永待
雲の上のようだ。…そっか、俺は死んだのか。魔王との戦いで死んだんだ。思い出した。正確には魔王じゃなくて、魔王の家来みたいな奴にぶった斬られた。俺ら勇者パーティの、他のメンバーは生きてるのかな…。
「やーっとお目覚めかい?」
白いワンピース、というか布を被っただけみたいな雑な服、頭には手作りっぽい輪っか。そして、目立つのは”目”。アニメキャラのような派手な目元に、カラフルな瞳、だけど右目がおかしい。使い物にならないのだろうか。
戸惑って、何と返すべきか迷っている内に、そいつから口を開いた。
「そんな睨まないでよ。ボクはただの天使さ。」
その天使は「ミカ」と名乗り、この場所について説明をしてきた。ミカが言うには、ここは死んだ人が通る道らしい。だけど、皆が皆通るわけじゃなく、俺の仲間は見かけてない、と教えてくれた。なら、まだ生きているかもしれない。…顔に出ていたのか、「生きてはないよ」なんて非情なことを伝えてくる。本当にお前は天使なのか?
流石のミカにも良心が残っていたのか、これだけは言われた。グルヌイユとののちゃん———俺の仲間の半分の消息は不明だと。つまり、生きている。良かった、なんて思ったのもつかの間、ミカも忙しいらしい。すぐに二択を用意された。
「生まれ変わるか、このまま消えるか、早く選んでよー」
どっちか選ばないといけないみたいだ。先にいった二人はどちらを選んだのかと問えば、「さあ?おしえなーい」なんて抜かす。二人が生まれ変わるのなら、俺もそうするし、消えたのなら、俺もそうしたい。二分一の賭けで間違うのは嫌だから、俺は待つことにした。「まだ決めれない」と伝えると、「仕方ないなぁ、待ってあげるよ」と、案外寛容なものだった。
俺は生前、大好きな人形に魂を宿した。そう、俺の能力『ゼーレ』。物に魂を宿すことができて、人形とか人に近いものだと意思疎通もできるようになる。そして、その耐用年数は、俺の享年分…。八年前にゼーレして、十九で死んだから…ののちゃんがここに来るまで、あと十一年。
「あと十一年は、ここにいるつもりだから」
「必ずしも、ここを通るかはわからないよ〜?」
来なかったら来なかったで仕方ない。だけど、ののちゃんはここに来てくれる。絶対。だって、ずっと一緒だったから。置いて行っちゃってごめんね、ののちゃん。
———ののちゃんは十一年経っても、ここには来なかった。
もう十二年目になるはず。ののちゃんは来ない。ミカに聞いても、「…まだ死んでないね、何でだろう」って。天使様でもわからないらしい。ののちゃんが、楽しんでいればいいけど。苦しんでいなければいいけど。
「結局来ないねー。さあさ、決めちゃいなよ。どうする?消えるっ?生きるっ?」
一日一回くらい聞かれてる気がする。そして、「まだ待って」そう何回も繰り返す。ののちゃんがいつ来るかわからないから、十八年目くらいまでは必死に過ごしていた。だけど、それ以降は年を数えるのも辞めて、髪の結い方も忘れたし、着てる服の模様も落ちてしまった。今過ごしているこの場所は、なんにもしなくても、ただボーっとしているだけでも生きていける。こうやってまだ自我が保てているのは、度々話しかけてくるミカのお陰だろう。
「ボーっとくん〜名前はなんだっけ?如月だっけ?卯月だっけ!」
「やよい」
「そっかーやよいだったね!やよいー誰を待ってるのかな〜」
「ののちゃん、」
定期的に聞かれる。だから俺も忘れずにいられる。「正解正解〜!」だなんて笑っているけど、もう数十年、数百年?わからない。ずっと待ってくれている。笑ってる場合じゃないだろ、ミカだって暇じゃないと思うし。
日々、死者が通っていく。眺めているのも楽しいものだと気づいた。そういえば、途中で見知った顔をみて…そうそう、グルヌイユとも会ったんだ、つい数十年前か数百年か前くらい。魔王討伐から七十年、結構長生きしたもんだな。「いやー殺されちゃったよ。銃突きつけられてさぁ〜」なんて話していたっけ、うん。銃突きつけられるって何をしたの?グルヌイユ?衝撃すぎてめっちゃこれだけ覚えてるんだけど。怖。…あの後、グルヌイユは生まれ変わりを選んで、「どっかで会えたらなーじゃあな〜!」なんて、陽気に別れた。
