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【21話】飲み屋の花子さん 5

 

 3人はあらかじめ錬(れん)明術(めいじゅつ)でつくっておいた月光(げっこう)提灯(ちょうちん)を持って、部屋に入った。


 6畳の和室は余計なものがなく、よく整理されていて、いかにもきれい好きな男の部屋といった感じである。


 ゆえに全身が映るほど巨大な鏡が、白紙にたれ落ちた墨汁のような違和感を放っていた。


 だが、壁には違和感ではすまされない狂気が根を張っていた。


「なんだよ、これ……」


 壁に貼られていたのは黒髪の女性の写真。枚数は30近くもある。


「ミッチー」


「ああ。仮説が当たったかもな」


 ここに来る途中、極導(きわみち)は花(はな)子(こ)たちに仮説を話していたのだ。


 それはこんな仮説である。



 *  *  *  *  *



「流兵衛(りゅうべえ)さんが柳(やな)井(い)さんを殺した下手人(げしゅにん)?」


 仮説を聞いた花(はな)子(こ)が、すっとんきょうな声をあげた。


「ああ。もし、あの運び屋の鎌(かま)鼬(いたち)が柳井さんを殺した下手人(げしゅにん)なら、流兵衛さんにとって、絶対に許せない仇(かたき)だろ」


「うん」


「だったら、あいつとつながりのある、おせいのことを流兵衛さんが隠しておくはずがない。たとえ人違いだったとしても、いちおうジジイに報告ぐらいはするはずだ」


「たしかに」


「それをしなかったのは流兵衛さん自身がおせいで、鎌(かま)鼬(いたち)やほかの運び屋に魔廻(まわ)りの巡回時間やルートを教えていたからなんじゃないか」


「たしかに、ずっとこの仕事にたずさわっている流兵衛さんなら、それも可能だね」


「たとえ知らなくても、調べる手はいくらでもあるしな。柳井さんは、流兵衛さんが運び屋たちに魔廻(まわ)りの内部情報を教えていることに気づいた。それを知った流兵衛さんは鎌(かま)鼬(いたち)と協力して柳井さんを殺した」


「でも、流兵衛さんも、からだじゅうを斬られてたんだよね?」


 そう。頭を斬り取られた柳井のそばには、からだじゅうを斬られた流兵衛もたおれていたのだ。


「おそらく、それは偽装だな。柳井さんが死体で発見されたのに、いっしょにいた自分が無傷じゃ怪しまれる。だから急所をはずして、鎌(かま)鼬(いたち)にあさめの傷をからだじゅうにつけてもらったんだろう」


 長屋まであと少しと迫(せま)ったとき、


「柳井さんも流兵衛さんも同じ場所でたおれていた。なのに頭を斬り取られていたのは柳井さんだけだった。そのことに、もっと早く気づくべきだったんだ」


 極導(きわみち)はくやしそうにうなるのだった。



 *  *  *  *  *



 以上が道中での話である。


「若の仮説はおそらく正しいでしょう」


 見ると、豆蔵(まめぞう)が1冊の帳面を持っていた。


「これを見てください」


 豆蔵が帳面をめくる。


 最初のページには浮世絵風のタッチで30歳ぐらいの男が描かれていて、その上から赤い×がつけられていた。


「柳(やな)井(い)さんです。ここに名前が書かれています」


 ページの右上には【柳(やな)井(い)啓(けい)太(た) 6月12日 殺】と書かれていた。


 豆蔵がつぎのページをめくった。


 そこにもまた浮世絵風の若い女性が描かれていて、柳井同様、赤い×がつけられていた。


「薪積(まきづみ)萌華(もか) 6月18日 犯・殺」


 花子が読みあげる。


「犯・殺っていうのは、犯して殺したって意味かもしれないな。豆蔵さん、これをどこで?」


「たんすのなかです。あいつは昔から大事なものをたんすのなかに隠す癖(くせ)があったんですよ」


 豆蔵がつらそうに肩を落とした。


「これはおそらくあいつの殺人帳面でしょう。こうして殺した相手を記録しているんです」


 豆蔵がまたページをめくった。


 そのページに描かれていたのは萌華(もか)と同じ黒髪の女性。


 しかし×はつけられていない。


「え……」


 ページの右上を見て、極導(きわみち)は絶句した。




【東浄(とうじょう)一(いち)華(か) 6月19日】




「そんな……」


 手から提灯(ちょうちん)が落ちた。


「19日って、きょうじゃないか」


「ミッチー?」


「花子、すぐに屋(や)敷(しき)に電話だ」


「え?」


「ジジイに頼んで、動ける魔廻(まわ)りを総動員させるんだ。流兵衛は今夜、この人を――東浄(とうじょう)先生を殺すつもりなんだ」


 極導は東浄先生の似顔絵を指さした。


「名前の横に犯も殺もないし、×もつけられていない。いま動けば、犯行を防げるかもしれない」


「わかった」


 花子がスマホで総導(すべみち)と連絡を取っているあいだ、極導は焼けつくほどのいきおいで思考を巡(めぐ)らせていた。


(どこだ。流兵衛はどこで東浄先生を襲うつもりなんだ)


 極導は下手人(げしゅにん)の気持ちになって考えてみた。


(もし、おれが流兵衛なら、ひと気(け)のない場所で襲う)


 おそらく流兵衛は以前(まえ)から東浄先生のことを調べていたはずだ。


 たしか東浄先生は指詰川(ゆびづめがわ)の近くのアパートに住んでいた。


 あそこはひと気(け)も少なく、近くに住んでいる人も老人ばかりで夜は早く灯りを消す。犯行にはうってつけの場所だ。


(あそこの担当は浅(あさ)井(い)慎(しん)吾(ご)。さぼり癖(ぐせ)で有名な魔廻(まわ)りだ)


 魔廻(まわ)り見習いの極導でさえ知っているのだ。


 流兵衛なら、当然そのことも知っているはずである。


(これだけの条件がそろっているんだ。可能性はあるかもしれない)


「ミッチー、連絡とれたよ」


 花子が言った。


「非番の魔廻(まわ)りにも頼んで、動ける人で巡回を強化するって」


 だが、それだけでは犯行を防げないかもしれない。


 東浄先生を守るには、犯行が起きる前に流兵衛を捕まえるしかないのだ。


「東浄先生のアパートは指詰川(ゆびづめがわ)の近くだ。花子、おれたちはそこへ行くぞ」


「わかった」


「若、花子さん。わたしも行きます」


 豆蔵が申しでた。


「よし、3人で行こう」


 3人は急いで指詰川(ゆびづめがわ)へ向かった。


(頼む、無事でいてくれ!)


 走りながら、極導は月に願った。


 だが、その願いを消すように、夜空には不吉な雨雲が広がりはじめていた。



(つづく)



更新は毎日おこなう予定です。

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