16話:初討伐クエスト(中編)
足元の悪い森の中を走り回りながら、俺は全身に湧き出る鬱陶しい汗を拭う。その癇に障るような汗が体を動かしていることで発生した汗なのか、それともスイを見失ったことによって生じている焦りからくる冷や汗なのか、それは俺にも分からない。
しかし、今はそんなことなど至極どうでもいい。いつの間にか姿を消してしまったスイを、一秒でも早く見つけたい。それが今俺が願っている最上級の望みだ。
「――スイ! どこだ!? どこにいる!!」
「スイくーん! スイくんー!!」
森の中を走りながら、俺は只管に叫び続ける。
――どうしてこんなことになったのか。きっと、今の俺の頭の中にはその疑問と焦りしかない。
いつもはスイに何かあったらすぐ気付いていたはずなのに、今日はいなくなったことにすら気付かなかった。
「スイ! 頼むから返事してくれ! スイ!」
今日の俺と、普段の俺。その双方に、何か相違点はあっただろうか?
先ず、今日は宿で起きて朝食を済ませた。この時はいつも通りスイも俺の膝にいたはずだ。それからギルドに行って、ゴブリン討伐のクエストを選んだ。この時にもスイはいた。
――だとしたら、森に入ってから? でも何で? この森に入ってから、スイに話しかけられたことは無いはず。何か寄り道するなら俺に言うはずだし、いつからいなくなった? どこがいつもと違った?
「――スイくん! スイくんー!!」
――!
頭を悩ませながら叫んでいると、俺は隣で一緒にスイを捜してくれているリュカが目に入った。
――リュカ、か?
これまでと今日の相違点――それは、リュカの存在か?
昨日と今日、この二日間で普段と違うことがあるとしたら、それはリュカの存在が大きい。他にも探せば小さなことは見つかるだろうが、今はそれしか見つからない。
それに、昨日からのスイの態度。いつもは明るいスイがどこか萎れていたのは、単にリュカがいるからじゃなかった。
「――俺が、最近スイと話してなかったからか……!」
グッと力を入れて手のひらを強く握り締め、俺は奥歯でギリギリと歯軋りした。
リュカと会うまで、王宮に行くまでは、ほぼ一日中一緒にいた。たった数日とはいえ、数日間寝る時もずっと一緒にいたのだ。それなのに、王宮にいる間はずっと鍛錬ばかりで、スイと一緒にいられたのはご飯と風呂、それから寝る時だけ。一日の半分しか一緒にいられず、それが一週間続いた。
そしてその一週間が終わり、王宮から出た昨日と今日。馬車の中も、クエストの最中も、宿の中も、今日ここまでの道中も、俺は殆どリュカと話していた。
早く仲良くなるためとはいえ、結果的にはそれがスイを放置する形になってたんだ。
『――もー。だから言ったのにー』
「――ッ!?」
オーバーヒート寸前だった俺の頭の中に、一縷の声が走った。消えかかりそうな小さな声だったが、俺の頭はその言葉を明確に理解した。
「――スイ!」
――いや、違う。スイじゃない。口調はスイに似ているが、スイのものではない。
「――この声、ティフォか? ティフォなのか!?」
――――
俺に能力やリュカ、スイを与えてくれた全能の神、ティフォ。それらしき声に辺りを見回すが、ティフォがいる気配はない。
それはそうだ。いくら神とはいえ……いや、紙だからこそ、一つの世界、一人の人間に固執し過ぎるのは良くない。こっちの世界に直接来て干渉することは、出来たとしてもやってはいけないことだろう。
『――同なら全て均等に、全に等しく愛を与えよ』
ティフォが頭に過った直後、その言葉が俺の頭の中に続けて走った。
これは、人生初の神託の時に貰ったティフォからの神託だ。強くなるため、俺はセバスさんの神託ばかりを意識していた。
でも、ティフォだって全能の神なのだ。普段の性格を覆してまで、意味の無いことを言うわけがない。この神託も、俺に必要な事だったのだ。
「――『同なら全て均等に、全に等しく愛を与えよ』、か。今考えれば、こっちの方が大事じゃねぇか」
自分が強くなるためという利己心に捕われ、俺はティフォの神託を忘れかけていた。
『同なら全て均等に、全に等しく愛を与えよ』
俺にとってこの場合の『同』は、スイとリュカを意味する。この二つの存在に優劣も何もなく、どちらも俺にとって等しく大切な存在。
だからこそ、リュカばかりに偏ってはいけなかった。スイを放置してしまうようなことなど、してはいけなかったのだ。
「――クソッ! 馬鹿だな、俺は……!」
スイを放置してしまった俺は、自責の念に駆られる。
――何か。スイを今すぐにでも見つけるためには、どうすればいい。
スイを見つけるために、俺が初めてテイムした、大事な大事なスイを見つけるために――!
