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41話

 3層に降りた私達は、続く一本道を進む。代わり映えしない景色だけど、ぼんやりと辺りを照らす蒼白い光がさっきよりも少しだけ安心感を与えてくれる。

 少し狭い通路を進むその途中、前を歩くアウルさんがふと声を掛けてきた。


「アリスは魔法使いとしては元々階級が高かったり…………ってわけでもないか」

「えっ、あっ、はい…………魔法使い登録もしたばかりで、魔法使いとしての階級は全然………」

「そうか………やっぱり色々と凄いな」


 今の私に複数の事を同時にやる余裕は………あれ?お金もある程度貯まったし、余裕はあるかも?


「あるかないかで言えばあるでしょうけど、どちらにせよオルムに魔法使い連盟の支部はないみたいよ」

「…………そーなんだ」

「なにがだ?」


 私の相槌に、アウルさんが聞き返してくる。それに対して私は咄嗟に首を振って答える。


「あ、いえ………オルムに魔法使い連盟の支部はないってルナが言ってたので」

「…………確かにないけど、なんでネコがそんなこと知ってるんだ?」

「ネコだからよ?」

「聞こえなくても言うんだそれ」


 いつも通りと言えばそうだけど、まさかルナの声が聞こえない私以外の人の言葉にすら律儀に返すだなんて思ってなくて、私は思わずツッコミを漏らしてしまう。


「ルナはなんて?」

「ネコだからって言ってます」

「なんだそりゃ」


 やっぱり他の人からしても変に思うよね。なんて、私とアウルさんは一緒になって笑っていた。勿論、声は出来るだけ抑えてだけど。

 それにしても、やっぱり光がモンスターに認識されないと言うのが大きいのかな。さっきからモンスターがこちらに来る感じはしなかった。

 このまま何事もなければいいけど…………そう思いながら進んでいると、不意にアウルさんが立ち止まる。


「アリス、こっちをもっと照らしてくれるか?」

「わ、分かりました………」


 アウルさんの指示通り、火籠を少し掲げて壁のほうを照らす。すると、そこの石レンガの壁が少し削れてしまっているのが見えた。

 でもこれがどうしたんだろう?と思っていたら、アウルさんは真剣な表情で話し出す。


「ダンジョンの壁は、多少傷付いても時間と共に少しずつ修復されてしまうんだ。ドアもそうだから、さっきの部屋でやったのもそのうち直ってるかもしれないが…………それはともかくだ」

「傷が残ってるってことは、最近ここで戦いがあったってことですね………」

「あぁ。間違いない」


 つまり、やっぱりガウスさんは3層まで来ていて、つい最近までは確実に生きていたと言うこと。

 もしかしたら、他の冒険者が………って可能性がないとは言いきれないけど、今は護衛の仕事に冒険者は集中していてダンジョンへの挑戦者は殆どいないって話だったわけで。


「行こう。この傷の深さからしたら………長く見積もっても昨日か」

「じゃあ、4層までたどり着いてる可能性も…………?」

「無いとは言えない。ここで見つからなかったら、その時は一度どこかで休息を取ろう。もう数時間は歩き続けてるし、ここまで来たのに疲れで下らないミスをしたくない」

「…………そんなに歩いてたんだ」


 この世界に来たとき、私はたった30分歩いただけで音をあげていた。エルリンで活動をしているうちに、流石にそこまででは無くなってたけど…………今では、数時間歩いていたと言う自覚が無いほどだった。


「それは緊張で疲れを自覚しづらい状態だからよ。人の命が掛かっているからって、ずっと気を張っていたでしょう?」

「…………当たり前だよ」

「それを当たり前だと思えるその気持ちは大事にしなさい。失ってから取り戻すことは出来ないものだから」


 ルナの言葉はとても達観しているものだった。人の死、と言うのは今までの私には無縁なもので、これからも無縁であって欲しいと思ってる。

 勿論、こんな世界だから完全に無縁になれる訳じゃないし、本当に危なかった場面もこの目で見たこともあった。それでも…………


「…………なぁ、聞いてもいいか?」

「え?あっ、なんでしょうか?」

「なんで助けてくれるんだ?」

「へ?な、なんでって…………?」


 なんでって言われても…………すると、アウルさんは私の困惑した顔を見て続きを話し始めた。


「あんたの実力なら、正直俺が居なくても簡単にダンジョンは進めたはずだ…………だから、あんたには本来殆ど得にならない話だったと思ってさ。正直、あのお宝を見つけたときにあんたはもう帰りたがるんじゃないかって…………なんて、持ち掛けた俺が言うのもなんだけどな」

「…………」


 確かにここまでの道のりを思い返すと、最初に考えていたほどの場所ではなかったと言うのが正直な感想だった。

 ルナにはダンジョンならランクアップの近道に…………なんて言ってはみたけど、それなら護衛依頼をしていてもあまり変わらなかっただろうなって、本当は思ってた。でも、単純な話…………


「私は…………損とか得とか、そんな事で人を見殺しにするような人にはなりたくないです」

「………それだけなのか?」

「それだけ…………じゃ、ダメですか?」

「…………」


 私が尋ね返すと、今度はアウルさんが黙り込む。向こうの世界では、虐められてる私の事を知りながら見て見ぬふりをしていた人が殆どだった。だって、関わっても良いことなんかないって分かりきってるから。

