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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第五十六話「魔族間の対立」

 十二月二十一日の午後二時頃。


 月魔族のヴァルマ・ニスカは、敵の追撃がないことを確認し、月の御子であるルナを確保できたという事実に興奮していた。だが、一時の興奮が冷め、冷静さを取り戻すと、この後のことを考え悩み始める。


(御子様は確保できた。後はソキウス――西の人々がクウァエダムテネブレという土地、魔族たちの住む土地の名――にお連れするだけ。でも、翼魔が二体しかいない。これではアクィラ――東の大山脈――を越えることができない……)


 当初の計画では、月の御子を確保した後、翼魔を使ってアクィラ山脈を越える予定だった。だが、翼魔の数が二体になったことで、移動計画を練り直す必要があった。


(翼魔二体だと、山を飛び越えるのは無理。交替を含めて四体は必要……護衛はハーピーがいるから何とかなるけど、それでも飛竜ワイバーン有翼獅子グリフォンなんか出てきたら、御子様を危険に晒してしまう……)


 彼女はハーピーをルナの移動に使うことも考えてみたが、知性のないハーピーでは連携して人を吊り下げるような高度な飛行は無理だと諦めた。

 更にアクィラ山脈は、野生のワイバーンやグリフォンなどの強力な魔物が空を支配しており、翼魔が戦闘に加われない状況で、その空域を通過することは自殺行為だった。


(……あとはアクィラの北を回るか、南を回るかしかない。北は寒さが厳しいから、御子様のお体に障るし、まだ、バルタザル――ラクス側に侵攻した大鬼族の指揮官――たちが戦っているはずだから、そのルートには有翼獅子の部隊がいるかもしれない……そうすると、南回りしかないことになるわ……)


 アクィラの南には唯一通行可能な道があり、カウム王国――南部にある山岳国家――の砦、トーア砦がある。

 トーア砦には数千名の守備隊が常駐しており、その近くを飛行することは、発見されるリスクを伴う。但し、カウム王国にはラクスの有翼獅子隊やカエルム帝国――南部の帝国、トリア大陸最大の国家――の飛竜部隊のような飛行部隊がいないため、隙さえ突ければ砦近くを通ったとしても、追撃される恐れは小さい。


 実際、ペリクリトルに攻撃しようとしている魔族軍は、トーア砦の北側の山中を通過して、西側に侵入してきている。ただし、このルートは強力な魔物が多く出没する地域を通過するため、少人数で使うことが躊躇われるルートだった。


 余談だが、魔族軍がアクィラを越えた時、そこにいる三級相当以下の魔物が西に逃げ出した。また、逃げ出さなかったものの、大規模なオーガの群れ――実際には魔族軍の主力部隊――を見た二級相当の強力な魔物たちが殺気立ったため、周囲にいた比較的弱い魔物たちが逃げ出している。

 そのため、アクィラ山脈の西側では多くの魔物が現れるようになったのだ。レイたちがペリクリトルに入る前に多くの魔物に襲われたのは、この魔族軍の動きに誘発された魔物の動きが原因であった。


 ヴァルマはトーア砦近くを抜けるルートに決めた。


(……やはり、トーアを抜けるしかないか……どちらにしても、ここから五百kmも飛ばないといけないわね。トーアを抜けさえすれば、援助が得られるんだけど……)


 そして、彼女はペリクリトルに侵攻しようとしている魔族軍本隊に、どう連絡をつけようか考えていた。


(オルヴォ――大鬼族の指揮官、オルヴォ・クロンヴァール――に伝えるためには、翼魔が必要になるわ。でも、この状況で翼魔を出すことは躊躇われる。ハーピーや灰色猿(グレイエイプ)だけでは護衛としては心もとないし、第一、この森から移動することができない。少なくともファータス河――ペリクリトルの南側を流れる大河――を越えて、比較的安全な場所にたどり着くまでは無理ね……)


 ファータス河の南西側には、ポルタ山地という山岳地帯が広がっている。ファータス河とポルタ山地の間には深い森があり、ほとんど人の手が入っていない。僅かにペリクリトルと傭兵の国フォルティスを結ぶ街道があるが、山越えの道があまり整備されていないこととと、エルウィンドウッドという小さな街以外に人が住む町や村がないため、この街道を通る人はほとんどいない。

