第七話「冒険者ギルド」
レイたちは商隊と共に、北門からペリクリトルの街の中に入っていった。
街は木造の建物がひしめくように建ち、そのどれもが商会の建物らしく、商人たちがせわしなく出入りしている。
ペリクリトルの北地区は商業地区になっており、護衛たちは一軒の商会の前で商隊と別れた。
商人や御者たちから、次々に感謝の言葉が掛けられていく。特にレイたち三人には、専属契約をしたいという声が多く掛かっていた。
レイたちはその誘いを丁寧に断っていき、商人たちから完了の証明を貰った護衛のリーダーであるハンク・バロウズと共に傭兵ギルドに向かった。
傭兵ギルドで依頼の完了報告をし、報酬を受け取るが、レイたちの報酬は途中で休んだ日を含め、五日分の二百五十Cと七回分の戦闘報酬百四十C、更に回収できた魔晶石の換金分で一人当たり約百C分あり、合計で約五百Cになっていた。
(五百C、五十万円か。僅か五日だと思えば、結構な金額だけど、あれだけの敵と戦ったと考えると割に合わないかな。まあ、僕たちがいなければ、たぶん全滅していたし、人助けだと思えばいいか……)
報酬を受け取ると、ハンクが彼らを待っていた。
「今回は本当に助かった。もう一度、礼を言わせてくれ」
彼は三人に深々と頭を下げる。そして報酬が少なかったことを申し訳無さそうに謝っている。
「ほとんどあんたらに任せっきりだったのに、報酬が少なくて本当にすまねぇ」
アシュレイが「気にするな」と言うと、彼もようやく笑顔になる。
「ところでこれからどうするつもりなんだ? もし予定が無いなら、今から付き合ってくれねぇか。今回の襲撃の話を冒険者ギルドにもしておきてぇんだ」
アシュレイはレイとステラに視線を送り、「了解した」と言って了承する。
「ありがてぇ。俺が言うよりマーカット傭兵団の団員から話してもらったほうが、信憑性があるからな」
四人は街の中心部にある冒険者ギルド総本部に向かった。
傭兵ギルドのある北地区から街の中を南下していくと、道行く人の姿が商人から冒険者らしい格好に変わっていく。
(傭兵より軽装の防具が多いな。時々、重装備の人もいるけど、僕とアッシュが結構浮いている感じだな)
道行く冒険者の装備は使い込んだ革鎧に背嚢、そして、剣、槍、弓を持ち、丈夫そうなマントを肩に掛けている。そして、数人のグループで歩いている。
(パーティを組んでいるのかな? 剣術士に槍術士、それに弓術士か。あれは魔術師っぽいな……他の街だとほとんど魔術師は見なかったんだけど、さすがに冒険者の街だ……)
レイは初めての街に周りをキョロキョロと見ている。レイやアシュレイのような金属製の鎧は少なく、特に白銀の金属鎧を纏ったレイの姿は完全に浮いていた。
アシュレイは「レイ! あまりキョロキョロするな」と注意するが、ハンクはその様子を面白そうに見ていた。
(凄ぇギャップだな。戦いのときに見せるあの冷静な顔と、今の興味津々の子供のような顔。こんな顔を見ると、あの“白き軍師”なのか自信がなくなるな……)
冒険者ギルドの総本部は、木造の建物が多いこの街では珍しく、石造りの三階建ての立派な建物で、両開きの立派な扉の前には、プレートアーマーを着込んだ衛士が二人立っている。
ハンクは衛士にオーブを見せると、普通に中に入っていく。
レイも同じようにオーブを見せるが、ギロリと睨まれ、思わず会釈してしまった。
(何かラクスの王宮の衛士を思い出すな。一応、民間施設なんだろう?……いや違うか。アッシュは行政機関だと言っていたな。お役所ならこんなものか……)
中に入ると、二階分をぶち抜いた高い天井の広いホールになっていた。今まで見た冒険者ギルドと異なり、カウンター状の受付は無く、役所か病院にある案内所のようなものが何箇所かあった。
ハンクはその一つに向かい、事情を説明していた。
