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飲み屋の花子さん 4

流兵衛りゅうべえこそ日本一の(へん)()名人。(へん)()であいつの右に出る怪異はいませんよ」

 豆蔵(まめぞう)が上機嫌で言った。

「かなり前のことですがね、酔っぱらったあいつと夜道でばったり出くわしたことがあったんです。そのときに『かわうその(さか)()したぁ、うまそうだ。食ってやる』なんて冗談を言ったら、あいつ、いきなり七尺(約212センチ)はあろうかってぐらい大きな赤鬼に化けたんですよ。あのときは、わたしのほうが食われるかと思いました」

「へえ、あの流兵衛さんがねえ」

 おとっつぁんが信じられないといったふうに、あごを撫でた。

「でも、わたし、流兵衛さんがハゲデブおじさん以外に化けてるの見たことないよ」

 こつめが言った。

「あれは流兵衛が最初に霊盃(さかずき)をかわした、(いそ)(はち)っていう漁師の魔廻(まわ)りだよ」

「最初ってことは、江戸時代の人?」

「ああ。海の男なのに花見が好きな人でね。春になると流兵衛を誘って、よく花見に行ってたもんさ」

 魔廻まわりの正式名称はおうまわ同心どうしん。名前に同心とついているが、極秘につくられた役職ゆえ、本職の同心が就くことはほとんどなく、その多くは霊力を持った町人や農民で構成されていたのだ。

磯八いそはちは人にも怪異にも酒をふるまういい人だったけど、流行(はや)り病で亡くなってしまってね。そのあと流兵衛は(つる)(すけ)ってやつと霊盃(さかずき)をかわしたんだ」

 怪異との契約はどちらかが死亡した時点で破棄となる。相棒の交代はよくあることなのだ。

「けど、この(つる)(すけ)ってやつが悪い野郎でね。流兵衛が(へん)()の名人ってことをまわりに言わないのは、こいつのせいなんだ」

「どういうこと?」

「鶴介のやつ、流兵衛を好きな娘に化けさせて、毎日のように抱いてたんだよ」

「うえ~、気持ちわるっ!」

 こつめが手で口を覆った。

「流兵衛が自分の特技を他人に話さないのは、二度とあんな思いをしたくないからなのさ」

「なるほど」

「鶴介が死んだあとも、流兵衛はいろんな魔廻(まわ)りと霊盃(さかずき)をかわしたけど、あいつが(へん)()の名人だってことを知ってるのは、ひとりもいないんじゃないかな」

やなさまも?」

「たぶんね」

 豆蔵がお猪口(ちょこ)を口に運んだ。

「鶴介に抱かれたことを聞いたのは、こうしてあいつと飲んでいるときだったよ。泣きながら話してくれたけど、かなり酒が入っていたからね。あいつ自身、話したことは憶えてないんじゃないかな」

「じゃあ、そのことを知っているのは、ここにいるわたしたちだけ?」

「うん。自分から話しておいてなんだが、流兵衛のためにも、このことは人に話しちゃいけないよ」

 豆蔵がこつめに注意した。

「けど、おせいちゃんはたしかにいい女だった。鶴介でなくても抱きたくなる気持ちはわかる」

「おせい!」

「おせいだって!」

 はな極導きわみちが同時にさけんだ。

「豆蔵さん、流兵衛さんはおせいって人に化けさせられてたんですか?」

「ええ。おせいちゃんは(みず)(ちゃ)()の看板娘でね、愛想のほかに肉づきもよくて、男どもに人気でしたよ」

 豆蔵のほほが赤く見えたのは、酒のせいだけではないだろう。

「ミッチー」

「ああ。流兵衛さんはおせいのことを知っていたんだ」

「なのに、そのことをだれにも教えようとしなかった」

「おかしいよな」

「うん。おかしいね」

 なぜ、流兵衛はおせいのことを隠していたのだろう? 

 流兵衛にとって、柳井を殺した(かま)(いたち)は憎むべき(かたき)。そいつとつながりのあるおせいのことを黙っておくはずがないし、仮に人違いだったとしても報告ぐらいはするはずである。

「豆蔵さん、もしかして、おせいって人、怪異じゃありませんでしたか?」

「とんでもない。おせいちゃんは正真正銘ただの人間でしたよ」

 豆蔵が手を振った。

「よく、すがたを消して、あの子の顔を近くで見ていたんです。もしあの子が怪異や霊力のある人間なら、わたしの存在に気づいていたはずですよ」

「流兵衛さんはおせいのこと、どう思ってました?」

「よくは思ってませんでしたよ。なにせ、この子のすがたで鶴介に抱かれてたんですから」

 豆蔵が渋い顔をした。

(流兵衛さんはおせいのことをよく思っていなかった。もし、おせいが幽霊となって犯罪に手を染めたとしても、彼女を(かば)う理由はない)

 極導は思考をめぐらせた。

 そして、あるひとつの仮説を立てた。

「豆蔵さん、流兵衛さんがどこに住んでるかわかりますか?」

 仮説を立証させるには、流兵衛に真相を聞くしかない。

「ええ。あいつが住んでるのは怪異専用のボロ長屋です。店を出てちょっと行ったところにあるので、わたしが案内します」

 極導の質問や気迫のこもったまなざしから事件のにおいを感じ取ったのだろう。

 顔こそ赤いが、豆蔵はしっかりとした足取りで(たる)から立ちあがった。

「こつめちゃん。お代、ここに置いとくよ」

「え? あ、はい」

「若、花子さん。わたしについてきてください」

 流兵衛の住む長屋には5分ぐらいで着いた。

 ボロ長屋というのは嘘ではなかった。

 豆蔵によると、この長屋が造られたのは70年代。

 長年の雨風の影響で壁が黒ずみ、建物そのものが怪異なのではと思うような不気味さをただよわせていた。

「流兵衛さん、いますか?」

 返事はない。

「カギがかかってるな。花子、たのむ」

「わかった。ミッチー、豆蔵さん、あぶないから離れてて」

 花子はふたりがドアから離れるのを確認すると、

「どすこーい!」

 (もろ)()()きで木のドアをぶち壊した。

「な、なんだ!?」

 となりの部屋から、あぶらすましという妖怪が飛びだしてきた。

「あんたら一体――うわっ、なんじゃこりゃ!」

「ドアはあとで弁償するよ。請求書は御手洗(みたらい)宛てで出してくれ」

 3人はあらかじめ(れん)明術(めいじゅつ)でつくっておいた月光げっこう提灯(ちょうちん)を持って、部屋に入った。


(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。

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