 また、ヴァルマたち魔族もファータス河の東側については、ある程度情報を持っているが、ファータス河を越えたことがないため、ほとんど情報が無い。つまり、どのような魔物が棲み、どのような危険があるか手探り状態だったのだ。


(ここからだと、ファータス河沿いを飛んで、ペリクリトルの南側を抜けるのが一番安全なルート。それだと明日一杯飛んでも、ペリクリトルの東側にはいけない。明後日一杯使って、ソーンブロー――ペリクリトルの南東八十五kmにある城塞都市――の東の森に入れるくらいね。オルヴォには悪いけど、そこに行ってからじゃないと連絡は無理だわ……)


 ソーンブローの東の森は以前レイたちティセク村調査隊と戦ったところであり、その辺りの地形についてはかなり詳しく、拠点となりそうな洞窟をいくつか知っていた。


(今日が十二月二十一日だから、二十三日の夜にオルヴォたちに連絡が出来るということね。それまでに中鬼族が暴発したとしても、御子様は確保しているから問題はないわ。あとでオルヴォに嫌味を言われるくらいね……)


 ヴァルマは小鬼族の斥候隊が捕らえられたという事実を知らなかった。

 翼魔にペリクリトルの街を見張らせていたが、翼魔たちが見張っていたのは西門であり、レイたちが小鬼族を捕らえたのは東門近くであったため、照明弾の魔法が使われたことは知っていても、それが何のために行われたことかまでは知らなかった。

 更に言えば、その当時、ペリクリトルに潜入していた傀儡くぐつはルナのいるパーティのリーダー、ヘーゼルのみで、彼女は小鬼族の斥候隊が捕らえられたことを知っていたが、それをヴァルマに伝えるすべがなかった。

 一方、本隊を指揮するオルヴォは小鬼族のシェフキ・ソメルヨキが捕らえられたという事実を重く受け止めていた。

 その認識の違いが、後に魔族軍に大きな影響を与えることになる。



 十二月二十二日の早朝。


 ペリクリトルの東に潜む魔族軍本隊では、指揮官のオルヴォと中鬼族の長ヴァイノ・ブドスコが対立していた。

 昨日の軍議の後、一旦は引き下がったヴァイノだったが、再びペリクリトルを強襲することを迫っていた。

 彼は自分たちの操るオークたちを、大鬼族が操るオーガの餌にし始めたことに反発したのだ。


「餌不足を招いたのはオルヴォ殿の失態。その失態をなぜ我ら中鬼族の戦力で補わねばならんのだ。いや、補うことは良い。だが、この状況をいつまで許容するつもりか! ヴァルマ殿が御子奪還に成功するまでと言うつもりなのだろうが、シェフキ殿が捕らえられておるかもしれんのだ。すぐにでも行動を起こすべきであろう!」


 彼の主張は小鬼族の斥候隊が敵の魔術師に尋問され、こちらの戦力、位置、侵攻を躊躇っている理由、食糧事情などを敵に知られる前に、早急に手を打つべきだというものだった。

 オルヴォもヴァイノの主張に対し、


「貴様の言いたいことは判った。確かにその懸念はある。だが、今回の作戦の最大の目的は“月の御子”の奪還だ。それを無視することはできん」


 それに対しヴァイノは、「それは判っておる! だが、状況が変わったのだ!」と更に主張した。

 オルヴォは目を細め、


「この程度の状況の変化など、我らの今の戦力がならば問題ないのではないのか? ペリクリトルなど半日で落とせると、昨日は豪語しておらなかったか?」


 その言葉にヴァイノは返す言葉を失った。

 そして、オルヴォが「中鬼族の懸念は良く判った。だが、もう少し待ってくれ」と頭を下げると、ヴァイノはそれ以上何も言えず、その場を立ち去るしかなかった。


 だが、オルヴォは今の状況が非常に危ういと認識していた。

 既に一ヶ月近く、森の中に留まっているため、食料が尽き始め、更に炊事の際の煙を見られる可能性があるとして、夜間以外は冷たい食事しか食べていない。

 元々体力のある鬼人族だが、この単調な生活が徐々に彼らの精神を蝕み始めていた。


今までは他部族との諍いがあるだけだったが、最近では同族同士でも喧嘩がエスカレートし、刃傷沙汰にまで発展している。全軍を指揮するオルヴォは、これ以上の待機は全軍の士気を下げると考え始めていた。