レイはアシュレイに叱られない程度にギルドの中を眺めていく。
(冒険者の姿は少ないんだな。確か、東と西にある支部で依頼の受付なんかをやっているって話だったから、ここは別の仕事をするんだろう……)
ハンクの説明が終わると、奥に案内される。
扉が多く並ぶ廊下を進み、ここで待つようにと長いすに座らされた。
同じように待つ人の姿は、商人のような格好の者、騎士のような全身鎧を纏った武人、多くの書類を持った役人らしき者など様々だった。
十分ほど待っていると、ハンクの名が呼ばれ、一つの部屋に案内される。
部屋の入り口で武器を渡すように言われ、ステラが拒否しそうになる。
レイは「大丈夫だから」と言って、手本を示すように自らの槍と長剣を職員に渡す。
「槍が重いですから注意してくださいね」
三十代前半の職員はレイの言葉に首を傾げるが、渡された瞬間にその重みで倒れそうになる。
「何なんですか! この重さは!」
静かなギルド内に職員の声が響く。その職員はバツの悪そうな顔をして顔を赤くしていた。
レイはもう一度、ステラに「僕の魔法があるから大丈夫。だから」とささやくと、ようやく腰の二本の剣と投擲剣を職員に渡した。
部屋の中には、四十代半ばの恰幅のいい男が待っていた。
「情報課のロイドだ。今回はフォンス街道の魔物の情報を持ってきたということだが?」
ロイドはハンクに説明するよう促し、ハンクはこの四日間の出来事を話していく。
「今回はここにいるマーカット傭兵団のベテランが同行したんで何とかなりましたが、かなりやばい状況です。特にケンネイ辺りでは三級相当の魔物が出てきたんです」
ロイドはアシュレイたちを一瞥すると、
「ベテラン? 装備はそれらしいが、それにしてはかなり若いな。本当にあのレッドアームズなのか?」
その言葉にアシュレイは不機嫌そうに表情を一瞬硬くする。それに気付いたレイが、ロイドに話しかけた。
「信じる信じないはそちらの自由ですが、僕たちは三人ともレベル四十を超えています。傭兵ギルドのオーブを調べてもらえれば、判るはずですが?」
レイは憤慨しているという表情を見せないが、声のトーンを落とし、感情を込めない目でロイドを見つめる。
その視線の圧力に負けたのか、ロイドが謝罪をするかのように軽く頭を下げる。
「いや、それについては信用しよう。最近レッドアームズを真似る輩が多くてな」
(偽者が出始めたのか。この腕甲を標準装備にしないと、マーカット傭兵団の評判が落ちるかもしれないな。まあ、傭兵ギルドのオーブを調べたらすぐに判るんだけど……)
レイも最初は知らなかったのだが、傭兵ギルドのオーブには、所属する組織を表示させることができる。フォンスを出発する前に、マーカット傭兵団員であることを登録しており、オーブを見れば所属が確認できる。
レイの圧力が効いたのか、ロイドの態度もやや柔らかくなる。途中からアシュレイが説明を替わり、ロイドの表情は次第に暗くなっていった。
「そこまで酷くなっているのか。我々で把握しているより範囲が広がっている」
「調査範囲と討伐範囲を、カルドベック周辺まで広げていただけませんか? それと、ケンネイを守る人員の配備の検討もお願いします」
レイの言葉にロイドは少し困った顔になる。
「一応、その旨上申してみるが、厳しいかもしれん。アクィラの調査とペリクリトル周辺の討伐だけでも手一杯の状態だからな」
それでも何とか上に話してみるとのことで、彼らはギルド総本部を後にした。
「ところで泊まるところは決まっているのか?」
アシュレイが前に泊まったことがある“荒鷲の巣”という宿に泊まるつもりだと答えると、ハンクはもう一度礼を言った後、仲間たちのところに帰っていった。
レイは“荒鷲の巣”という宿の名前に引っ掛かっていた。
(荒鷲の巣……聞いたことがある気がする。どこで聞いたんだろう?)
