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36話

「………分かりました」

「っ、じゃあ………!?」

「はい………ダンジョンに同行します」


 私がそう答えると、アウルさんの顔が希望に輝く。勿論、ダンジョンは危険な場所だってことは分かってる。

 けど、十分に準備をすれば備えられる危険であるとも言われているし、何が起こるかも分からないあの森の奥に行くよりはまだマシに思えた。

 何より、詳しい事情を聞いてしまった以上はここで見捨てるのは心苦しいから。


「そう言うところが甘いのよ、あなた」

「………別に打算がない訳じゃないよ。ダンジョンの攻略なら、ランクアップにずっと近道出来ると思うし」

「…………はぁ。そういうことにしておいてあげる」


 とにかく、行くと決めたなら幾つか確認しなきゃいけないことがある。そう思って話そうとした時、先に話し始めたのはアウルさんだった。

 

「………さっきから気になってたんだが、もしかしてそのネコと話せるのか?」

「え、あっ、はい………使い魔のルナっていいます」

「そうなのか………」


 ルナと話せると言うのは使い魔と言えば納得して貰えるし、変なことではないらしい。

 実際、私が黒猫を使い魔として連れていると言うのが広まってからは、人前でルナと話していても変な顔はされなくなったし。

 けど、それは置いておいて。


「えっと、私以外に声を掛けた人はいるんですか?」

「っ、その…………それなりに腕が立つ奴らに声は掛けたけど、全部断られた。護衛の仕事の方が、今は重要度が高いってな」

「じゃ、じゃあ二人だけでの攻略ってことですか?」

「…………悪い。そうなる」


 顔を俯かせ、頭を下げるアウルさん。ソロで潜る人もいるらしいから、不可能では無いんだろうけど…………色々と困ることもある。その一つが………



「…………トラップとかはどうするんですか?」

「そこは任せてくれ。親父からトラップを見抜くスキルと、解除するスキルは教わってるんだ」

「分かりました………お父上の事を考えたら、早めに出発した方がいいですよね?」

「あぁ。ダンジョン攻略の申請手続きをしたら、準備してすぐにでも行こう」

「分かりました」


 ダンジョン攻略に申請なんて必要なんだ。今すぐ出発、ってなるかと思ってたけど。


「ダンジョンは存在する地域にある冒険者ギルドが管理しているわ。その方が冒険者の動きを把握しやすいもの」

「…………犠牲者、とか?」

「そうとも言うわね」


 ………不謹慎なんだろうけど、だったらギルドにはダンジョンに潜ってから帰ってこなかった人たちの名簿があるはずだ。

 その中に私の名前が載りませんように。そう願いながら私とアウルさんはカウンターへと向かう。いつも私が対応してもらってるフェリさんとは別の人だ。


「こんにちは、アウルくん。そこのアリスちゃんと何かあったみたいだけど………大丈夫?」

「大丈夫だ。今日はアリスとダンジョン攻略の申請をしたいんだけど」

「………もしかして、ガウスさんを探しに行くの?」

「………あぁ」


 アウルさんが肯定すると、受付嬢さんは少し眉を顰めてため息を付く。そして、姿勢を正して話し始めた。


「はぁ………いい?アウルくん。ギルドとしては、ダンジョンで行方不明になった人の捜索は推奨してないわ。生きている保証はないし、怪我人ならその人を守りながら外まで出なきゃいけないのよ。あなたはDランクとは言ってもまだ若いでしょう?あなたの気持ちは分かるし、私としても心苦しいけど………期待の若手をこんなことで失いたくないわ。それに、出来る事ならアリスちゃんには護衛の方を頼みたいと思ってるんだけど………」


 無情とも言えるけど、どこか苦しそうな表情を浮かべた受付嬢さんの言葉にアウルさんが唇を噛む。でもすぐに彼は拳を固く握って、睨むと言っても間違いではないほど強い瞳で受付嬢さんに向き直った。


「それでも………それでも、俺を一人前の冒険者に育ててくれた親父なんだッ!!あの人が居なかったら、俺は冒険者になる夢を諦めるしかなかった!!何を言われても諦めないぞ!!もしここでアリスの同行を認めないって言うなら、それでもいい!!俺一人でも行ってやるッッ!!」


