第十四話「洞窟」
ルナの生家から戻ったレイとステラは、黙々と出発の準備を行っていた。
ステラは横で黙々と準備をするレイをチラチラと見ながら、自分の中で荒れ狂う感情に翻弄されていた。
(どうしてこの方は……私はどうしたら……この想いを伝えてもいいの? 今のこの関係が崩れることは……判らない。どうしたらいいのか……)
アシュレイはステラの変化に気付いていた。
(何があったのだ? ルナの家から戻ってきてから様子が少しおかしい。何があったのだ?)
そして、アシュレイは「ステラ、少しいいか」と言って家の裏に連れて行く。
「何かあったのか? 戻ってきてから少し様子がおかしいが?」
ステラは「いいえ、何も」と答えるが、
「少しだけ、ルナさんとライアンさんと口論になりました。レイ様が間に入ってくださり解決しています」
アシュレイは更に詳しく聞こうとするが、
ステラは「その件はもう大丈夫です。ご迷惑はお掛けしません」と頭を下げるだけで、具体的には何も答えようとしなかった。
アシュレイはステラの肩を軽く叩き、
「そうか、心配事ならいつでも相談してくれ。レイのような良いアドバイスは出来んが、私でも聞くことくらいはできる」
それだけ言うと家の中に戻っていく。
残されたステラは、
(このことは相談できない。自分で考えて結論を出さないと……でも、今から危険な森に入る。意識からこのことを締め出さないと……)
彼女は自己暗示を掛けるかのように呟くと、アシュレイに続いて家に入っていった。
全員の準備が整い、調査隊はティセク村から南に向けて出発した。
野営道具などは宿泊した民家に置いてきたため、昨日より足取りは軽い。
ステラが斥候に出ることを提案するが、アシュレイは首を横に振る。
「今日は全員で行動する。どこから襲われるか判らぬから、戦力は分散したくない」
ステラがまだ何か言いたそうだったが、
「お前なら大丈夫だろうが、ここにいてくれたほうが助かるのだ」
アシュレイにそう言われると、ステラもそれ以上強く言えなかった。
村の南の森は白樺や楢の木が生い茂る美しい自然林だ。だが、人が入らないため、獣道のような道すらなく、下生えの草を掻き分けながら進む必要があった。
一時間ほど進むが、森に魔物の姿はなく、時折、鹿などの野生動物が前を横切るほど平和だった。
ルナはアシュレイに近づき、「あの丘の反対側に洞窟の入口があるはずです」と告げる。
アシュレイはステラとアルドを呼び、入口付近の偵察を命じた。
「入口付近を見てきてくれ。人の気配、魔物の気配があればすぐに戻ってほしい」
二人は頷くとすぐに偵察に向かった。
三十分ほどで二人が戻り、アルドから何の気配も感じなかったことを報告される。
アシュレイは二人に労いの言葉を掛けたあと、洞窟に向かうことを決めた。
十分ほどで洞窟の入口に到着した。
洞窟は幅一m、高さ二mほどの岩の裂け目で、丘に生える木々に隠れているため、存在を知らなければ通り過ぎてしまうほどだ。
アシュレイはルナを呼び、
「この洞窟について知っていることがあれば、何でも良い、教えてくれないか」
ルナは小さく頷くと、記憶を辿るようにゆっくりと説明していく。
「確か……入口は狭いんですけど、中に行くに従って広くなっているはずです。天井にも裂け目があったそうで、ある程度光が入ってくるし、火を焚いても煙が抜けるって……父がそう言っていたような気がします。私は中に入ったことがないので、本当かどうか判りませんけど」
アシュレイは「助かった。また思い出したことがあれば、なんでもいい教えてくれ」と言って、ルナを下がらせる。
そして、リーダーたちと相談し、暗闇でも行動に支障が少ない、獣人のステラ、アルド、ファン、そしてエルフのミレーヌに中の確認をさせることにした。
「アルド、すまないが、お前とステラ、ファン、ミレーヌの四人で中を見てきてくれないか。何かあればすぐに助けを呼んでくれ。無理はするな」
アルドが笑って頷くと、四人は慎重に洞窟の中に入っていった。
四人が洞窟を確認している間に、手の空いている者に周囲を確認させる。
「チェスターとヘーゼルの班は周囲を確認してくれ。ボリスの班はここで待機だ。何かあったら私と洞窟に入るぞ」
二十分ほどすると、アルドたちが戻ってきた。
アルドはいつもの陽気な表情ではなく、何か考えるような感じで中の状況を話し始めた。