彼の様子がおかしいことに気付いたステラが、「どうなされましたか?」と彼に声を掛ける。
前を歩くアシュレイもそれに気付き、「どうした?」と聞いてきたので、「いや、何でもないよ」と二人に笑顔を向ける。
だが、彼の心の中には、その単語がぐるぐると回っていた。
ギルド総本部から南に歩いていくと、更に冒険者らしい姿が増えていく。
そして、道の両脇には武器屋や防具屋、道具屋などいかにも冒険者が使う店が増えていく。
更に路地の奥を見ると、宿屋や酒場があるようで、酔った男たちの大声が聞こえる。
大通りから一本入った道に入り、アシュレイは木造三階建ての建物の前で止まった。
「ここが“荒鷲の巣”だ。冒険者たちが使う宿だが、以前、二度ほど使ったことがある」
アシュレイの話では、ハミッシュがソロの時代に何度か泊まった宿だそうで、この街に一緒に来たときに泊まったことがあるという話だった。
「傭兵が使う宿より、こちらのほうがいいと思ってな」
アシュレイの話では、ここペリクリトルでは冒険者たちが使う宿のほうが、質がいいとのことだった。
(傭兵がいる宿だと、話を聞かせてくれと言われて落ち着けそうにないから、確かにこっちの方がいい。それに冒険者として仕事をしようと思っているから、こっちの方が情報は手に入りやすそうだ……)
入り口のドアを開けると、ドアに付けたベルのカランカランという音が響いていく。
宿の中は良く磨かれた床と、使い込まれた木のカウンターが彼らを迎える。
音に気付いた従業員、四十歳くらいの女性がエプロンで手を拭きながら、カウンターから顔を出してきた。
そして、人好きのする笑顔で「泊まりかい?」と尋ねてくる。
「三人だ。一人部屋を三部屋頼みたい」
アシュレイがそういうと、「一泊二食付きで六C。馬は一日二Cだよ」と鍵を三つ出してきた。
ギルドで時間を使ったため、既に午後六時近くになっており、部屋が空いていたことに三人はホッとしていた。
馬を厩舎に連れて行き、簡単な説明を受ける。
「夕食は午後四時くらいから食べられるよ。朝は夜明け前くらいから。湯がいるなら早めに言っておくれ。一応、一階に浴室があるから、そこで湯浴みができるから」
鍵を受け取り、部屋に荷物を置いた後、すぐに食堂に向かう。
既に食堂はかなり賑わっており、ガヤガヤという居酒屋のような雰囲気になっていた。
奥のほうに空いているテーブルを見つけ、そこに三人で座ると、すぐに若い女――十代半ばくらいの給仕がやってきた。
「あら、初めてのお客さんね。私はネリー、よろしくね」
ネリーはニコッと明るい笑顔を見せてから、注文を聞いていく。
夕食のメニューは決まっているそうで、酒の注文を聞くという話だった。
「お酒はエールとビール、それにワインが一杯三十e(=三百円)。珍しいところだと、南の村で作っている蒸留酒なんかもあるわよ」
レイは蒸留酒があると聞いて驚いていた。
(蒸留する技術があるんだ。フォンスには無かったよな? それとも僕が知らないだけかもしれないけど……まあ、下手に強い酒を飲むと、また二日酔いになるし、飲む気はしないな……)
彼がそんなことを考えていると、アシュレイが目をきらきらさせ、ネリーに蒸留酒の話を聞いていた。
「もしかしたら、ラスモア村の蒸留酒か? 例の“スコッチ”が……」
(スコッチ? スコッチって言えば、イギリスのウィスキーじゃなかったっけ? スコットランドから取った名前で、造り方の名前じゃなかったような……)
ネリーは少し意外そうな顔をするが、すぐに営業スマイルに戻っていた。
「ええ、ラスモア村の本物よ。でも、若いのによく知っているわね」
更にアシュレイの目が輝く。
「もしかしたら、“あれ”もあるのか?」
ネリーはすぐに何のことか気付き、
「残念ながら、ここには三年物しかないけど……カップ一杯で一Cだけどどうする?」
アシュレイはスコッチを頼み、レイとステラはエールを頼んだ。
すぐに酒と料理が出されるが、アシュレイの前には百ccほどの金属製のカップに入った琥珀色の酒が出される。
(やっぱりウィスキーだよな。この世界にもウィスキーがあるんだ。それにしても“あれ”って何なんだろう? あとで聞いてみよう)
料理は肉と魚が付くボリュームたっぷりのものだった。パンの質も良く、満足行く食事だった。
“スコッチ”の話は拙作「ドリームライフ」で出てきます。
特にストーリーに影響する話ではありません。もしご興味をお持ちでしたら、ドリームライフの第一章第二十話~二十二話辺りをご覧ください。
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