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それからしばらく池の周りを歩いていると、ふいにヴィンセントが言った。
「なぁ、シャーリー。神殿でグレースの話を何か聞いたか?」
「グレース・シュルマンのことですか? 前に行った広場で処刑されたっていう」
「苗字までよく覚えていたね。そう、そのグレースだよ。彼女は処刑される前はずっと神殿で働いていたから、神官様たちから何か話を聞いたかと思って」
ヴィンセントはどこか寂しげな笑みを浮かべて尋ねる。
なぜ彼がグレースのことを尋ねて来るのか疑問に思いながら、私は首を横に振る。
「特に聞いていないです。グレースのことは何も」
「そうか……。小さな子に処刑された人間の話はしないよな」
ヴィンセントは少し残念そうな、それでいてどこかほっとしたような顔で言う。
私にはその反応が不思議だった。グレース時代、ヴィンセントとは面識がなかったはずなのに、なぜ彼はグレースを気にするのだろう。
気になった私は、少しだけ探りを入れてみることにした。
「神官様からは何も聞いてませんけれど、ヘレンたちからは少し聞きました」
「え? シスター見習いの子たちから?」
「はい。グレースはいい人だったなんて言うんです。仕事が終わらないとこっそり手伝ってくれたり、食事を持ってきてくれたりしたなんて言って……おかしいですよね。グレースは悪女のはずなのに」
そう言いながら、ヴィンセントの表情をじっと見つめる。どこか複雑な顔をしていた彼の目に、途端に光が差すのがわかった。
「そうか! そうだよな、グレースはやはり優しい人だったんだ!」
「……ヴィンセント様、もしかしてグレースと知り合いだったんですか?」
「えっ? いや、知り合いではないよ。グレースは私のことなんて知らないと思う」
もしかすると覚えていないだけでグレース時代もヴィンセントと会ったことがあるのかと思い尋ねてみるが、ヴィンセントはすぐさま首を横に振った。
しかし、「グレースは」という言い方が気にかかる。
「ヴィンセント様のほうは知っていたってことですか?」
「あ、ああ。グレースはルーサ王国の聖女だったからね。もちろん知っている」
ヴィンセントは少し慌て顔になって言う。私はじろじろと彼の顔を見た。
「やけにグレースの味方をしますね」
「そうだろうか。シャーリーとグレースが少し似ているからかもしれないな」
私の疑わしげな視線を受けて、ヴィンセントは小さく微笑んで言う。
探りを入れてやるつもりだったのに、突然の言葉にこちらのほうが驚かされてしまった。ヘレンたちといい、私にはそんなにグレースの面影が残っているのだろうか。
外見は全然違うし、この姿では無邪気な子供らしいキャラを作っているはずなのに。
「私がグレースと……」
「もちろんいい意味でだよ。見た目は全然違うのに、顔つきや雰囲気がなんだか似てるんだ」
ヴィンセントはそう言うと、目を細めて愛おしげに私の頬を撫でる。
その顔は、とても国民を売ろうとして処刑された悪女を思い浮かべている顔には見えなかった。
ヴィンセントのアイスブルーの綺麗な目。その透き通った目をじっと見ていたら、以前どこかで同じ色を見たような、そんな記憶が頭をかすめる。
「ヴィンセント様……」
「ちょっと長くいすぎちゃったな。そろそろ神殿に戻ろうか」
ヴィンセントはそう言って私を抱き上げる。
聞きたいことはたくさんあったけれど、なんだか胸が詰まって、何も言葉にできなかった。