「――! そうか、そうだ! テイムだ! 俺はテイマー、スイは俺の従魔。魔術介しの他にも、何か従魔術が――!」
――ステータスボード――
【従魔術】
念話>>一定距離の範囲内にいる、自身のネームドであり念話を使用できる従魔と意思伝達を行える。使用可能範囲はお互いの親密度で決まり、最低値では半径百メートル圏内まで。(現在の使用可能範囲:半径五百メートル圏内)
――――――――――――――――――――――
「――これだ!」
俺は即座にステータスボードを開き、その中の従魔術から念話を見つけだした。
『――スイ、聞こえるか? 聞こえてたら返事してくれ。リュカとばっかり話してスイと話せなかったのは本当に悪いと思ってる。それについても、しっかり謝りたいんだ。だから、何処にいるか教えてくれ……!』
『――あの子が大事なら、スイはそれでもいーよ。アル、あの子と話すの楽しそうだもん。スイがいたら、多分二人の邪魔しちゃう』
――ッ!
ダメ元でやった念話が繋がり、俺はスイからの返答を貰えた。
それはつまり、スイの安全と五百メートル圏内にはいるということで、スイを捜すに当たっては大きな手掛かりだ。しかし、肝心のスイは俺に捜して貰う気など無い様子で、俺に居場所を教えるつもりはなさそうだ。
『邪魔だなんて思わない! スイもリュカも俺にとっては大事で、どっちも傍にいて欲しい存在なんだ。スイと一緒に旅がしたいと思ってるから、今捜してるんだよ! だから、お願いだから出てきてくれ!』
『でも、だってアルは――ッ!?』
『――!? どうした! スイ!? どうしたんだよ!』
話しの最中、スイの声が乱れたかと思った瞬間、確かに感じていたスイとの繋がりがぷつりと途絶えた。
念話は、相手に意志を伝えるためにある程度の集中力がいる。しかし、それは念話が使えるようになれば誰でも出来るほどの集中力で、そこまでの高い集中力は必要ない。それなのに、スイからの念話が途切れた。
それは、念話すら出来ないほど心の落ち着きが乱されたということだ。
「アルくん! あっちで何か音がしましたよ!」
念話が途切れ慌てていた俺に、リュカが後ろから声を掛ける。
「分かった! そっちに行くぞ!」
もしも何かが原因でスイが取り乱したのだとすれば、それは何者かによる奇襲の可能性が高い。
この辺には高ランクの魔物がいないとはいえ、スイはFランクの魔物だ。物理攻撃はほぼ効かないが、魔法が使える個体がいたらゴブリンにも劣る。それに、物理攻撃の耐性があるとはいえ、圧倒的な威力であれば物理攻撃も通される。ここで迷ってる暇など、今の俺にはない。
既にかなり疲れてきている足を気力で動かし、リュカの手を引きながら急いで森の中を直進する。
「――ッ、ストップだリュカ!」
少し開けたところに出ようとした瞬間、俺はリュカの前に手を出して足を止めた。
慎重に木陰から顔を出すと、そこには多くのゴブリンとそいつらが住んでいるだろう家らしきものを見つけた。そこまで大規模なものでは無いが、ゴブリンの集落だ。
「――! アルくん、あそこ!」
ゴブリンたちにバレないように辺りを見渡していると、リュカが何かに気付き小声で指を指した。
すると、リュカが指を指したその方向には、ガラスケースのようなものに入れられたスライムが見えた。
