第43話・のど飴
ハン「さて、インフルエンザに苦しむ姉を労わるべく、デキる妹のオイラはのど飴を買ってきたわけっスが……」
オム「?」
ハン「『雑草みたいな匂いするから嫌』って、姉上、全然舐めようとしないんスよね~。折角いっぱい買ってきたのにしこたま余っちゃって」
オム「はあ」
ハン「というわけで、オムちゃんにプレゼントするっス」
オム「はあ、ありがと」
ハン「3袋くらい持ってってもいいんスよ?」
オム「そんなにはいらない」
ハン「遠慮しないで」
オム「いや、いい」
ハン「そう言わずに」
オム「いらないってば」
ハン「貰ってよ~!こののど飴、10袋もあるんスよ~!!」
オム「多い多い。なんでそんなに買ったの?」
ハン「10袋まとめ買いで1袋あたり50円になるって書いてあったんだもん……。買わなきゃ損だもん……」
オム「むしろ必要以上に買ったせいで損してるんじゃないの?」
ハン「はあ……どっかその辺で配ってきますか」
***
ナレーション6「時に。ドンコ=マローなる女がおりました。人の子でありながら野犬に育てられた彼女は非常に仲間意識が強く、身のこなしの軽快さと感度の鋭い五感を買われて雪ウサギ隊の番犬を任されています。里親になる予定だった夫婦の事故死によりアイスキャンディー農場へ送られるという憂き目を乗り越え、隊の仲間たちに可愛がられながら呑気に日々を送っているのでした」
マロー「ZZZ」
ナレーション6「それはさておき前回の続きでございます。雪ウサギ隊が正規軍を去った理由やいかに?」
メガネ「救世主とまで呼ぶ人のもとを去るからには相当な事情があったんとちゃう?……そこんとこ、訊いてもええか?」
ブレン「ママ」
メガネ「『それはサローインと我々雪ウサギ隊が思い描く"幸福"に乖離があったからだ』?」
ブレン「ママ」
メガネ「『アンチY染色体協会は"女の幸福"を組織理念として掲げていたが、組織名からも明らかなように、男を排除した女社会の実現がサローインたちの目指すところでもあった。そして知っての通り、協会は大宮戦争の際にコウノトリと結託。大宮幕府を討幕し、完璧な女社会たる今のジパングを建国するに至った』」
ブレン「ママ」
メガネ「『昔のジパングに住んでいた女はもれなく新しいジパングに連れてこられて、新しい生活を始めることになったわけだが、協会のメンバーはすべての女がこれから皆幸福になると確信していた。小生もそうだった。小生たちにしてみれば、散々自分たちを苦しめてきた諸悪の根源たる幕府が崩壊した格好だからな。悪者がいなくなれば当然、泰平の世が訪れるものだと思い込んでいた。だが、実際はそうではなかった』」
ブレン「ママ」
メガネ「『悲惨な境遇が明確に好転したごく一部の者を除いて、女たちは協会の強引な手段に少なからず不満を抱いていたのだ。コウノトリの技術の恩恵を享受し、生活がより豊かになったのは確かだった。食糧難の心配は皆無となり、居住地の治安も向上した。何より、加護のおかげで不慮の事故死や病死を回避できるようになった。寿命の定めこそあれど、人は死の恐怖から解放され、いつまでも美しく、若々しい姿で生きられるようになった。それでも、女たちは真の意味で幸福ではなかった』」
ブレン「ママ」
メガネ「『故郷や親しい人との離別があったからだ。慣れ親しんだ土地、愛する家族、友人、恋人……ある日突然すべてを捨てて今日から新天地で生きろと言われて、そう簡単に納得できる者はいない。表面上はコウノトリと新政府の体制を受け入れているようでも、心の奥では過去の生活に戻ることを諦めておらず、ジパングへの帰郷や大切な人との再会を待ち望んでいるのだ』」
ブレン「ママ」
メガネ「『ママもそうじゃないか?何年も会っていなくともママのパパや弟のことを気にかけているはずだし、ママのママが家族と離ればなれのまま亡くなった悔しさは、この先の人生で決して忘れ得ない、苦々しい心残りだろう?』……せやな。オトンと弟のことは今も気がかりやし、オカンの死に際の寂しそうな顔はどうしたって忘れられへん」
ブレン「ママ」
メガネ「『我々も家族の恋しさは痛いほどわかる。アイスキャンディー農場で過ごした寒々しい夜……頼れる存在がそばにいない心細さ……。仲間がいたから孤独ではなかったが、所詮子供3人とペット1匹ではどこまでも拭えない不安があった。せめて心を許せる大人の家族が1人でもいてくれれば……と、そんなことを幾度となく考えた。雪ウサギ隊における"幸福"とは頼れる家族の存在なのだ』」
ブレン「ママ」
メガネ「『かつて農場から不幸な子供を救い出してくれたのは協会だったが、皮肉にも、大宮戦争の末に不幸な子供を増やしたのもまた協会だった。子供から父、兄弟、祖父をを奪い、特に父子家庭の娘などはまったく身寄りのない状況に追いやってしまった。人一倍家族というものに憧れ、家族を欲してきた雪ウサギ隊にとって、子供から家族を奪った事実は最悪の汚点となった』」
ブレン「ママ」
メガネ「『ヒレイが最高司令官に就任してわかったことだが、政府と民衆の溝は想像以上に深い。鸛下共生党や正規軍の上層部は会議室にしがみついているような連中ばかり故、民衆の気持ちがわからないのだ。いかにして反政府勢力を屈服させるかだとか、中央にどんなレジャー施設を誘致するだとか、そんな話ばかりしている。派手な施策ばかりに気を取られて、民衆の日常生活に目が行き届いていない。今日からここで暮らせと見知らぬ土地に連れてこられ、戸惑いと不安に苛まれながら、それでも慎ましく労働に励む民衆への配慮としては欠けているものがあるように感じた』」