「ルナの言ったとおり、中は結構広いぞ。そうだな、幅七、八m、奥行き十五mくらいだな」
アシュレイは「何か気になることはなかったか?」と彼に尋ねる。
「あったぜ。誰かがいた痕跡があったんだ。恐らく四、五人ってところだろう。罠はなかったから一度見に行くか?」
「判った。レイ、ボリス、付いてきてくれ。アルドとステラは案内を。ヘーゼル、戻ってくるまで周囲を警戒しておいてくれ」
洞窟の中は入口こそ狭いものの、すぐに広くなっていく。どうやら落盤か何かで岩が入口を塞いでいるようだ。
数m進むと更に広くなり、奥側の天井から光が差し込んでいる。
奥に進むと焚き火の跡らしい薪の燃えカスや灰が残され、更に食料にしたのか、動物の骨も捨ててあった。
アシュレイは「どのくらい前のものか判るか?」とアルドに聞くが、
「長くて数ヶ月ってとこだが、判らねぇな。ステラ、お前はどう思う?」
「使われなくなって二ヶ月くらいだと思います」
アシュレイは「そうか」と呟き、「この辺りを通った冒険者が使ったのかも知れぬな」とそれ以上の調査を打ち切ろうとした。
「アシュレイ様、もう少し調べてもいいでしょうか? 少し気になることがあります」
ステラがそう言うと、アシュレイは「気になること?」と首を傾げる。
「はい、風の流れが僅かに不自然な気がするのです。天井から入口に流れる風が違う方向にも流れている気が……」
アシュレイはアルドに目で問い掛けるが、「俺には判らねぇ」と肩を竦められる。
そして、「判った。だが、三十分だけだ」とステラに告げる。
ステラが残り、風の具合を確認し始める。レイは「僕も手伝う」と言って壁に沿って歩き始めた。
(風の流れか……煙で空気の流れを見てもいいな。でも、密閉空間だと煙に巻かれてしまうな……水魔法で霧を出せば……)
「ステラ、魔法で霧を出す。それで確認できないかな?」
ステラが頷くのを確認したレイは加湿器をイメージし、水属性魔法で霧を発生させる。
白い霧が彼の左手から噴き出していく。五分ほどでうっすら霧が充満していき、天井から差し込む光が輝く柱のように見え始める。
徐々に霧の動きがはっきりとしてくる。
入口に向かう流れ以外に、ゆっくりとだが奥に向かう小さな流れが確認できた。
ステラが「奥に向かう流れがあります」と言って奥に進んでいく。
彼女は奥の壁をナイフの柄でコツコツと叩き始める。
そして、一箇所の音が違うのに気付き、「ここだけ音が違います。小さな隙間もあるようです」とレイに説明する。
レイはその場所を確認していく。最初は同じ岩に見えたが、良く見るとその場所だけ微妙に違う岩が嵌め込まれていることに気付いた。
「この場所だけ違う岩だね。ステラ、アッシュを呼んできてくれるかな」
彼女が呼びに行くと、すぐにアシュレイたちが現れる。
「違う岩がはめ込まれていると聞いたが?」
レイは「ここだよ」と言って指を差す。
彼女も「確かに違うような気がするな」と岩をコツコツと叩いていた。
「僕がこの岩をどけるから、皆は外に出ていてくれないか。もし罠があったら困るから」
アシュレイは一瞬止めさせようと考えたが、すぐに「全員、外に出てくれ」と自らも外に出て行く。
出て行くとき、心配そうな顔で「無理はするな」とレイに声を掛ける。
ステラは「私は残って手伝います」と残ろうとした。
「僕だけの方がいいんだ。もし生き埋めになっても魔法で何とかできるから」
ステラは尚も残ることを主張しようとしたが、渋々外に出ていった。
(ステラにはああ言ったけど、魔法でどうこうできる自信はないんだよな。さてと、何があるのかな)
レイはもう一度岩の周りを確認していく。
何度か見ていくと、もう一箇所違和感のある場所を見つける。その場所は不自然に抉れており、取っ手のような感じになっていた。
(明らかに人工的な細工がしてあるな。これを引いたら何かが起きそうなんだけど、罠の可能性もある。さて、どうしようか……考えても仕方がないな。覚悟を決めて引いてみるか)
彼は覚悟を決めその岩を掴み、ゆっくりと引いてみる。
岩は重い扉のように、ギギギという音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
(よし、大丈夫そうだ。中は……真っ暗だな。うん? 何だ、この臭いは!)
