祖竜霊の自覚
彼女の案内で町へと繰り出すと、道行く人達に声を掛けられた。
子供達はレイカーナがいる事を不思議がりながらも笑顔で挨拶をし、大人達は驚きながらも笑顔で彼女に挨拶を返す。
「我らが祖竜霊を召喚して頂き、誠にありがとうございます!」
「いえ、俺は別に……あははは」
彼女が俺のおかげで召喚されたのだと説明をすると、普通の人間も爪や尻尾、牙が生えた亜人達もが俺に感謝の言葉を述べている。
「どう、良い町でしょ?」
「まぁ、皆悪い人じゃなさそうだな」
精霊になって存在しているとはいえ、昔の存在であるレイカーナに皆が敬意を払っていた。自分の事の様に誇っている彼女の気持ちも分かる気がする。
「でもこれはやり過ぎじゃないか……?」
「あはは……取り敢えず片付けようか?」
俺の手の中に溢れかえっている袋の数々……実体を持って物を食べる事が出来る様になった彼女と俺は屋台やら店から様々な品物を渡され続けていた。
「助かった……闇の魔力って便利だよなぁ」
「本来はそこにある物を消す力を持っているんだけど、そう言う方向性を持たせずに包むと包んだ時のまま、形も大きさも変えて保存できるからね」
「俺はテンションに呑まれてなんとなくでやったけど」
「まあ、魔力さえあれば後は詠唱と感覚だけで簡単にできるから」
そう言う物なのか。随分アバウトな魔法だ。
「さあ、行こう! 目的地はこの先、折角この町に来たんなら劇場は見ていかなくちゃ!」
「舞台?」
行き先を聞いていなかった俺は劇場と聞いて疑問の声を上げた。映像技術が進歩した現代日本では演劇は余り日常的な物では無かったし、当然この世界の物語なんて知らないので内容を予想する事も出来ない。
「何が観えるかは、着いてからのお楽しみだよ!」
勿体ぶる彼女に連れられ劇場に到着すると、やはり祖竜霊の顔パスで無料で入れるとの事だ。しかも一番良く見える高い席に通されたらしく、周りは高級そうな服に身を包んだ貴族ばかりだ。
「周りなんか気にしなくていいわ。さあ、始まるわよ」
***
物語は最初の魔王が現れて人々が苦しめられていた頃の話。
「女神様! どうか我らを魔王からお救い下さい!」
世界各地の魔物達が突然、魔王と言う支配者を得て統率の取れた軍勢となって人間や亜人の国を襲っていた。魔王出現より前からいがみ合い、互いの兵力を削り合っていた国々は休戦、協力してこの脅威に対抗しようとするも魔王と言う1人の将の意のままに操られる魔物とは違い、其々の思想や個人の意思を持つ彼らの協力は上手くいかず、敗走と籠城を繰り返していた。
「どうか、我らに導きを……!」
教祖はひたすらに神に祈り、今の状況の打開を願った。
やがてその声は届き、光と共に女神が現れ降り立った。
『世界には、既に勇者となる者に力を与える為の力の源があります』
「そ、その勇者はいつ、現れるのですか!?」
しかし、未来を見据えている女神は魔王を倒すほどの勇者が生まれるまで、200年は掛かると言った。
「ど、どうか……! 女神様!」
世界中の人々は毎日祈りを続け、勇者が現れる瞬間を今か今かと待っている。教祖は人々に必要なのは今なのだと女神に懇願し、女神は勇者を生む為の力を異世界の勇者を召喚する為に使った。
「我こそは勇者、オータニ・リュウジロウ!」
召喚された勇者はその凄まじい力と各国から授けられた名だたる武装、道中で募った仲間達を率いて、それまで人間達を圧倒していた魔王の兵を退けた。
「絶技・オリジンライト!!」
それに続くかの様に連合軍の結束が高まり、徐々に魔王軍を押し返していく。
やがて、魔王と対峙した勇者は仲間達と共に数時間にも及ぶ死闘を繰り広げた。
「最終奥義、聖光無限斬翔!」
勇者達は辛くも勝利し、かの王を封印した。魔王軍は、支配が解かれた魔物達が蜘蛛の子を散らす様に逃げていき、連合軍は勝鬨を上げた。
こうして暗黒の時代は終わりを告げた。
