臨時休校
その晩、午後9時前。
この学園の生徒全員に、連絡網で『明日の学校は臨時休校』という知らせが入った。
「……つーわけだ」
てなわけで俺は寮の玄関にある電話で、洋太にその連絡をしていた。
「………………休校? なんで?」
「さあ?」
学校が襲われたから、などと正直に言わずに適当にそうとぼけた。
だって事情を言うと、洋太の反応が限りなく面倒くさくなりそうだし。
「………とにかく、休みなんだな!」
休めるのが嬉しいらしく、電話口ではしゃぐ洋太。
「……ま、そういうわけだ。羽目外すなよ」
「わかってるよ!」
「ついでに、黒部に連絡回すの忘れるなよ」
「………あ」
「………忘れてたな」
………黒部、かわいそうに。
「いや、あいつイマイチ存在感がないからつい」
「……まあいい。とにかく頼んだぞ」
「ラジャ!」
「じゃな」
俺はそう言うと、受話器を置いた。
「………大事になってきたわねぇ」
振り向くと、そこにはゆったりしたパジャマを着た野原さんがいた。
あの侵入者に襲撃された後。
俺と今井たちは事後処理をすると言っていた桃ちゃんを残して、くたくたになりながらも寮に帰った。
………が、さすがに帰りが遅くなりすぎたので、待っていた八巻や野原さんに何があったのかと心配され、結局今まであったことみんな喋ってしまった。
……まぁ警察にはもう連絡したし、怪我もしてなかったのでその場はさほど騒ぎにならずに収まったのだが。
「………侵入者逃がしちゃったんでしょ? また来ないといいけど」
「そうですね」
野原さんの言葉を無難に肯定した。
だが、俺は意外とこの事件については楽観視していた。
確かに学校が襲われたのは事実だが………
「ふい〜! いいお湯だった〜!」
その時、今井が真っ白なバスタオル1枚巻いただけの姿で、ダイニングに現れた。
「ちょ、麻衣ちゃん! なんてはしたない!」
「あ、野原さん? いいじゃないですか、お風呂あがりは喉が渇くんですから………」
野原さんの制止にさほど耳をかさずに冷蔵庫からお茶を取り出し、何気なくこっちの方を見ると、今井はそのまま固まった。
「ふむ。相変わらずぺったんこだな、今井」
「ま、まままま魔ー! あんたなんでこんな時間に玄関にいるの!?」
「おー、どうやら明日は臨時休校らしいぞ、今井」
「わけわからない! ていうか見るなあっち行け―――!」
ひゅんひゅん! と思い切り俺にむかって空のコップを投げつけてくる今井。
俺は、パシッとそれを難なくキャッチした。
……危ねー、ガラスコップじゃねーかこれ。投げるなよこんなの。
そして顔を真っ赤にしながら、今井は脱衣所に引っ込んだ。
「自業自得だ。あのいい加減娘め」
「………目をそらさなかったまーくんも悪いと思うけど」
野原さんが何か言ってきたが、俺には聞こえない。
聞こえないったら聞こえない。
「ところで、何を言ってたんでしたっけ?」
「侵入者を逃した、ってことでしょ?」
呆れながらも、野原さんはそう答えを返した。
ああ、そうだ。それでその侵入者騒ぎが大した問題じゃないってことまで考えたっけな。
確かに学校が襲われ備品が破壊されたのは事実だが、そんな中でけが人が1人も出ていないのも事実だ。
それに1番被害が大きかった管理室も、数日あれば直るらしい。あれ壊したの侵入者じゃなくて桃ちゃんだしな。
さらに言うと、侵入者は1人は捕まえて1人は逃げた。そして侵入者の他の戦力といったら、持ってきたモンスター数体だけだ。
これが他の学校の出来事ならともかく、この学校の生徒はかなり頑丈だ。これぐらいの事件でどうにかなるとは思えない。
………というか、この学校を敵に回すということは、日本のほとんどの魔法使いたちを敵に回すことに匹敵するのだ。
それこそあんな数人の侵入者なぞ目ではない。
「ですが、桃ちゃんもいますし。大丈夫だと思いますよ」
………というわけで、俺は野原さんを安心させる意味でも、そう言った。
「………だといいけどね。
先輩、今ひとつ信用ならないからなぁ………」
野原さんは学校で事後処理をしているであろう桃ちゃんを思い出しながら言った。
………ま、野原さんには自分の所属していた部活を、会長だった桃ちゃんにつぶされた経験があるからな。
「………………まぁ、桃ちゃんですしね」
俺は苦笑しながらそばの靴箱からシューズを取り出した。
「あら、どこ行くの?」
「単にジュース買いに行くだけですよ」
今井じゃないが、俺も喉が渇いたからな。
……しかし残念だが、今井と違って俺は炭酸飲料が好きだった。
この寮の冷蔵庫には、お茶と牛乳しかなかった。
健康志向の強い、野原さんの影響である。
「そう。門限は……………あってないようなものだけど。それでも早めに帰ってくるのよ」
「わかりました」
靴をきっちり履くと、立ち上がった。
「いってらっしゃい」
「………?」
振り返ると、そこにはにこにこしながら返事を待っている野原さんがいた。
………………………
「………いってきます」
照れくさい気分を味わいながら、俺は寒空へと続く玄関の扉を開けた。
外に出た響太に恐るべき事態が……! 起こるかもしれません。
追記:シューズとジュースって似てる。www