扉が開くにつれ、湿っぽい空気が逆流してくる。その風に乗って漢方薬のような臭いが漂ってきた。
レイはすぐにアシュレイたちを呼んだ。
「隠し扉だ。中から薬草のような臭いがするんだが、どうする?」
アシュレイは魔術師のジニーを呼び、
「ステラとレイが中を見てくる。もし、行ってくれるなら魔術師である君にも中を見てほしい」
ジニーは特に躊躇することなく、「判ったわ」と答える。
三人は灯りの魔道具を点け、慎重に中に入っていく。
隠し扉の先は幅一・五m、天井までの高さ一・八mほどの通路で、レイは腰を曲げて進まなければならない。先頭にステラが立ち、ジニー、レイの順で進んでいく。
数分進むと通路が曲がっているのか、後ろからの光が届かなくなる。
(どのくらい進んでいるんだ? 方向感覚もおかしくなっている感じだな)
理由は判らないが、レイは自分の時間感覚や方向感覚がおかしいことに気付いた。
彼は自分がどのくらい進んだのか完全に判らなくなり、ジニーも同じ感じを受けているのか、不安そうに後ろを見ることが多くなっていく。
レイの体感で十分ほど進んだ時、ステラが声を上げる。
「行き止まりです。いえ、また扉のようです」
ステラは慎重に岩の扉を調べ、レイが見つけたような凹みを見つける。
ステラが「開けます」と言って、扉を押す。
ゆっくりと開いていく扉の先には、人の手が加えられたと思われる古墳の石室のような小さな部屋があった。
ステラが「先に入ります」と言って中に入っていく。
すぐに「罠はありません」という声が聞こえ、レイとジニーはその小さな部屋に入っていった。
その部屋は一辺が五mほどの正方形をしており、天井までの高さは二mほどだった。
レイは無理な姿勢を強いられていた体を伸ばしてから、部屋の中をじっくりと眺めていく。
入ってきた扉の正面には、高さ五十cm、縦一m、幅二mほどの台の上に四角い箱のようなものが置かれている。そこには香炉のような金属製の壷があり、そこからあの漢方薬のような臭いがしていた。
更に調べていくと、床にはカーペットのような朱色の敷布が敷いてあり、部屋の端には背の低い書机が置いてあった。
レイはステラとジニーに意見を求めた。
「この部屋は何だと思う? 人が住む部屋じゃなさそうだけど」
ステラは首を横に振り「判りません」と答えるが、ジニーは考えながら、
「神殿の奥がこんな造りだったと思うわ……そう! ここは神殿かもしれないわ」
ジニーは奥の箱に近づき、丹念に調べ始める。
箱は木で出来ている簡単なもので、中には何も入っていない。
箱の方はジニーに任せ、レイとステラは他に何かないかと部屋の中を調べ始めた。
ジニーが「これは闇の神の神殿跡よ」と箱の裏に描かれた黒い模様を指差す。レイには良く判らないが、魔法陣のような模様で確かに黒を基調としたものだった。
ジニーが説明しようとした時、ステラが「レイ様! 敷布の下に!」と声を上げる。
レイがステラを見ると、彼女は敷布を捲りながら、床を指差していた。
そこには直径三mほどの魔法陣が描かれていた。
ジニーはその魔法陣に目を丸くする。
「こんな精巧で大きな魔法陣は初めて見たわ。私には何の魔法陣かさっぱり判らないけど」
ジニーは自分の背嚢から筆記用具を取り出し、魔法陣を写し取り始める。
レイはステラに、「アッシュに報告してきて」と頼む。
ステラは小さく頷くと部屋を出ていった。
レイはジニーが書き写している間に他の場所を調べ始める。壁は岩を削りだしたような一枚岩で、叩いても特に隠し扉などの空間は見つけられない。書机をもう一度見たが、引き出しもなく何も見付けられなかった。
十分ほどでジニーは写し終わったようで、二人は部屋を出て行った。
元の広い部屋に戻り、見つけたものを報告していく。
報告を聞いたアシュレイは、この事実をどう考えるべきか悩んでいた。
「闇の神の神殿、使用目的の判らない魔法陣、嗅いだことの無い薬草の臭い……わざわざ隠してあるのだから、何か後ろ暗い目的のものだろう。闇の神が絡んでいるなら、魔族の可能性もある……レイ、お前はどう考える?」
「そうだね。魔族の魔術師がここを拠点としていた、若しくは、しているんじゃないのかな。魔法陣は何が目的か判らないけど、これだけ厳重に隠してあるんだから、重要なものなんだろうね……」
レイが説明しているとき、外で警戒していたヘーゼルの声が聞こえてきた。
「魔物が来た! 殺人蜂がおよそ二十!」
アシュレイたちはすぐに洞窟の外に向かって走り出した。




