十五
眩暈がするほどの喧騒。目まぐるしい往来。舗装された石畳。
それらすべてが懐かしいものであり、初めての感覚。かつてそこに身を置いていたはずの自分が、初めてこの地での“人の街”へと踏み入れた感想だった。
街を歩く人々は快活な表情を浮かべている。道の端では売り子であろう女性が道行く人に声を掛けている。
直ぐ足元を駆け抜ける幼き子供たちは治安が良いことを示している。武器を下げ歩いている人は冒険者だろうか。
そんなどこにでもあるようで初めてみる光景に、俺は面を食らってしまっていた。あまりにもみんな当たり前と言うような顔をしているから。
「どうですか?」
街に入って呆けたように立ち尽くす俺に、感想を求めてくる声。
その声で我に返り、その声の主リーチェさんを見る。そんな彼女はやはり、どこか誇らしげな表情をしていた。
少しイラッとした。
「あんな大きな武器……銃刀法に引っかからないのか?」
「感想を求めて出した答えがそれですか……? それに、銃刀法とはなんです。そんな法律、聞いたことも無いですね」
そこまで言った彼女は「早く行きますよ」と先を歩いていく。
カルチャーショックを受けてしまった俺はその後を大人しく着いて行くが、後にそう言えば外国は銃を所持して良いところもあると気付き、それと同じようなものかと納得したのであった。
それに銃刀法は日本の法律である。リーチェさんは日本人ではない。
この街のことを全く知らない俺は勝手に歩く気も無い。
せっかくこの街のことを知っている彼女のがいることだ、お言葉に甘えて案内してもらうことにしよう。
そんなことを思っていた矢先のことだった。ふと、誰かに見られているかのような感覚に襲われたのだ。
大森林の中で培った第六感に近いその感覚は信用に足るもの。歩きつつ辺りを獣のように警戒すると、意外にもその犯人を簡単に見つけることが出来た。
こんな人の往来が激しい街の中、一点にこちらを見つめてくる人物がいたのだ。
短めに切られた癖の強い水色の髪の毛を持つ少女、見た目の感想を言えばどこにでもいそうな人物。
しかし、やる気が感じられないジト目から感じる“ソレ”は強者のそれ。獣並に敏感になってしまった俺の警報はガンガンと鳴っている。
だが不思議なことに殺意は微塵も感じられない。それどころか興味すらも。
まるで少女と言う人形を通して誰かが俺を見ている、そんな印象を受けた。
「どうしたのですか?」
そんな俺の変わり身に気が付いたのかリーチェさんが声を掛けてくる。
何も考えず、ただ疑問を口にする。反射的に俺は思ったことを口にした。
「俺を見ている人がいる。俺の格好は変じゃないよな?」
「ぼろを縫い合わせたかのようなズボンに、裸の上半身。浮浪者以外の何者にも見えませんね」
「つまりは変なんだな?」
「いえ、言葉が足りませんでした、すみません。別に珍しくもない格好ですよ。少なくともここでは」
彼女と話している間も一瞬たりとも少女から目を離さずにいることに気になったのか、リーチェさんもその少女がいる方を見る。
すると少女を見たリーチェさんの顔色が目に見えて変わっていくのが分かった。少なくとも招かれざる人物には違いないらしい。
無言になったリーチェさんは俺の手を引き、そのまま人混みの中へ入るように進んでいく。
そうして幾ばくか経った頃、ようやく掴まれていた手を離して解放される。いったいあの少女は何者だったのだろうか。
「一つ、聞きますけど貴方はこの街へ来たことは?」
「無い。それはリーチェさんがよく知っているだろう?」
「ですよね、それを聞いて謎が深まりました」
一つ深い溜息を吐いてジトっとした眼で俺を睨み付けるリーチェさん。
一体なんだと言うのだ。
「今さっき貴方を見ていた人物はこの街の組合に所属する冒険者です」
無言で続きを促す。
「ですが……そうですね、一言で言ってしまえば“目の上のタンコブ”とでも言いましょうか。彼女は組合で余されているのです」
「それまたどうして」
「強すぎるんですよ。まさに百戦錬磨・一騎当千・組合の最終兵器。更には依頼を選ばない性格。この街のみならず王都や激戦区でも彼女を知らない者はいないと言われています」
「……?」