 ここで勇気を出せなかったら、私はその人たちと同じになるだけじゃなく、自分を変えるなんて無理だと思ったから。


「それに…………」

「…………それに?」

「アウルさんの話を聞いてて、私もガウスさんに会ってみたいなって思いましたし…………家族のためにこんなに頑張れるアウルさんが凄く誇らしげに話す人ですから、きっと凄い人なんだろうなって」


 これは後から出来た理由だけど。アウルさんが話す立派なお父さんがどんな人なのか気になっていた。

 会って話をしてみたい。旅を続けるうちに起こる色んな出会いが、私を変えてくれる一つになるはずだから。

 そんな思いを込めて、私は笑みを浮かべてアウルさんに答えた。


「っ…………」


 すると、それを聞いたアウルさんは急に顔を反らしてしまう。あれ、なんか変なこと言っちゃった…………?なんて思ってたら、彼はそのままゆっくりと話し始める。


「そうだな…………親父もきっとあんたの事を気に入るよ」

「そ、そうですか?…………そうだと嬉しいですね。ですから、絶対にガウスさんを助けましょう!」

「…………あぁ!絶対にだ!」


 私達は覚悟を新たに声を上げ…………そのせいで、私達の存在に気付いた大量のモンスターの群れに襲われることになってしまった。

 そんなハプニングを何とか切り抜けつつも私達は3層の探索を続け、一通り見て回ったけどガウスさんの姿はなくて。4層へ続く階段に一番近い小部屋の中で、少しだけ休息を取ることになったのだった。





――――――――――――――――――――――――




 アリス達がダンジョンに潜って数時間が経った頃の事。既に日の沈んだオルムの街の領主の館で、二人の男が机を挟んで対面していた。

 一人はまだ30代半ばと言った外見だが、対面するのは50代ほどのややふくよかな体型をしつつ、整った身なりの男だった。

 そして前者の男はこのオルムのギルドマスターであり、彼の前にいるのは当然…………


「このような時間にお呼びになるとは、一体どのような用件でございましょうか。領主様」

「どのようなも何も、まさか分からんとは言わせんぞ。儂の耳にまで入った冒険者を、ギルドマスターのお前が知らんなど有り得んだろう」

「………となると、アリスさんの事ですね」


 今のオルムの街では林業は最も重要と言っても良い産業だ。となれば、そこで起こった細々とした出来事は領主に報告が行われるのも当然だった。

 先日のアースドラゴンの出現も彼の耳に入っており、その件を少しでも調べれば一人の冒険者に辿り着くのは不思議な事ではない。


「そうだ。そんな名だった。そいつはどうなっている?魔法使いで新人の小娘だと聞くが、Bランクの竜種を単独で撃破だと?更に聞けば、それ以前の護衛でも大きな戦果を挙げているそうだが」

「えぇ、それは間違いありません。アリスさんの戦果は、期間に対して考えればこの街にいる誰よりも最も高いスコアを出している冒険者だと言えます」


 領主はその言葉を聞いて小さく唸る。そして、とにかく少しでも情報が欲しいと考えた彼はゆっくりと口を開く。


「………出身は?」

「過去の経歴については一切不明です。約3ヶ月ほど前にエルリンの冒険者ギルドで冒険者登録をしたというのは把握していますが、それ以前の話は一切」

「馬鹿な。それほどの魔法使いに聞き取りの一つもしなかったと?」

「一度エルリンのギルドで断られているそうです。恐らく、私達が聞いたところで同じ結果でしょうね。ギルドは個人に対して経歴の開示を強制できるわけではありませんし」


 ギルドマスターの言葉に領主は腕を組んで考え込む。現在のオルムでは優秀な冒険者はいればいるほど良い、というのは言うまでもない。厳密にはオルムに限らないのだが。

 同時に冒険者にとって絶好の仕事場を提供しているとも言えるオルムには、そんな冒険者達が集まる土壌が出来ているのだ。そんな冒険者達を差し置いて、話題をかっさらったのは16歳の少女だと言うではないか。それも、常軌を逸する魔法を使うと。

 野放しにしておくのはあまりに惜しい。言葉を選ばずに言うのであれば、首輪を付けて置きたいと思うのは当然と言えた。


「その娘はオルムに定着しそうか?」

「どうでしょう。しかし冒険者の定着率が高いと言われるエルリンからわざわざオルムに来たのですから、旅を始めたと見るのが妥当かと」

「となると、自然に街に居付くのは期待できんか」

「恐らくは」


 それなりの期間、色んな冒険者を見て来たギルドマスターとしては彼女のような冒険者は突然現れては風のように去っていく。そして、いつの間にか遠くから噂が聞こえてくるようになっている。

 そんな冒険者のように思えた。ただの勘と言われればそれまでだが。


「ギルドを通してここにそいつを連れてこれるか?」

「要請、という形であれば可能ですが………どちらにせよ、今は不可能でしょう」

「なに?不可能だと?」

「えぇ。アリスさんは一人の冒険者の父親を助けるために、その方と共にダンジョンに行ってしまいましたから」



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