「――! スイ! 間違いない、スイだ!」
スイと他のスライムの見た目には、これと言って違いはない。カルロスさんから貰った装備もまだ付けていないし、ユニークであってもも外見にはまだ変化がないため、普通は見分けなどつくはずもない。
でも、今の俺は直感的に理解出来た。若しくは、テイマーならば従魔を見分けられるのかもしれない。どちらにしろ、あの捕らえられているスライムがスイであることに間違いなどないのだ。
「――リュカ、ここで待っててくれ。ゴブリンたちに気付かれないように、静かにだ。でももしゴブリンに襲われたら、その時は迷わず叫んでいいから。じっと静かにしてて、見つかった時に大声で呼んでくれ。いいな?」
「はい、分かりました。――アルくんも、気をつけてください。絶対に無理はしないでくださいよ」
「分かってる。スイを助けてここのゴブリンを全員倒してから、皆で宿に帰ろう」
「はい!」
そう言って俺はリュカをその場に残し、場所がバレないように集落の周りを移動した。
万が一、俺が出ていった時にリュカを巻き込むわけにはいかないからな。
――疾風ッ!!
心の中でそう呟き、俺は苦無のように持った短剣を素早く素振りした。
「ギェァッ!」
「ギギァッ!」
すると、俺の体を隠していた葉が地面に落ち、その直線上にいたゴブリン二体も地面に倒れ込んだ。
――疾風。俺がライアン様から教わった、剣の素振りで風の刃を起こす剣技。今回の得物が短剣のため鎌鼬ほどの威力は出せないが、これはそういう時のための非常用。魔法が苦手な俺でも放てる、風の斬撃だ。
「ギギィ――ッ!」
「ギギギィー!」
「ギィィー!」
「ギャィーッ!」
バッと草陰から現れた俺と倒れたゴブリンを見て、集落の中の一体が奇声を上げる。するとその声に連られて他のゴブリンたちも声を上げ始め、ゾロゾロと集落から大勢のゴブリンが現れた。
『――アル!』
「お前が何と言おうと、俺はお前とリュカと旅をする。その過程で仲間が増減しても、スイとリュカとだけは絶対に離れない。俺はそれだけ、お前らのことがどっちも好きなんだ!」
落ち着きを取り戻したのか、念話で俺の名前を呼んだスイ。そんなスイに俺は声を大にして叫んだあと、近くのゴブリンを次々と狩っていく。
――狙うは一箇所。全て首だけを狙い、即死に近い形で戦闘から離脱させる。集団を相手にする時に仕留め損ねた生き残りに足元を掬われないようにと、王宮にいる間何度も仕込まれた戦法だ。
「――スイ!」
ゴブリンの第一波を一通り捌きったあと、俺は檻の中にいるスイに向かって叫び、手にしていた短剣を勢いよく投げた。
「何にしても、話す前にここのゴブリンを片付けるぞ! お前もゴブリンにやられっぱなしは嫌だろ!」
「――。キュィッ!」
俺の投げた短剣はスイを捕らえていた箱に直撃し、そのままその箱を破壊した。そしてそこから脱出したスイに背中を向けてゴブリンの残党に目を向けると、スイは吹っ切れたように俺の横に並ぶ。
「キュイ!」
「お、サンキュー。これが終わったら、ちゃんと話すからな!」
俺に並んだスイは、口から俺の新しい大剣を出した。
そしてその新しい大剣を握り、俺とスイの新たな共闘が始まる。