(この状況はもって、あと三日だ。それ以上は中鬼族の暴走より、士気の低下が問題だろう。この寒さと単調な食事……ヴァルマ、早く御子を手に入れろ。これ以上は約定があろうが無かろうが打って出るぞ……)


 オルヴォは少しでも士気を上げるため、東側――ペリクリトルから離れる方向――での狩りを許可した。だが、それも一時凌ぎに過ぎないと考えていた。



 同じ頃、レイはアシュレイと抱き合った状態で目覚め、少し顔を赤くした。

 そして、ルナが攫われた事実を思い出し、自己嫌悪に陥っていた。


(久しぶりにアッシュと一緒に寝たんだった。月宮さんが攫われたのに、僕は何をしているんだ……)


 レイが目覚め身動きしたことにより、アシュレイも目覚めた。

 挨拶を交わしたあと、彼女が口付けをしにいくが、レイはそれに応えなかった。

 アシュレイはレイが落ち込んでいると考え、彼の身体を抱きしめる。


「気にするなとは言わん。だが、今回のことはお前の責任ではないのだ。敵が一枚上手だった、そう言うことだ。お前が気にしても何も解決にはならん。だから、前を見てくれ……」


 レイはアシュレイの豊かな胸に抱きしめられ、安らぎを覚えていた。


(確かに僕がうじうじしても何も解決しない。これからのことを考えるしかないんだ……)


「ありがとう……判ったよ。ルナのことはできるだけ気にしないようにする。もちろん、助け出すつもりだけど、今は街を守ることに集中するよ。でも、本当にアッシュがいてくれて良かった。これからもよろしく」


 レイははにかむような笑顔を向け、彼女にキスをした。


 朝食をとり、レイたち三人はギルド総本部に向かった。

 レイは今日から罠の仕上げのための訓練をするつもりでいたのだ。


(月魔族はルナを攫ったことで、この街に対する興味を失ったはずだ。今なら、敵の眼を気にせずに罠の仕上げが出来る……だけど、その前に小鬼族の尋問をしなくちゃいけないんだ。気が重いな……)


 防衛司令のランダル・オグバーンの部屋に行くと、既にラスペード教授が待っていた。どうやら、レイが傀儡くぐつの魔法を掛け、小鬼族を尋問するのが待ちきれないようだ。

 閉口気味のランダルがレイたちを迎え入れる。


「済まんが、尋問を頼む。俺はギルド長との会議があるから立ち会うことはできんが、責任はすべて俺が取る。お前のやりたいようにやってくれ」


 レイはそれに頷くが、その前に今日やるべきことがあると話し始めた。


「恐らく月魔族はこの街に興味を失っているはずです。ですから、今この街は敵の眼がない状態なのです。この機に罠の仕上げの訓練をしてしまいたいのですが……」


 レイは罠の仕上げとして、斥候スカウト系の冒険者たちにある訓練を施そうとしていた。


「……詳細はステラに話してありますから、隊長クラスの人を責任者にして訓練をしてもらいたいんです」


 ランダルは「こちらも手一杯だ。責任者はステラでも構わんぞ」と言ったが、レイは首を横に振る。


「ステラではベテランの人たちが言うことを聞かないと思います。できれば、僕がやりたいんですが、僕は尋問とその後の魔術師たちの訓練がありますし……本当なら、ランダルさんの言うとおり、ステラに指揮を執ってもらいたいんですけど……実戦ではステラが中心になるはずなんで……」


 レイは若いステラでは、二十代後半から三十代前半のベテランの冒険者をまとめ切れないと危惧し、彼らが命令を聞く人物、すなわち、ランダル直属の守備隊の隊長に名目上の指揮を執らせようと思ったのだ。


「言わんとすることは判るが、ステラが一番判っているなら、ステラに指揮を執らせるべきだろう。俺が何とかしよう。それではステラを借りるぞ」


 ランダルはそう言うと、ステラを伴って部屋を出て行った。

 素直にレイのもとを離れるステラの姿にアシュレイは少し驚いていた。


(今までならレイの身を案じて、絶対に離れなかったのだが……ステラの心境の変化はレイ(こいつ)が何か言ったからなのか? いずれにせよ、ステラが自立することは良いことだ……)


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