 ギルドに響き渡る怒号。そのあまりの気迫に受付嬢さんは言葉を失って、周りの冒険者達も無言で彼に視線を向けていた。

 彼の叫びには、絶対に引かないという意志があった。多分、ここで何を言っても本当に彼は一人だろうとダンジョンに向かうだろう。それくらいの覚悟があることを、誰もが予感していたと思う。

 だから、私も言わなくちゃ。自分で決めたことを言うくらいしなきゃ、実力以前に彼に同行するには相応しくない。


「………その、すみません。護衛の依頼がどれくらい重要かは分かってます。でも私の力で助けられる人がいるなら、私は助けてあげたいんです。だから、私も申請をお願いします」

「………そう。申請が自分の意思なら、ギルドはそれを拒否する権利はないわ。登録はしておくけど………二人共、行くなら絶対帰ってきてね」

「当然だ」

「はい、勿論です」


 それから私達はダンジョン攻略の登録をしてギルドを出た。アウルさんは準備があるから、1時間後に街の正門で集合だと言っていたけど、私が用意する物は特になかった。

 いつも必要な物資は異空間に入れてるし、旅のために買い込んでおいた食べ物や水だけでも数週間分はあると思う。ポーションの類も要らないし………1時間どうしようかな。


「あら、なら昨日言っていた竜の心臓を使いましょうか」

「………ねぇ、本当に何するの?」

「そうねぇ………あなたにとって必要な事よ。ただ、街中ではやらない方がいいでしょう。少し街の外に出て、人目に付かないところへ行きましょう」

「ん、分かった」


 結局何をするかは教えてくれない。まぁ、昨日も考えたけど私を貶めるようなことはしないはずだし。今はルナの言うとおりにしよう。そう思った私は一足先に正門から外に出る。

 向こうは樵さんの仕事場だから、その反対側の森に行けばいいかな。人目に付かなければいいわけだし、そこまで深くまで行かなくていいだろうし。そう思った私は森に入って、手ごろな空間を見つけて立ち止まる。


「ここでいい?」

「えぇ、ぴったりよ。それじゃあ、竜の心臓をここに置いてくれるかしら?」

「分かった」


 ルナの言葉に従って、私は地面に竜の心臓を置く。こんなところで何をするんだろうと思っていると、ルナが私の肩から飛び降りて心臓の隣に座る。黒猫の隣に巨大な心臓があるという光景に何と言えばいいか分からないけど、とにかく異様だった。


「アリス。この世界の人間は向こうの世界に比べれば随分と屈強なのは分かってるでしょう?」

「え?うん………分かってるけど」

「でもね。あなたはまだ実感が無いと思うけど、ここの人間は環境の違いでは説明がつかないほど身体能力が基本的に高いのよ。この前のエルクが良い例ね」

「………確かに」


 あまり気にしていなかったけど、ドラゴンの巨体を生身で受け止めるなんて普通じゃない。考えてみればあんなのトラックを受け止めるようなものだ。


「じゃあ問題よ。こっちとあっちの世界での一番の違いは?」

「う、うーん?………魔法?」

「惜しいわ。答えは魔力よ。魔力は単なる魔法やスキルの対価というだけじゃなく、身体能力にも影響があるの」

「………でも魔法使いは接近戦が苦手なんでしょ?」

「それは肉体に回す分の魔力を魔法適正に振っているからよ。最低限の頑丈さは得ているけど、筋力にはあまり補正を受けていないわ。そして、向こうの世界に生きている人間は魔力と肉体が紐づいていないの。ここまで言えば、今からすることが分かるかしら?」


 ルナが確認するように言う。私も流石にここまで言われたら、ルナが何をするつもりなのかは察する事が出来て、小さく頷く。


「………私が持ってる魔力を、身体に紐づけるって事?」

「そうよ。これからの戦いはもっと激しいものもあるでしょう。そんな中で、たった一本の矢で致命傷になるような肉体じゃどうしようもないもの」

「………まぁ、そうだけど」


 つまり、この世界の人は弓矢くらいだったら何本か受けても生きていられるのかな?凄いなぁ………けどそれが前提になってるなら、確かに少しくらい体は強くなきゃやっていられないと思う。

