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「あなたは、グレース・シュルマン様ですよね……? 生きてらっしゃったのですね……!!」
馬車の中に入るなり、ヴィンセントは感極まった顔で尋ねてきた。その目には涙が浮かんでいる。
「……グレースは処刑場で首を落とされたと、ご存知ありません?」
「存じております。けれど、私があなたを見間違うはずがありません。あなたは紛れもなくグレース様です」
ヴィンセントは私の目を真っ直ぐ見つめて、ひどく真剣な声で言う。敬語で話しかけられるのが妙に落ち着かない。
それに前からずっと疑問に思っていたけれど、ヴィンセントのグレースに対する態度は一体何なのだろうか。
処刑で曖昧になっていた記憶がはっきりしてからも、ヴィンセントと会った記憶は全く思い出せない。
一体、彼はなぜ私を気にするのだろう。
「私、あなたとどこかで会ったことがありましたっけ?」
「……あなたは覚えていないと思います。でも、私はあなたの言葉にとても救われました」
ヴィンセントは真面目な顔でそう言った。
彼に何か言葉をかけたことがあっただろうかと記憶を辿るが、全く思い出せなかった。
「一体いつの話……」
尋ねようとしたところで、ぐらりと視界が揺れる。また眩暈が襲ってきたようだ。私は口元を押さえて、吐き気に耐える。
「だ、大丈夫ですか? 体調が悪かったのでしょうか? 無理に呼び止めてしまって申し訳ありません」
ヴィンセントはおろおろしながら、口を押さえて下を向く私を見る。
戸惑い顔をする彼に向かって、「本当よね、呼び止めないで欲しかったわ」と言ってやりたくなったが、眩暈がひどくて口を開くことすら億劫だった。
「グレース様、よろしければうちの屋敷に来ませんか? その状態で歩くのは大変でしょう。うちの屋敷でしたらそれほど遠くない場所にありますから」
ヴィンセントはうつむく私に向かって、心配そうな声で言う。
「結構です。少し馬車の中で休ませてもらえれば治りますから」
「けれど顔が真っ青ですよ。無理をするのはよくありません」
「大丈夫ですってば。私に構わないでください。一人で帰れますので」
「しかし、一人で外を歩くのは危険なのではないでしょうか。さっきは随分人目を気にしているように見えましたが……」
ヴィンセントに尋ねられ、言葉に詰まった。
確かに私は極力外を歩きたくない。けれど、この姿のままでヴィンセントの屋敷に行くのは憚られる。
ヴィンセントは私の無言を肯定と受け取ったようだ。