勇者は仲間として共に戦った一国の姫と結婚し、幸せに暮らし、やがてその子孫が復活した魔王と戦う事となるが、それはまた別のお話。
***
「どう!? 良かったでしょう!」
「ああ、面白かった」
史実通りなのかは分からないが、シンプルで分かり易いストーリーに演出や殺陣は魔法を使用した派手な物で役者のレベルも高かった。彼女がお勧めしてきたの納得出来る。
だが、1つ気になる事があった。
「……力の源、か」
「勇者を召喚する為の魔力の事だね?」
「その口ぶりからして、俺がそこに興味を惹かれる事が分かってたな」
「勿論! 魔王の情報収集が目的なんでしょ? これなら息抜きにもなって一石二鳥ね」
有り難い気遣いだ。だが、魔力の源……まさか。
「初代魔王は、暗黒霊マァタナから闇の魔力を受け取っていた……なら、勇者が生まれる為の魔力を生み出している精霊もいる筈……だよな?」
そして、勇者は未だに生まれていない。恐らく、異世界召喚に魔力を使ってしまったので勇者を生み出すだけの魔力が溜まっていないのだろう。
「その精霊に会うっていうなら、お勧めしないかな」
「何でだ?」
「だって、その精霊は海の何処かにある島にいるから。その島すら実際にそれを見たのは過去の勇者1人だけで、本当にあるのかも怪しい位だし」
そもそもいけないって事か。それに勇者どうこうは俺の問題じゃないし……
「でも、魔王をどうにかしたいなら一緒に調査を進めるべきじゃないかしら?」
「確かに。沈静化が最終目的なら、勇者の力は注目すべきだったな」
俺は彼女のくれた情報をしっかり頭の中に刻み込んだ。
「……さあ、新しい手掛かりも手に入ったし、デー……じゃなくて、観光の続きにしましょう?」
「ああ、次はどんな場所に行くのか楽しみだ」
少しずつではあるが、魔王の情報が集まっている気がする。レイカーナ自身も何か知っているみたいだし、機会があれば彼女からも聞いてみよう。
「……所で、此処は何か魔王と関係あるのか?」
「良いじゃない。多分お金は掛からないから」
彼女が入って行った店が何なのかは外から見ても良く分かる。そして元の世界でもこれを見てゲンナリとしていた。
「服屋か……まあ、観光だし寄り道もありだよなぁ」
『そ、祖竜霊様ぁ!? そのお姿は!?』
『召喚して貰ったらちょっと変わっちゃって……何か良い服無いかな?』
『やはり祖竜霊様にはもっと明るい色が良いですよ! 今までの色も地味でしたし』
『むぅ、それちょっと気にしてたんだけど、まあ良いわ』
外に居ても聞こえてくる店員との会話。
「これは……長くなりそうだな」
『コウジ、貴方が選ぶんだよ! 早く来て!』
「う……はいはい」
***
(駄目、駄目、駄目……落ち着いて!)
この観光と自分で称した筈の時間、私はずっと自分の中から勝手に出て来る想いを一切制御出来ていなかった。
コウジの開いた手を見れば握り、何をすればいいのか分からない彼を引っ張り、彼の役に立とうと劇を見せて、彼の視線を奪いたくて服屋へ走る。
闇の魔力は掌握した筈だが、時間が経てば経つほどその感情に体が動かされる。魔力を棄てなくてはと思っても、染みついてしまったこれをもう剥がす事なんて出来ない。
(どうすれば……いや、どうすればいいかなんて分かってるんだけど……!)
本当は簡単かもしれない。この感情に従えばいいだけなんだから。
しかし、理性で別のモノだと理解している感情を自分の感情として扱える訳が無い。
タネが分かっている手品で驚かない様に、他人の恋を完全に自分の恋だと思えない。
「レイカーナ」
「ん? どうしたのコウジ?」
「そろそろ、昼食にしようか」
「そうだね」
彼に声を掛けられると、嬉しくなってしまう。
(嘘だ。コウジは命令をしない良い人ってだけ)
彼の笑顔は眩しくて、でもずっと見ていたい。
(違う。別にかっこよくもないし、私の好みじゃない。大体、私は元は竜だ。種族が違う!)
