷怪異はいませんかねえ」
代々、凍連家の魔廻りは雪鬼や氷室守といった氷怪異と霊盃をかわしてきた。
これは凍連一族のからだに流れる霊力と氷怪異の霊力との相性がよく、彼らの霊力を取り入れることで、症状の発生をふせいだり、緩和できたりするからである。
「お願いしますよ、兄貴」
「うむ。ほかならぬおまえの頼みとあれば、断るわけにはいかん。未来を担う魔廻りのためにも、ここはこの五光の総導にまかせておけ」
総導はまず冬輝の霊力の強さを測り、その後、彼と同じぐらいの強さの霊力を持った氷怪異の調査を開始した。
その結果、A県に住む雪女の煌白に白羽の矢が立ったのである。
それと同時におもしろいことがわかった。
なんと煌白は、御手洗家の女中頭を務めるましろの遠い親戚だったのだ。
もともと煌白はA県で家族と暮らしていたが、総導とましろの説得により、冬輝を救うことを決意。召霊陣で召喚されたのち、冬輝と霊盃をかわしたのである。
(これで、あの子の未来は守られた)
恥ずかしげに煌白の手を握る孫を見ながら、寒太郎の不安はなみだによって溶けていくのであった。
しかし……。
霊盃をかわして早7日。
またしても寒太郎の胸には不安が釣鐘の音のように重く響きはじめたのである。
(あのふたり、まさか、おたがいを嫌っているのでは?)
というのも、寒太郎はふたりが話しているところを見たことがないのだ。
最初のうちは、
(冬輝も年頃の男子。若くてきれいな女性と話すのが恥ずかしいのだろう)
などど能天気にニヤついていたが、1週間経ってもロクに口を利かないふたりを見ていると、さすがに心配になってきた。
(このままではまずい!)
そこで寒太郎は、再度、総導に相談したのである。
「せっかく霊盃をかわしたのに、ふたりがあんなんじゃ、いつ契約が破棄されるかわからねえ。兄貴、なんとかしてくだせえ」
「カン、心配なのはわかるが、これは当人たちの問題じゃろう」
「頼みますよ、兄貴。相談に乗ってくれたら、今度の祝賀会に招待しますから」
「おまえのところの祝賀会なら、もう出飽きた」
「そんなこと言わないでください。今度の祝賀会には箸本アンナちゃんも来るんですよ」
「なにぃっ!?」
「うちのCMに出てくれてる縁で招待したんですよ。あと濱辺ナナミちゃん、居間田リオちゃん、弘瀬アリナちゃんと妹のユズちゃんも招待してます。それから――」
「わしにまかせろ!」
というわけで歳の近い極導と花子が「相談役」として、泊りがけで凍連家に派遣されたのである。
もっとも、ふたりが派遣されたのは冬輝たちの話を聞くためだけではないのだが……。
午後10時。
極導と花子は客室で、冬輝と煌白のことを話していた。
「冬輝も煌白さんも、おたがいのそばにいたい気持ちは同じ。でも趣味が正反対だから、上手にやっていく自信がないってわけか」
「うん。部屋でくっちが話してくれたの。これだけ好きなものがちがってたら、おたがい、うまくいかずに、いずれユッキーはほかの怪異と霊盃をかわすんじゃないかって」
「冬輝がそんなことするかよ」
そうだ。冬輝がそんなことをするはずがない。
なぜなら彼は湯船で、煌白への想いを極導に語ってくれたからである。
それはこんな想いだった――。
* * * * *
「兄さん、屋敷の廊下に水彩画が飾ってあるの気づきました?」
「ああ。雪景色のやつだろ」
「はい。あれ、描いたのぼくなんです」
「え、マジで? おれ、てっきり有名な画家の作品だと思ってた」
「ありがとうございます。ぼく、偶然、夜中に煌白さんがあの絵を見てるところを目撃したことがあるんです」
「煌白さんはそのこと知ってるのか?」
「いえ。多分、ぼくが見ていたことに気づいてないと思います」
そして冬輝はうれしそうに口角をあげて、
「絵を見る煌白さんの目、すごくやさしくて、その目を見ていると、胸のなかにすごく温かい気持ちが湧いてきたんです。だから、ぼくは煌白さんにそばにいてもらいたい。あの人のやさしい目を、もっと見たいから」
* * * * *
「うわ~、尊すぎるぅ~」
花子が胸に手を当てて、目を潤ませた。
「その絵のことだけどね、くっちも話してくれたんだよ。はじめてあの絵を見たとき、雪景色なのに、描いた人のやさしさで、心がすごく温かい気持ちになったって」
「描いた人のやさしさか。たしかにあの絵、冬の景色なのに、なんか温かみがあったな」
「くっちは心配なんだよ。からだを動かしたり、スポーツの試合を観たりするのが好きな自分が、芸術肌のユッキーとうまくやっていけるのかって」
「冬輝もだよ。自分はからだが弱くて運動も得意じゃないから、いつか運動好きの煌白さんに愛想を尽かされるんじゃないかって心配してるんだ」
「あ、ユッキー、くっちが運動好きなこと知ってるんだ」
「ああ。早朝ランニングに出かけるところを何度か見たらしいぜ。冬輝のやつ、両親の離婚の原因がケンカってこともあって、大切な人に嫌われたり、愛想を尽かされたりするのが怖いんだよ」
「そうなんだ。でも、ぜったい、くっちは愛想を尽かしたりしないよ」
「冬輝だって、煌白さんとの契約を破棄するわけない」
そこでふたりはたがいの顔を見合わせた。
「ユッキーもくっちもおたがいのことは嫌ってない」
「むしろ好意を持ってる」
「けど好きなものは正反対」
「正反対だから、うまくいかないと思ってる」
「そして嫌われるのが怖い」
「それらを解決するためには?」
「ふたりで困難を乗り越える」
「そして絆を深め合う」
「さすればハッピー大団円!」
「てなわけで、花子。当初の予定どおり――」
「プランAだね」
「ああ」
ふたりは声をひそめて、なにやら打ち合わせをはじめるのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※雪女は冬に出現する妖怪で、青森県、山形県、秋田県、新潟県、長野県など、多くの地域に伝承があります。
雪女はこどもを抱いて出現することもあり、出会った者に「わたしのこどもを抱いてほしい」と頼んできます。が、じつはこの子の正体は雪ん子。子泣き爺のように抱くと次第に体重が増えていきます。この雪ん子の重さに耐え抜いた者は、雪女から無敵の怪力をあたえられるとも言われています。