リーチェさんの話す少女は凄腕の冒険者らしいとのこと。
強く仕事は選ばないともなればさぞや人気者なのだろう。きっと俺が狩ってきた獲物も容易く葬ることが出来るに違いない。
しかし、そうだと言うのならば疑問は深まるばかり。リーチェさんの言うことが本当だとするならば、彼女の扱いに困ることなんてことは無いはずだ。
むしろ好待遇で迎えられるはず。仕事が出来るなら普通そうなるだろう。
そんな俺の疑問に答えるようにリーチェさんは少しだけ声のトーンを落としてこう続けた。
「それが、問題なんです」
「……どうぞ」
「確かに彼女……ハルトマンは凄腕です。なんでもこなします。それ故に彼女一人さえいれば何もかも解決するんです」
「……んー、つまりあれか。他の冒険者が必要なくなるのか」
「有体に言えばそうなります。実際はもっと深刻です。ハルトマンを目の敵にする冒険者たちも現れ、組合としては扱いに困っているのですよ」
なるほど、聞けば聞くほど馬鹿馬鹿しい話だ。
出る杭は打たれるとはよく言ったものだ。けれどもそれを聞いて俺に何が出来るというわけでもないのも事実。
そして、そんなことを知りたかったのではないのだと言うのもまた事実だ。なぜリーチェさんはそこまで話したのだろう。意味が分からない。
「今ではハルトマンは組合の監視下に置かれてます。非常時に出動していると聞きますが、こんな平和都市と呼ばれる場所では飼い殺しも良いところですね」
「それは分かったけども、なんでその……ハルトマンさん? は俺を見ていたんだ?」
「分かりかねます。けれど、関わったら確実に面倒なことになりますとだけは言えます」
「……」
結局、知りたいことは何一つ聞けなかったわけか。
どうやらリーチェさんは何か小難しい言い回しでもする癖があるのか、何かを含んだ話し方をする。
正直に言ってそう言う人は苦手である。要点だけを話してほしいこちらとしては、会話しているだけでも疲れてしまう。
しかし、せっかくこの地で手に入れたコネクションは無下にしたくない。リーチェさんが言うには本人は商人らしいので色々人脈がありそうだ。
ここは仲良くしておきたいところだが、同時に懸念を抱く存在だ。特に、これからゴブリンたちを纏める者として。
……そう言えばリーチェさんの後を着いて歩いていたが、いったいどこへ向かっているのだろうか。
その旨を伝えると、リーチェさんはこう答えた。
「これから冒険者組合へ行きます。私の国とも連絡を取りたいですし、なにより貴方のためになりますし」
「俺のため?」
「冒険者組合で冒険者登録をすると身分証が発行されます。冒険者でなくとも登録できるので、とりあえず登録すると言う人も結構いますよ」
とのこと。
冒険者組合で手に入る身分証とは俺が知っている中では運転免許証に近い者なのかもしれない。
確かに俺は今、身分を証明できるものをなにも持ち合わせていない。そんな中で冒険者としての身分を証明できるものがあれば有利に動けるかも知れない。
なるほど、リーチェさんの言うことには一理ある。ここは断る理由も無いので、素直に従っておこう。
そして、そしてだ。
「……」
「どうしました?」
「いや、何でもない」
また、まただ。
俺はどこからか少女ハルトマンさんに見られている。
先ほど全く同じ、殺意も興味も感じられない純粋な“視線”を全身で感じている。
その姿を捕捉しようと辺りをキョロキョロと見回していると、とあるものが目に入った。
それは美しい彫刻で、雨ざらしなのにも拘らず風化の色が少ないところを見ると大事にされているのが分かった。
そしてその彫刻は美しい女性を模ったもので、立派な教会の入り口近くに立っているところを見ると、その彫刻はこの地の女神のだろう。
そんな女神の彫刻に、酷い既視感を俺は覚えた。
「リーチェさん、あの彫刻って……」
「あぁ、この世界で広く信仰されている幸運の女神様ですよ。名前はルナ・ラドゥリエル・メタトロンと……って、どこに行くのですか?」
そこまで聞いた俺は真っ直ぐにその女神の彫刻へと向かい、目の前まで来ると――
「うおりゃあああああああああああああああああああ!!!」
――ジャーマンスープレックスをかました。