……そうだ、いっその事。
(愛してしまおうか)
「食べてしまおうか……」
「……レイカーナ?」
「っな、何?」
私は今の物騒な言葉が彼に聞かれたんじゃないかと慌てた。
「いや、食べカスがついてるから、これで拭いて」
「あ、うん、ありがと」
駄目だ。このままでは彼に竜に成って危害を加える事になってしまう。
(……いや、待て? 今の私は人の姿になり思考も人に寄っている……だったら、竜の姿に戻れば!)
私は一言コウジに言って席を立つと、人目の付かない場所で竜に戻る事にした。この感情から自由になるにはそれしかない。
主から離れてはいけない制約のせいで見つけるのに苦労したが、兵士達の訓練場が直ぐ近くだったので昼時の誰も居ない内に使わせてもらう事にした。
祖竜霊としてドラクラムに現れていた時も度々元の姿に戻っていたので、竜に戻るのに苦労はしない。
竜の魔力を体全体に通してから、それを私の目的に合わせた言葉で発動させるだけ。
「――ターン・オリジン!」
(とは言え、実体を持ってこの体になるのは……久方ぶりか)
これで、知能を持ちながら、その体で空を割り、地を飲み込むと恐れられたドラゴンの姿に戻った。やはり、種族が違えば好意は薄らいでいくらしい。これでいい。
(顔の形なんぞ関係ない。私に何を施すかなどで評価せん。
ただ竜の雌たる私よりも強いモノだけが――)
――そこまで考えて、否、正確には本能がそう判断した瞬間、私は人の姿に戻るしかなかった。
「っはぁ、っはぁ、っはぁ!」
急に人の姿に戻ったから息が荒くなっているのではない。先よりも体の中から胸の鼓動が激しくなったからだ。
感情の出所を間違えていた。勝手に闇の魔力から恋情が出て来る――そう思っていたのに。
「ほ、本能がもうコウジに夢中だなんて、聞いてないよ……!」
私はその場に座り込み、溢れ出そうな想いを抑える様に自分の両肩を抱きしめた。
竜の私が好むのは、私より強いモノ。私を使役し暗黒霊や神聖霊まで召喚できる彼がその条件を満たしていない筈が無い。
もはや、私が抱いた彼への好意を否定する事なんて出来なかった。
タネが分かっている手品では驚かない様に、気付いてしまった感情に嘘は吐けない。
闇の魔力のせい、なんて言葉も既に言い訳でしかない。
「好き、好きなんだ。コウジの事が、大好きなんだ」
長年、人に成る為に魔法を研究し、人間らしい振舞いと勇者に近付く為に更にこの体や感情を調べて極めていた。
だけど、恋だの愛だの、甘い感情は結局今まで一度も体験する事は出来ずに精霊になった。ずっと自分の好み男がいないからだと思っていたが、竜としての本能が拒絶していたからなんだ。
(手に入れて初めて分かった。これの為なら、ううん。大好きなコウジの為ならなんだって出来る。何だってやる。そして、その代わりに彼の全部が欲しい)
「……レイカーナ?」
「っ!?」
コウジの声に弾かれる様に立ち上がり振り返った。
「兵士達に竜の姿に戻ったって聞いて迎えに来たんだけど……大丈夫か? やっぱり、例の魔力のせいで――」
「だ、大丈夫だよ! ちょっと、召喚されてから竜の姿に戻れるか試しただけだから」
「そうなのか? それで、ちゃんと戻れた?」
「うん。いつかコウジにも見せてあげるね」
今度は私の意志で、大好きな彼に手を伸ばした。
「それじゃあデートの続き、しよっか?」
「いや、観光じゃなかったっけ?」
私は首を横に振って彼の鈍感な問いに答えた。いや、きっと彼ももう分かっている筈だ。私のこの気持ちに。
「大好きな貴方と一緒にいる事を、デートって呼んじゃ駄目なの?」
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