◇◇◇◇
まだ、待っている。この間に何千人、何万人ほどの人を見送り、ある星では文明が栄え、滅び。そしてまた、星が生まれ、育っていくところだった。
「キミの名前は?」一時間に一回くらい聞いていると思っていたら、数年に一度ほどしか聞いていないと言う。ああ、もう時間感覚すらもおかしくなってしまった。だけど、ののちゃんのためなら、あと数億年、数兆年だって待てる。ののちゃんの、ためだから。
ののちゃんの生死は不明。つまり、死んでいない。良かった、もう通り過ぎちゃって、行き違いになってるかと不安だったよ。そして、この長い時を、ののちゃんも感じてると思うと、嬉しかった。ののちゃんと同じ時間を過ごせている。その事実が俺の生気を生かしているんだ。
この前、ミカの髪型は、ののちゃんと似ていることに気がついた。ミカにそう伝えると、
「そうなんだ〜じゃあ、もう会えたってことで、選びなよ〜」
なんて言ってきたので、「ののちゃんのほうが可愛い、ミカよりぜぇーんぶ」って返してやった。ミカとしても、断られる流れには慣れているし、こんな中学生みたいなやり取りも、何千回目だ。そしたら珍しく、ミカも話をつなげてきた。
「ボクもむかーし見たなぁ、何年も、待ってる子。」
何年、その響きは至極少ない年月に思えた。実際その子が待ったのはたった三百年だって。短って思ったけど、普通に考えれば長いね。俺ってもう、ここまで…。
————何年、経ったっけ。
なぜだか今日は冴えていた。いつもなら、ボーっと数十年を素通りするのに。もしかして、ののちゃんの中で十一年が経ったのかも。今日も明日も、ここを通って行く人は絶えない。だけど今日に限って、人は少ない…。世界が、備えているようだ。×××××××年ぶりの再会へ向けて、ほとんど、初めてに等しい再会へ。
「あれ、なんか楽しそうだね。アタマ冴えてきたぁ?」
「ののちゃんに、会える気がする、ホントか、わかんないけど!」
ミカは喜ぶ顔も、悲しむ顔も見せず、いつもどおり、ただ、いつもどおりの笑顔だった。そこに感情は、窺えない。
長年過ごしたヒトが居なくなる、また空っぽの年月を、ミカはどうやって生きていくのだろう。ミカに終わりはあるのだろうか。俺だって、ミカが居なかったら全て忘れてたはずだ。ミカは、ミカはどうするの?
「キミが待ってるのはののちゃんでしょ、ボクのことはどーでもいーんだよ」
天使だから、なんて言われても、天使のすごさなんて知らない。だけど、ミカの言う通りだね。ののちゃん、ののちゃんのことだけ考えよう。ごめんねミカ、君のことはもう、知らないや。
今日はやけに一日が長かった、体感は十年くらい。日がまだ落ちていないのを見るに、まだ今日だ。
「あ、誰か来た」
ミカの一言で、顔を上げる。
あのシルエットには、見覚えがあった。
彼はキョロキョロと様子を伺っている。そりゃそうだ、こんな変な場所、天国かと思っちゃうよね。
ねぇ、ののちゃん。
そう、呼びかけた。目があった、紛れもなく、ののちゃん。ここに、来てくれた。
「やよい?」
ののちゃんの声だった。久々に聞いた声。駆け寄った瞬間、姿が変わった。天使の魔法で…ボロボロな俺も、イメチェンしたののちゃんも、数年前の見慣れた姿へ。
そこから数十年、語り明かしていたのかもしれない。実は数分の間だったかもしれない。お互いの気が済むまで、ずっと、花を咲かせていた。その間、ミカは待っていてくれたんだ、二択のタイミングを見計らって、邪魔をしないように。
「…気が済んだ、かなぁ?じゃあどうする?生きる、それとも…消えるっ?」
いつもの問いかけよりも楽しそうに、これが最後だと言うように。
もちろん、心は決まっている。また会えたって、そのときは『やよい』と『ののちゃん』ではないだろう。グルヌイユには申し訳ないけど。
ミカがもう一度、問う。
「生まれ変わりたい?」
二人はそろって返事をする。
「「いいえっ!」」
悲しみも、後悔もない。二人で終われるのなら、それが一番良かった。もうゼーレの効果もないだろうし、ののちゃんが長く生きることもない。今度こそ、二人一緒でさようなら。
二人は、空気に溶けるように、解けていった。




