なんか出てきた!
「ヴェナール、ウィンディ!」
外の中庭で、湊が初級風呪文『ウィンド』を詠唱した。
それと同時に、ヒュゥゥゥゥウ、というつむじ風の音が聞こえる。
「おおー!」
委員長が興奮した声を出していた。
………さて。今どういう状態になっているかというと、だ。
今から少し前のこと。
そう簡単に魔法は使えないと悟った委員長が「じゃあせめて魔法を見せてくれ」とごねたからだ。
湊は2つ返事で了承した。
ただし図書館の中じゃ危ないから、じゃあ中庭で魔法の実演をしよう、ということになったのだ。
しかし俺は「めんどいから」パス。八巻も「私は本でも読んでるわ」と言ってパスした。
というわけで。中庭には湊と委員長のツーショット。図書館には俺と八巻が2人きりでいるわけだが。
「………わけーもんはえーのぉ」
俺はそんな2人の様子を図書館の窓から見ながら、そんなことを言ってみた。
「………」
だが図書室の閲覧席でゆっくり本を読んでいる八巻は、そんな俺の冗談にとりあってくれなかった。
まゆ1つ動かしてない。
………ちくしょう。なんか負けたような気がする。
「………ま、いっか」
俺は窓際の閲覧席から立ちあがると、この広大な図書館をぶらぶら歩こうと決めた。
俺は漁る気の無い本の山の中を散歩していた。
といっても一階の方に行くと何かうるさそうだったので、今は最下層の地下3階を歩いているのだが。
この図書館は地下3階まである巨大図書館であり、中央には吹き抜けが、そしてその周囲をらせん状にそれぞれの階がある。
大きさは大手デパート並であり、大量の魔法書だって一体どこから集められたんだか……検討もつかない。
日本文学とか環境といった図書館でよく見かける本の分類用のプレートと同じ物に、魔法薬とか魔法暦学、魔法武具、といったことが書いてあった。
きし、きし、と歩くたびに床のきしむ音がする。だが床は木製であるにもかかわらず頑丈で抜ける心配もなさそうだ。 だいたいの場所はきれいに掃除されている。
一応蔵書されている本がみな貴重な魔法書なのだから当然と言えば当然なのだが………
「………つまらん」
しかし興味がないのですぐに飽きた。
それに疲れた。
俺は近くの棚に寄りかかった。
「………お?」
どこか気になったというか、見過ごせないタイトルの本を見つけた。
『人妻物語』
「………………」
表紙には色っぽい女婦人の絵がついていた。
まさかと思って棚をよく見てみると、そこには書いてはいけないことが書いてあった。
『18禁コーナー』
「………………」
高校兼大学図書館じゃないのかここは。
「………………エロエロ魔人」
「うおっ」
いつのまにか八巻がこちらに近づいていた。
「………………一応言っとく。誤解だ」
「別に言い分けしなくていいわよ。兄で慣れてるから」
………………聞いてないな。
………いいや。ほっとこ。
あーそれにしても暇だ。この暇どうしてくれよう?
俺も少しぐらい本に触ってみるか?
……だめだ。正直活字なんざどんなものでも見たら蕁麻疹がでそうだ。
「ちょっと」
「………ん、何だ?」
眼がね越しに、冷めた視線を向けられた。
微妙に寒い気がする。
「あんまりうろちょろされると気になるから、1階でじっとしてて」
「……俺は迷子癖のあるガキか?」
「似たようなものじゃない?」
………相変わらず歯に衣着せぬやつだ。
「わーったよ」
下手に逆らうと余計面倒になりそうだし。
俺は手に持った『人妻物語』の本をもとに戻そうとして。
「ん?」
棚の奥の方に、妙な膨らみがあるのが見えた。
なんだ?
誰かがコン●ーさんでも隠したのか?
俺はそう思って棚の中に手を伸ばすと………
ぽちっ。
「は?」
何かボタンを押したような感触がした。
「………どうしたの、って!」
八巻が驚いた声をあげる。
当たり前だ。
ぱこん、
と棚からいきなり小さなキーボードが現れたのだから。
「10ビョウイナイニ、アンショウバンゴウヲキニュウシテクダサイ」
「「え?」」
どこからか聞こえる味気ない機械の声が命令してきた。
「ちょ? 何したのよ!」
「知るか」
とぐだぐだしている内に機械音が『ゴオ,ヨン,サン……』とカウントダウンが0になっていく。
「暗証番号知らないの?」
「知ってるわけないだろ!」
「ゼロ」
ビーっとどこぞのクイズ番組で流れているような音が響いた。
「「………………!」」
警報音でも鳴るのか、とにかく俺たちは身構えた。
………………
………
「………おい!」
カウントゼロになったのに、いくら待っても何も起こらなかった。
「………誰かのイタズラ?」
「だろうな」
うわービビリ損だ!
俺は棚を蹴り倒したくなったが、八巻が俺の怒りを察したのか「やめなさいよ?」と言ったので、しょうがなく自制した。
………だが、このままでは収まらん。
俺は出しっぱなしになっている数字入力のみの小型のキーボードに乱暴に入力した。
『85860(バカヤロウ)!』
「セイカイデス。オトオリクダサイ」
「「………はい?」」
かちり、と。機械的な音がした。
それと同時にゆっくりと棚が後ろにずれ始める。
静かに棚は後ろに動き、ある一定の距離まで進むとそのまま横のスペースにはまった。
そして前方にはほの暗い地下への階段が続いていた。
「「………………」」
俺たちは呆然としてその暗闇を見ていた。
とことん迷走中。