ブレン「ママ」
メガネ「『そんな中で、家族を奪った償いとして何ができるか?……そう考え、雪ウサギ隊は北部地区のあちこちを駆けずり回って軍務をこなす傍ら、民衆との交流に努めた。信頼を得られるよう対話に対話を重ね、率直な思いの丈を引き出すことに成功した。得られたのは先程話したようなジパングへの帰郷願望、そして政府に対する不満と反感だ』」
ブレン「ママ」
メガネ「『時に、捕らえた反乱兵と話すこともあった。民衆が抱く帰郷願望、不満、反感を知ったことで、反乱兵の行動原理もそこに行き着くのではないかと推測したのだ。信用して口を利いてもらうのに難儀したが、いざ腹を割って話してみれば思った通りだった。結局のところ、反政府活動として意思表明をするかしないかの違いはあれど、根っこの部分は民衆も反乱兵も同じだった』」
ブレン「ママ」
メガネ「『軍の最高司令官というヒレイの地位を活かして、我々雪ウサギ隊は政府と民衆の架け橋になろうと試みた。一時的でも、なんらかの条件付きでもいいから、なんとか希望者が昔のジパングに帰ることを認めてはもらえないか、サローインに進言しようとした。だが、うまくはいかなかった。鸛下共生党の熱狂的なサローイン支持者が進言を封殺したのだ』」
ハン「お嬢さん、さっきから喋りっぱなしっスね。のど飴、おひとついかがっスか?」
メガネ「え?ああ、おおきに」
ハン「そっちの小さいお嬢さんもいかがっスか?」
ブレン「ママ」
ハン「いや~、うまそうに舐めますね~!もう1袋丸ごと差し上げちゃいます!!好きなだけ舐めてくださいね!!!」
メガネ・ブレン「……【コロコロ】」
ブレン「【コロコロ】ママ」
メガネ「【コロコロ】『鸛下共生党の支持者は党外のシンパと巧みに連携し、我々とサローインが接触する機会を妨害してきた。そして逆に、民衆がかつてのジパングに帰ろうとするのを徹底的に禁止するようサローインに進言したのだ。その進言を受けて、サローインは民衆の取り締まりを強化。民衆がジパングに帰郷することはより絶望的になった』」
ブレン「【コロコロ】ママ」
メガネ「【コロコロ】サローインの意思決定は多くの民衆を悲しませることになり、同時に民衆の政府への不信感をより強める結果となった。農場の件で多大な恩があるとはいえ、雪ウサギ隊が政府の方針に従い続けることはもはや限界だった。それに、尊敬するサローインがどんどん皆の嫌われ者になってゆく光景も見たくはなかった。故に、我々は静かに軍を去ったのだ』……せやな。好きな人が嫌われ者になるってのは辛いもんよな」
ナレーション6「ブレンの述懐を受け、ふと、新ジパングでの出来事を振り返るメガネ。番菜山で暴走し、敵兵を蹴りつけるネクラ……そして、蹴られた恨みを山小屋でぶちまけるシマチヨ……。それはまさしく自分の好きな人が誰かから嫌われる光景でありました」
メガネ「【コロコロ】……っ」
ナレーション6「自分の預かり知らぬところでネクラが新たな恨みを買っているかもしれない……。そう考え、メガネは胸が締めつけられるような感覚に陥ります。そんな彼女の様子を見て何かを察したブレンは、小さな手でメガネの手を握り、語りかけるのでし
ハン「そこのお姉さん!あなたもしかして喋り仕事の方じゃないですか?」
ナレーション6「え?あ、はい。そうですが……?」
ハン「やっぱりそうでしたか~!こんな山奥で、夜遅くまで、お勤めご苦労様っス~。これ、差し入れっス。よかったら食べてください」
ナレーション6「ど、どうも……?」
ハン「ほら、早速おひとつどうぞ!ほら!!」
ナレーション6「むぐぐ」
ブレン「【コロコロ】ママ」
メガネ「【コロコロ】『……例え多くの人から嫌われようと、我々がサローインに救われたという事実が消えることはないし、尊敬の念も変わらない。雪ウサギ隊が座礁山でこんな隠遁の生活を送っているのは、サローインを想ってのことなのだ。政府のやり方に賛同はできないが、せめて邪魔にはならないように、遠くから見守っていたい……そんな想いから、我々は山奥での暮らしを始めたのだ』」
ブレン「【コロコロ】ママ」
メガネ「【コロコロ】『自分が最善だと思うことを伝えたとて、人と人はやっぱり他人どうしだ。相手が思い通りに行動してくれるとは限らない。それでも、相手に想いを伝える努力を諦めてはいけないし、伝えた上で、後はただ見守るしかないのだ』……せやな。人間、伝えるだけ伝えてみるってのが大事よな。……ウチも……』」
ナレーション6「【コロコロ】会話は途絶え、身を寄せ合ったまま火を眺めるメガネとブレン。火の勢いガッ……カハッ……っっっ!!!
***
ハン「ふ~。がむしゃらに押し付けまくってなんとか7袋は捌けたっス。後は自家消費でなんとかしよう。というわけでひとつ味見。【パクッ、コロコロ】……うわっ、こののど飴、確かにまずいっスね……ホウレンソウとニンジンの悪いところの寄せ集めみたいな味ガッ……カハッ……っっっ!!!
オム「あーもう何やってんの【バンッバンッ】」
ハン「ケホッ、ケホッ!オエッ!!……た、助かった~」
オム「飴舐めたまま迂闊に喋るもんじゃないよ。喉に詰まったら危ないでしょ?」




