前編
ねぇ、せんぱい?
俺のことだけ、見ててくださいね?
*****
俺の思い人は残酷だ。いや、本人は無意識だから、性格が悪いとかそんなんじゃない。
ただ・・・
「おはよー、あきくん」
「あ、おはようございます、先輩」
見て、これ! この状況!! 先輩が朝に弱いのは知ってる。知ってるけど! なんかもう、いろいろまずいと思うんだ。
朝に弱い先輩は、出社直後はろくにろれつが回らない。ちょっと舌足らずな感じで名前呼ばれて、何も思うなって方がおかしいだろう。それも相手は自分が好きな人。眠くて気が抜けてるだけだってわかってるけど、とろんとした瞳だってたまんない。
それに、だ!
「先輩・・・また服ずれてますよ」
「ふへ?」
ぼーっとした状態の先輩は、本当にもう、気が抜けまくってるから、自分の状態をわかってない。ただでさえ、ぴしっとした服は嫌いだとかいって、首元が開いてる服を好んでるんだ。肩から服がずれ落ちてるなんて日常茶飯事。鎖骨の露出なんて当たり前で、下手したら下着が見えてることだってある。
・・・・・・ねえ、ホントに目の毒なんですけど。いや、嬉しいんだけど。嬉しいんだけど、複雑なんです!!
俺の心境なんてわかってないんだろう。先輩は相変わらず眠そうに目を擦りながら、服をずりあげてる。で。
「ん。ありがと、あきくん」
ふにゃりって。本当にそんな感じで笑って礼を言われたら、こっちはたまったもんじゃない。
「・・・どういたしまして」
冷静にそう言えた俺を、何度誉めたかわからないくらいだった。
*****
そんな先輩も、始業時間を1時間ほど過ぎれば、スイッチが入ったみたいにキビキビと仕事を始める。朝、あれだけぼーっとしてても、仕事はできる人だ。だからこそ、朝がああでも、誰も何も言わないんだろう。
「安芸君、悪いけど資料運ぶの手伝ってくれない?」
「了解です」
先輩に頼まれて、断れるはずがない。笑顔で請け負えば、先輩も笑顔を返してくれる。
「いつもごめんね」
いえいえ、謝らないでください。先輩と二人でいるいい口実だなんて、これっぽっちも思ってませんから。
「いーえ。か弱い女性に重いもの持たせられないですって」
内心で思ってることは表に出さないように、口が紡ぐのは他愛無い戯事。でも、先輩はこういうやり取りが好きみたいで、冗談交じりの会話のほうがよく続く。
「そんなこと言ってくれるの、安芸君だけだよ。ったく、ほんとうちの会社の男どもは」
「あはは。男ばっかりで、女性の扱いに慣れてないんでしょうね」
「だから彼女の一人も出来ないのよ。いい加減、気付けばいいのに」
業務上、うちの会社は男の比率が高い。そういうとこって、大体女性社員はちやほやされるらしいんだけど、うちの会社はちょっと違う。っていうか、男女で扱いは変わらない。男女平等って言ったら響きはいいけど、流石に重たい機材を男と同じように女性に運べって言うのは無理があると思う。
でも、例えどんな無理難題でも、先輩は「No」とは言わない。あ、もちろん、言えないんじゃない。どんなことでも出来ちゃうから、断る必要がないだけだ。放っておいたら、台車を使うなり、分けて運ぶなりしてなんとかするのがわかってるから、頼まれなくても手伝いを買って出ただろうな。
で、それが数少ない女性社員に社内恋愛をさせない理由でもあるらしい。毎日毎日残業ばっかりで、社外の人と出会う機会も少ないのに、社内の女性に見放された人たちはホント、恋愛する暇なんてないんだろうな。先輩の言うこと、ちょっとわかる。
まぁ、俺は数少ない例外の可能性に懸けてるわけだけど。
「でも、まぁ、気が利くからってもてるわけでもないですけどね」
「確かに顔は大事だけど、顔も性格も駄目じゃ話にならないって」
「・・・・・・」
い、一刀両断に切りましたね、今・・・ちょっと男の先輩方がかわいそうになってきました、同じ男として。
なんとも言えなくなってしまった俺に気を使ってくれたのか。先輩はくすっと喉を震わせて、
「だいじょーぶ。安芸君は顔も性格も良いんだから、すぐに彼女さんもできるよ」
「・・・・・・・・・だといいですけどねぇ」
ぽんぽんと軽く叩かれた肩が、ちょっとだけ痛かった。
*****
飲みニケーションって言葉を知ったのは、社会人になってから。実家を出て、一人暮らししてる人が多いからかな。恋人がいない寂しい大人達の、ストレス発散のための集まり・・・つまりは単なる飲み会のことだ。
大体、毎週金曜日の夜は、この飲みニケーションが実行される。約束とかしてるわけじゃないんだけど、帰る時間が重なった人たちで、自然とどこかに寄る流れが多いかな。で、俺は当然、頑張って先輩に合わせるわけです。
「お、安芸君も今帰り?」
「はい。先輩は今日は?」
「ん~・・・適当に一人でご飯食べに行こうかと」
・・・え、これってチャンスじゃない?