 でも、攻撃を受けるってことは勿論痛いって事だし………怖いな。


「あなたの魔力があれば、もしかしたらパンチ一発で木を折れるくらいの力になるかもしれないわね」

「そ、そんなに?」

「えぇ。あまりそんな戦い方はしてほしくないけれど」

「そ、そっか………私もあんまりしたくないけど。それで、魔力と体を紐づけるのにそれが必要なの?」


 私は竜の心臓を指差す。すると、ルナは正解と言わんばかりに笑みを浮かべて頷いた。


「そうよ。この地に根付いた生命の膨大な魔力をあなたに移す事で、あなたはこの世界と同じ生まれの体質になる事が出来るの」

「か、体を作り替えるって事?」

「………どちらかと言えば、世界そのものからの認識を変えると言った方が正しいけれど。細かい事はいいでしょう。とにかく、危ないことは無いと約束するわ」

「そ、そっか………うん。じゃあ、お願い」


 私がそう言うと、ルナが瞳を閉じる。暫くの静寂が周りを包んだ次の瞬間、竜の心臓を中心に大きな魔法陣が浮かび上がる。いったい何が起こるんだろう。そう思っていると、魔法陣からもやもやとした光が私の方へとゆっくりと伸びてくる。

 その様子が少し怖くて腰が引けてしまったけど、何とかその場に踏みとどまる。私にその光が集まって、私の中へと消えていく………けど、特に感じないかも?なんて思っていたら、不意に魔法陣が消える。


「え?終わり?」

「えぇ。終わりよ」

「………もっと何かあるかと思ってた」

「別にあなたを作り変える訳じゃないもの。竜の魔力を受け継いだせいで、魔力はかなり増えているけど」

「………大丈夫なの?」

「魔力が後天的に増えることはさほど珍しくはないし、大丈夫じゃないかしら。元よりあなたの魔力は多いもの」


 そんなに私の魔力って多いの?全く実感が無いんだけど………こっちの世界と同じ体質になったって言っても、別に何か感じる訳じゃないし………


「それは仕方ないわ。魔力はこれまでのあなたの人生に全く関わりが無かった存在だもの。もう既に今までの感覚が身についてしまっている以上、これから自力で魔力を扱うなら人並み以上の努力が必要よ」

「そっかぁ………」

「まぁ、わざわざそんなことを頑張るより私の力に頼った方がいいと思うけど。そもそもあなたに魔法適正があるかどうかも分からないし………そこの木を叩いてみたらどう?」

「えぇー………痛そう………」

「大丈夫よ。それだけの魔力があるんだから、全力で叩いたりしない限りは痛くないと思うわ。さっきも言った通り、木の方が音を上げるかもしれないわね」


 あんまり気が乗らないけど………確認のためにもやっておかなきゃいけないよね。そう思った私は近くにあった木に近付く。どれくらい強くなったか分からないけど、取り敢えず私が痛くなさそうなくらいの力で………


「て、てい!!」


 情けない声と共にそれなりに力を込めて拳を付きだす。確かに今までよりちょっとだけ力が籠っていたというか、パンチの速度は速くなってる気がした――――


「あ、あれ?」

「………」


 けど、私が叩いた木はうんともすんとも言わない。立派に聳え立ったそれは、何かしたか?と言わんばかりだ。

 あれだけルナに持ち上げられたのにこの結果は流石に少し拍子抜け………なんなら、もしかして失敗したんじゃ?なんて不安が込み上げてきてルナに視線を移す。






「………そんなまさか。これだけの魔力があって、力が殆ど変わってない?そんなこと有り得ないわ………これが本当なら、やっぱりこの子は………」

「る、ルナ?なに?どうしたの?もしかして失敗………?」

「………いえ。儀式は成功しているはずよ。痛みへの耐性と頑丈さは前より上がっているはず………だもの。筋力が上がらなかったのは予想外だけど、あなたは正式にこの世界の人間になったのよ」

「そ、そうなんだ?………えっと………そっか」




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