42話
「アリス。そろそろ時間だ」
「ん………ん?あ、アウルさん………おはようございます」
「おはよう。すまない。もう少し寝てたいだろうけど、そろそろ親父を探さなきゃ」
「ふわぁ………大丈夫、です………うん。よし、行きましょう」
目を擦りながら立ち上がると、私の肩にルナが飛び乗る。交代で3時間だけの睡眠だけど、それでも6時間。壁の傷を考えると次のフロアにいる可能性が高いけど、これ以上時間を無駄にできなかった。
小部屋のドアをアウルさんが開けて、周囲を見渡した後に私を見て頷く。周囲にモンスターの気配は無いみたいだった。それを見た私は幽玄の火籠を取り出して明かりを灯して一緒に部屋を出た。
「………昨日は酷い目に遭ったな」
「ゆ、油断しちゃいましたね………」
「全くだ………ったく。あんたが居なかったらどうなってたことか」
「えへへ………お役に立ててうれしいです」
そんな話をしながら昨日見つけた階段に辿り着くと、私達はすぐに下へと降りていく。アウルさん曰く、普通ならこの辺りで物資や武器が持たなくなってくると言っていた。
「ガウスさんはダンジョンに何を持ち込んだんですか?」
「水と食料とポーション。なるべく戦利品を多く持ち込めるように大きなバッグパックを持って行ったから、それなりに量はあったと思うけど………」
「そんな荷物を抱えて単独で4層まで辿り着くなんて凄いですね………」
「ま、伊達に長く冒険者やってないってことだな」
なんて話していたら4階層へと着く。すると、肩にいたルナが少し真剣な雰囲気を纏って声を掛けて来た。
「………空気が変わったわね。アリス、少し気を引き締めなさい。ここから現れるモンスターは、前までより少し手強いと思うわよ」
「ん」
「ルナが何か言ったのか?」
「ここから、少しモンスターが手強くなるそうです」
「………そうか。無事でいてくれよ、親父」
私達は気を引き締め直してダンジョンを進む。さっきまでが気を緩めてた訳じゃないけど、昨日は油断したばっかりに酷い目に遭ったし。
なるべく息を殺しつつ、周囲の気配を探っていた時だった。喋っていたら聞こえていなかったであろう、ほんの僅かに風を切る音が聞こえて私は息を呑む。
「………!」
「来るわよ!」
「分かってる!アウルさん!」
「っ、了解!」
私はアウルさんの名前を呼んで結界を作り出す。それによって弾かれたのは、数本の矢。風の魔法が掛かっていたのか、地面に落ちた時にふわりとそよ風が凪いだのが印象的だった。
「矢に風魔法………迷宮の守り人か!!」
「め、迷宮の守り人?」
「ダンジョンに現れる固有種ね。黒い外套に身を包んだ人に近い見た目をしているけど、れっきとしたモンスターよ。先に言っておくけど、外見が人に見えるからって躊躇ってはいけないわ。耐久力はあのドラゴンの足元にも及ばないとはいえ、Bランクのモンスターなんだから」
「………!」
Bランクと聞いて、私は杖を持つ手に力が入る。取り敢えず、このままじゃ一方的に攻撃されるだけだ。相手は暗闇の奥にいる………だったら。
「行って!」
私は火籠を掲げて声を上げる。すると籠の中から蒼白い炎が7つ、籠を通り抜けて外へと放たれた。昨日のモンスターの襲撃で試した様子だと、この火はCランクのモンスターを2発で倒せるくらいの威力があった。耐久力はランク区分への影響は比較的小さいし、中にはCランクより打たれ弱いBランクもいるけど大雑把な指標になるのは間違いない。
「――――」
暗闇を引き裂いて飛んでいった蒼白い炎が2人の人影を映し、弓を持っていた1人の男性に7発とも命中してその身を焼く。モンスターだと言われたとはいえ、その外見はやっぱり人にしか見えない。
私は一瞬だけ動揺してしまって動きが止まったけど、その身体が徐々に影に溶けるように消えていくのを見て本当に人じゃなかったんだと少しだけホッとする。けれど、そんな一瞬の隙もBランクのモンスターにとっては見逃す事が出来ない隙だった。
「来るッ!!」
アウルさんが剣を構え、影の中から飛び出て来たダンジョンの守り人の剣を受け止める。私は慌てて攻撃を開始しようとしたけど、剣戟を交わす2人が私の予想を超えて大きく動くせいで、「もし誤射をしてしまったら」なんて考えが魔法を放つ判断を遅らせてしまった。
「アリス!しっかりしなさい!攻撃ができないなら、せめて今出来る事で彼の力になりなさい!」
「っ!」
ルナの叱責に私は息を呑む。そして、今出来る一つの魔法が頭に過ぎった。誰かに対してこんな魔法を掛けるのは初めてだ。
けれど、アウルさんはDランクで、相手はBランクのモンスター。既にアウルさんは押され始めていて、この短時間で身体に幾つもの傷を刻まれていた。二人の間で再び鍔迫り合いが起こる。それでも、その力の差は圧倒的だった。
「くっ………っそ!」
「――――!!」
グズグズしていられない。そう思った私は、必死にイメージを固めながら叫ぶ。
「『強化』!!」
その時、アウルさんの体を黄金のオーラが包み込む。そして、その変化は明らかだった。圧倒的に押されて彼の目前まで来ていた剣を、アウルさんが押し返し始める。
「っ………はっ、こりゃあ………負ける気がしないな!!!」
「――――!?」
アウルさんはそのまま剣を振り抜き、迷宮の守り人の剣を弾く。しかし、すぐに迷宮の守り人はその反動を利用して袈裟斬りを放つけど、アウルさんはそれを最小限の動きで躱し………
「こいつで………終わりだ!!!」
「――――」
剣に魔力を込め、先程までだったら信じられない程の速度で守り人の懐に飛び込み渾身の一撃を浴びせる。その一撃で守り人はその姿を影のように消し、アウルさんは肩で息をしていた。そんな彼に慌てて近付いて、私は頭を下げる。
「そ、その、ごめ――――」
「アリス、謝るのは無しだ。元々、ここまで来れたのはあんたのおかげだしな。少しくらい体を動かしたいと思ってたし、丁度良かったさ」
「あ、え、と………」
私が言葉に迷って視線を右往左往とさせると、アウルさんは自分の手を見て話し始める。
「それにしてもこれ凄いな。何でも出来るんじゃって思うくらい力が湧いて来るぞ」
「え、あ………そ、うですか?」
「あぁ。正直、アリスのおかげとは言えBランクのモンスターと正面から戦って勝ったなんて、ちょっと嬉しいしな。だから、本当に気にしないでくれ」
「………はい。ありがとうございます」
けれど、やっぱりこれは個人としては反省しなきゃいけない。理由があったとしても、私の一瞬の判断の遅れがアウルさんを危険に晒してしまった。
もし、あのまま何も出来ずにアウルさんが目の前でやられてしまっていたら。そんな想像をして私の背中に冷たいものが走った。
「………あっ、その、傷の手当しますね」
「あぁ、すまない。頼む」
私のせいで私一人がどうにかなってしまうならまだ許せる。勿論怖いし、その時になったらきっと後悔はするだろうけど。でも、私のせいで誰かが死んでしまうのは絶対に許せない。
今回のダンジョン攻略の中で私は少し成長したんじゃないかって感じることがあったけど、実際はまだ足りてない事ばっかりで。
もっと強くならなきゃ。今度こそ、ちゃんと誰かを守ることが出来るように。そんな目標が私の中で出来ていたのだった。