「それじゃあ、ご一緒しませんか? この前、いい雰囲気のお店見つけたんですけど」
「カクテルある?」
「はい、もちろん。融通も利くので、飲みたいものを作ってくれますよ」
飲みニケーションっていうくらいだから、お酒を飲むのは当たり前。っていっても、先輩はビールとか焼酎とか、そういうのは苦手みたいだ。女性らしいというか、甘いお酒のほうが好きみたい。もちろん、先輩を誘うくらいだから、そういうお店は調査済みだ。
俺の言葉に、先輩は少しだけ考える素振りを見せたけど、
「・・・じゃ、ご一緒させてもらおうかな」
って、そう言ってくれたから。
「はい。じゃ、行きましょう」
俺は笑って、先輩の隣に並んで歩き出した。
*****
そこは、隠れ家みたいに小さなイタリア料理店。バーとはちょっと違うけど、バーみたいにいろんなお酒を出してくれる。白を基調とした店内は清潔感があって、少人数しか入れない座席数が、丁寧な接客を可能にしてる店だった。
「安芸君、お手柄!!」
店に入って、料理を頼んで。カクテル片手に笑う先輩は、どうやらこのお店がお気に召したようだ。よかった、喜んで貰えて。ちゃんと先輩の好みを調べた甲斐があったってものだ。
「ほら、先輩。料理も来ましたよ」
カクテルだけでも満足そうな先輩に、運ばれてきた料理を取り分けて渡す。先輩は一瞬だけきょとんとしてたけど、すぐに相互を崩して笑った。
運ばれてきたのは、パスタと一口サイズのチーズとクラッカー。先輩はフォークだけで器用にパスタを口に運んで、また笑う。
「美味しい~・・・幸せだね」
心からそう思ってるのがわかる笑顔。本当に幸せそうに笑う先輩に、こっちまで釣られて笑ってしまう。
先輩っていろいろ可愛い人だけど、多分、こういうところに惹かれたんだろうなって思う。感情がすぐに表情に出る人だから、何でもわかりやすい。特にこういう笑顔は、こっちにまで伝染するからすごく好きだ。この笑顔が見れるなら、なんだってできると思う。
「・・・先輩って、可愛いですよねぇ・・・」
幸せそうに料理を食べ、カクテルを飲んでる先輩を見てたら、ついそんな言葉が口を突いて出た。言った後に自覚して、口を抑えるけどすでに遅い。目の前の先輩は、目を丸く見開いて俺を凝視してた。
「・・・・・・眼、大丈夫?」
「いや、それは俺に失礼ですよ」
信じられないものを見るような眼で俺を見て、おまけにそんなことを言う。反射的に言い返した俺は、何も間違えてないはずだ。
でも、やっぱり先輩は怪訝な顔をしたまま、
「だって、そんなの初めて言われた。眼が大丈夫なら、頭がやばくない?」
「そっちのが失礼です」
頭・・・頭って言いましたよ、今この人。俺の美的感覚がおかしいと、そう言いた・・・
・・・・・・・・・って、え?
「先輩・・・今、何て言いました?」
俺の気のせい、かな? なんか、とっても気になる言葉が・・・
「ん? 安芸君の頭がやばくないかと」
「その前です。今、初めてって・・・」
「ああ、うん。可愛いなんて、初めて言われた」
「初めて!?」
思わず声が大きくなる。そんな俺に、先輩は驚いたようだった。
「は、初めてだけど・・・何?」
「だって彼氏とかいたでしょう!? 言われたことないんですか!?」
普通、言われたことあるでしょ? 先輩、仮にも女性なんだから。っていうか、見た目だって可愛いほうじゃないか。絶対にあるはずだ。彼氏がいたら・・・もし俺が彼氏だったら。毎日のように言っちゃう気がする。
驚きで変なことを口走ってる気がする俺。でも、先輩はけらけらと笑って、
「だって私、彼なんていたことないもん。告白も経験なし。納得した?」
「一回もないんですか!?」
「そーだよ。自分の美的感覚がずれてるの、認める気になった?」
え、それ違うでしょ。俺の美的感覚がずれてるんじゃなくて、今までの男どもに見る眼がないんだって!!
・・・って、言えたらいいんだけど。なんか悔しいから、言わない。だって、これで先輩が他の男の目を気にし始めても嫌だし。嫌だし・・・嫌だけど、先輩が可愛いって思う気持ちは変わらない。
っていうかさ。何、この驚きの発言。今まで彼氏いたことないって言いましたよね、今、この人。え、言いましたよね。ってことは、あれだ。
俺が初めての彼氏になれる! この人の初めて、全部俺がもらえる可能性が!!
