11-2
「やはり外を歩くのはまずいのですね。さっきは考えなしに大声で呼び止めてしまい申し訳ありませんでした」
「……いえ」
「帰る場所は近くにあるのですか? うちの屋敷に来るのがお嫌でしたら、そこまで送って行きましょう」
「それは……」
私には帰る場所などない。死んだことになっている私では、この近辺で宿を探すことすら難しかった。
言い淀む私を見て行き場のないことを察したらしいヴィンセントは、真面目な顔で言った。
「グレース様、やはりうちに来てください。あなたは多分、処刑を逃れて今までずっと逃げていたのではないですか?」
私は顔を上げてヴィンセントの顔を見る。実際は違うのだが、説明しようがなかった。
「えーと、逃げていたと言うか」
「もちろん誰にも言いませんからご安心ください。私はグレース様の味方です。あなたが望むならいつまでだって匿いますし、王都から離れた場所に住むところを用意することもできます。いくらでも私を頼ってください!」
ヴィンセントは力強くそう言った。
私は迷った。まさかヴィンセントが私をこっそり役人に突き出すとは思わないけれど、グレースの姿では極力人と関わりたくない。
しかし依然として体調は悪く、できることならもうこそこそ隠れながら外を歩きたくはなかった。
「……わかりました。では、お言葉に甘えてお屋敷で休ませてもらえますか」
「はい、ぜひいらしてください!」
私が頼むと、ヴィンセントは明るい顔でうなずいた。
こうして私は、グレースの姿でエヴァンズ家に戻ることになったのだ。
お屋敷の門の前まで着くと、ヴィンセントは私にストールを持ってきてくれた。
「これを被っていてもらえますか? エヴァンズ家の使用人に信用できないような者はいませんが、グレース様が生きていることを誰かがうっかりにでも外で口に出したら大変ですので」
私としてもそのほうがありがたかった。言われた通り頭からストールを被る。
ヴィンセントは使用人たちに私のことを客人だとだけ伝えていた。
私はシャーリーのときいつも歩いている廊下を、落ち着かない気分で進む。ヴィンセントは屋敷の奥にある彼の私室まで来ると、ドアを開けて中に私を通してくれた。
「グレース様、どうぞおかけください」
「……失礼します」
「体調はいかがでしょうか? まだ治らないようでしたら、メイドに客室のベッドを用意させますが」
「いいえ、そこまでしていただかなくても大丈夫です」
「そうですか? 必要ならいつでもおっしゃってくださいね」
ヴィンセントはそう言うと、席を立って自らお茶を用意してくれた。できるだけ部屋に使用人を入れないようにしてくれているらしい。
私はお礼を言って目の前に置かれたカップを手に取る。ハーブの優しい香りのするお茶だった。口に含むと、気分の悪さが少しだけ和らぐ気がする。
向かいでお茶を飲むヴィンセントは、いつもと違って少し緊張している様子だった。
シャーリーのときは散々頬ずりしたり抱き上げたりべたべたしてくるので、なんだか不思議な気持ちになる。
いや、ほぼ初対面の成人女性に同じことをやったら大問題なのだけれど。
私が不思議な気分でぼんやりヴィンセントを見ていると、彼は躊躇いがちに口を開いた。
「グレース様、グレース様は今までどこにいらっしゃったのですか? 人に見つからないように隠れて生活するのは大変だったでしょう」
ヴィンセントは気づかわしげに私を見る。
私は返答に困った。
大変も何も、私は処刑された後なぜか幼女の姿に変わっていたので隠れる必要はなかったし、すぐにヴィンセントに拾われて何不自由なく生活していたので、困ったことは一つもなかった。
どうごまかそうか頭を悩ませる。
ぐるぐる考えていたところで、よく考えたら別にヴィンセントには隠し通す必要はないんじゃないかと思えてきた。
ヴィンセントはシャーリーに対してはもちろん、グレースにもなぜか好意的なので、真実を話して悪いようにされることはないはずだ。
ただ、幼女姿になったのをいいことに、十九歳にもなって思いきりかわい子ぶって接していたのがバレるのは大分、相当恥ずかしいけれど……。




