飲み屋の花子さん 6
「東浄一華」
不意に名前を呼ばれて、指詰大橋をわたっていた一華はうしろを振り返った。
「え……御手洗くん?」
自分を呼んだのは5メートルほど手前にいる極導だった。ほかに人のすがたはない。
「どうしたの、こんな時間に?」
「どうしてもあなたに会いたくてね」
目を細めた極導がニコニコしながら、こちらに歩いてくる。
「あなたが、この時間にここを通るのはわかっていましたよ。なんせ、毎日、川のなかから見てましたからね」
「え?」
「彼氏といっしょだったもんだから、帰りが遅くなるかもしれないと思ってたんですが、こうしていつもの時間に会えて、うれしいですよ」
「彼氏って、おるるのこと? ちがうの、あの人は――」
「そこのあぱーとに住んでるのも知ってますよ。その歳で一人暮らしとはなかなか立派なもんです。けど、いくら家賃が安いとはいえ、こんな物騒な場所で暮らすのはやめといたほうがいいですぜ。あっしみたいなのに襲われますからね」
極導がクククと笑った。
「ちがう……あなたは御手洗くんじゃない」
「ほう、わかりますかい」
「だれ? あなたは一体だれなの?」
「名乗るほどのもんじゃねえ。ただの外道ですよ」
そう言って、極導のすがたをした外道は、いきなり一華の手首をつかんだ。
「きゃあっ!」
「きょうは殺してから犯すって決めてたんだ。いっしょに来てもらいますぜ」
外道は一華を抱きかかえると、軽々と橋の欄干を飛び越え、そのまま川へ落下した。
* * * * *
指詰川に落ちると、流兵衛はわざと一華のからだから手を離した。
見る見るうちに一華が下流へ流されてゆく。
このまま溺れるもよし。岸に這いあがったところを絞殺するもよし。
流兵衛はからだを水に変え、一華の命の行方を見物することにした。
一華は必死に泳いだ。
服を着たまま、全身で黒い水を切り裂き、岸に向かって泳いだ。
泳いで、泳いで、泳いで――やっと浅瀬にたどり着いた。
なんとか岸にたどりついたものの、その時点で一華の体力はつきかけていた。
逃げようとしても立ちあがることができず、助けを求める声も出せない。
(仕上げといくか)
流兵衛はかわうそのすがたに化けると、岸にあがり、ずぶぬれの一華の首に手をかけた。
ぐっと指に力をこめる。
のどが絞まり、一華が大きく口を開けた。
「たす……け……」
ふり絞って出した声が、川の流れに掻き消される。
(これで終わりだ)
流兵衛はさらに指に力をこめた。
(つづく)
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