「・・・安芸くーん。すっごい変な顔になってるよー」
先輩の指摘に、思わず緩んだ頬を叩いて引き締める。あ、やばい。でも嬉しい。
どれだけ気を配っても、嬉しさは抑えられるものじゃない。
「・・・どーせモテモテ人生歩んでる安芸君からみたら、面白おかしい過去ですよねー」
そんな俺の間抜け顔に、何を誤解したのかはわからないけど。ちょっと不貞腐れ気味に、頬を膨らませながら言われた言葉に、今度は俺が目を丸くする番だった。
「へ? 何言ってるんですか、先輩。俺、もてたことなんてないですよ」
自分で言うのもなんだけど、俺は至って平々凡々。どこにでもいる類の人種だ。もてたことなんて、一度もない。
「じゃ、今まで告白されたことは?」
「高校時代に一回だけですね」
それくらい、誰だってあると思うけど。先輩は唇を尖らせて、グラスに口をつけた。
「一回あればじゅーぶんですぅ」
「はは」
そりゃ、自称一回もない先輩から見たら、そうかもしれないけど。ねぇ、先輩。その顔、反則的に可愛いんですけど。
思わず笑ってしまった俺に、先輩は不機嫌そうに頬を膨らませて、お酒を煽っている。その姿に、俺はやっぱり笑うんだ。
だってこれ、チャンスって奴でしょ?
「じゃ、その記念すべき一回目。俺が貰って良いですか?」
笑いながら、俺にとっては精一杯の告白。正面から先輩の目を見て、まっすぐにぶつけた言葉に。先輩は、目を大きく見開いてた。
俺は続ける。
「好きです、先輩。俺と付き合ってくれませんか?」
先輩にとっては、きっと初めてされた告白。口に運ぼうとしてたクラッカーが、ぽろって落ちた。
先輩の始めてをもらって、上機嫌の俺。にこにこ笑いながら、呆然としてる先輩を見て楽しんでる。
しばし、その状態が続き・・・
「・・・さ・・・」
さ?
「・・・流石は安芸君、優しいなぁ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?
え、何。何、この流れ。え、・・・・・・え!?
いまだに状況を飲み込めてない俺。そんな俺の前で、先輩はへにゃりと表情を崩した。
「でも、その優しさは本当に好きな人に取っておいたほうが良いよ。誰にでもそんなこと言ってると、敵ばっかり増やしちゃうからね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、これってあれか。あれなのか。やっぱりそうか。
アウト・オブ・眼中?
「・・・・・・せ、先輩・・・?」
え、まさかですよね? まさかまさかですよね?
まだ信じられない俺に、とどめの一言。
「安芸君は人を喜ばせるのがうまいねぇ。冗談でも嬉しかったよ」
じょ・・・冗談にしちゃいましたか、そうですか。ねぇ、先輩。もしかしてもしかしなくても、今までもそうやって決死の告白をなかったことにしてきたんじゃないですか!!?
そう思いはしても、なんかもう口に出す元気はない。
「・・・それはよかったです・・・」
それだけ言うのが精一杯。上機嫌な先輩とは対照的に気分が沈んだ俺は、誤魔化すように酒を煽った。
*****
その後は、もう俺に元気なんてあるはずもなく。でもまぁ、先輩と二人というこのシチュエーションを逃せるはずもなく。なんだかんだで楽しく過ごした時間も、もう終わりだ。
「じゃ、また来週ね」
2軒ほどはしごして、酔いが回っている様子の先輩。俺もちょっと酔ってるけど、先輩ほどじゃない。こんな状態の先輩を一人で帰せるはずもなく、タクシーで家の前まで送ってきたところだ。運転手さんには少し待ってもらって、玄関まで先輩を連れて行って。笑顔でそういう先輩に、俺も笑顔を返した。
「はい、また月曜日に」
そう言って、先輩が鍵を開ける姿を見守る。最近は変な人も多いし、家に入るまではちゃんと見送らないと怖いからだ。別に、やましい気持ちはない、うん。
かちゃりと軽い音がして、鍵の空いた音がする。先輩が玄関をくぐる、その刹那。
「あ、そうだ先輩」
呼び止めたら、振り返ってくれる先輩。酔ってるせいでほのかに赤い頬に、唇を寄せ。
「俺、本気で先輩好きなんで。これからは男として、意識してくださいね」
耳元で囁いて、ついでに首元に赤い花を咲かせれば。先輩は信じられないものを見るような眼で俺を見て、がたんと鞄の落ちる音が周囲に響いた。
俺の決死の告白を不意にしてくれたんだから、これくらいは許してくださいね。
「じゃ、今度こそ本当におやすみなさい」
言って、今度は頬に軽い口付けを落とし。呆然とした先輩の姿に満足して、玄関の扉を閉めた。
一瞬間を置いて、響く絶叫。パニックになってるであろう先輩を予想して、今度こそ俺は噴出した。
ね、先輩。これからは俺も本気出していくんで・・・
覚悟してくださいね?




